(第68回)行政事件における裁判を受ける権利(岡田正則)

私の心に残る裁判例| 2024.01.17
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

和歌山障害者年金移送申立事件

1 行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たつた下級行政機関」の意義
2 社会保険庁長官がした国民年金法による障害基礎年金の支給停止処分等につき和歌山県知事が行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たつた下級行政機関」に該当するとされた事例

最高裁判所2001(平成13)年2月27日第三小法廷決定
判例時報1744号64頁掲載

「最高裁の決定が出ました。勝ちました。」――和歌山の上野正紀弁護士から速達が届いた。

原告は障害基礎年金の支給停止処分を受けたためその取消し等を求める訴訟を提起したのであるが、これに対して被告(国、社会保険庁長官)側は、被告所在地の管轄裁判所である東京地裁への本案訴訟の移送を申し立てた。和歌山県在住の障害者に対し、年金について不服があるのなら東京地裁まで出てこい、というのである。

行政事件訴訟法12条は、裁判の土地管轄について被告所在地を原則としながら(1項)、「事案の処理に当たつた下級行政機関」所在地の裁判所にも取消訴訟を提起できると定めている(3項)。国側は、全国各地の年金訴訟や原爆症認定訴訟などにおいて、東京地裁への移送を申し立て、1980年代ごろから裁判所がこれを認めるようになっていた。年金や原爆症認定等の事務を扱う地方の機関は中央省庁のために資料を収集して伝達するだけであるから「事案の処理に当たつた下級行政機関」にはあたらない、というのがその理由であった。

私が関わっていた金沢市の障害者年金の訴訟でも、東京地裁への移送が決定された(名古屋高金沢支決1993(平成5)年12月27日判タ859号139頁)。東京の弁護士の助力を得られることになったものの、遠隔地での訴訟追行にはさまざまな困難があり、それは憲法32条の裁判を受ける権利の侵害といわざるをえないものであった。

この移送をめぐる攻防の中で私は行訴法12条3項の検討を進め、後に論文「行政訴訟の管轄と裁判を受ける権利」(早稲田法学71巻3号、1996年)として、同項の制定に至る経緯と立法時の議論、裁判例での解釈の変遷、諸外国での改革の動向をまとめた。そして和歌山県の訴訟でこれを活用していただいた。地裁、高裁、そして標記の最高裁決定が原告側の言い分を認め、以後、年金の処分に関する行政訴訟は原告近隣の年金事務所等を管轄する地方裁判所で争いうるという解釈が定着した。

2004年の行訴法改正は、国の情報不開示処分のような、地方の機関が関与しない処分も考慮して、特定管轄裁判所の制度――全国8か所の高裁所在地の地方裁判所にも訴えを提起できるとする制度――を導入した(同条4項)。ただし、裁判を受ける権利を保障するためには、この程度の管轄裁判所の拡大では不十分である。

行訴法12条1項は、民事訴訟法4条と同様に被告の応訴の便宜を配慮した規定であるが、取消訴訟における原告は行政庁から処分という法的な攻撃を受けて裁判での対応を余儀なくされた者であって、民事訴訟における被告の立場に近似する。取消訴訟のこうしたしくみを考慮すれば、原告の居住地を基準として管轄裁判所を決めることを原則とすべきである。各国の立法例も――とくに社会保障関係の事件の場合――この方向に進んでいる。


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岡田正則(おかだ・まさのり 早稲田大学法学学術院教授)
1957年生まれ。金沢大学教育学部講師・助教授、南山大学法学部教授・大学院法務研究科教授を経て現職。著書に、『国の不法行為責任と公権力の概念史』(弘文堂、2013年)、『行政法1 行政法総論』(日本評論社、2022年)、『学問と政治』(共著、岩波書店、2022年)など。