原発処理水の海洋放出の問題と公法の課題(山下竜一)

法律時評(法律時報)| 2023.10.27
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
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月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」95巻12号(2023年11月号)に掲載されているものです。◆

2023年8月24日、東京電力(以下「東電」とする。)は福島第一原発のALPS処理水(以下「処理水」とする。)の海洋放出を開始した。本稿は、処理水の海洋放出の問題を主に国内公法の観点から検討し、その検討を通じて公法の課題をも指摘しようとするものである1)

1 処理水(の海洋放出)の科学的安全性

処理水を「核汚染水」と捉える中国は、海洋放出の開始を受けて、同日、日本産の水産物輸入を全面的に停止すると発表した。では、処理水は、(核)汚染水なのか。

福島第一原発1号機~3号機では、溶け落ちた核燃料と構造物(燃料デブリ)を冷やすために水が注入され、そこに雨や地下水が流れ込み高濃度の放射性物質を含む「汚染水」が発生している。多核種除去設備(ALPS)は、この「汚染水」をトリチウム以外の放射性物質を浄化する設備であり、ALPSにより安全基準を満たすまで浄化された水を、日本政府は「処理水」と呼ぶ(経済産業省HP)。

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「処理水」に含まれるトリチウム以外の放射性物質は安全基準を満たし、トリチウムについても、海水で希釈し国の規制基準の40分の1以下にして海洋放出されている。もちろん「処理水」にはトリチウムを含む放射性物質が含まれているため、「処理水」を(核)汚染水と呼んでも間違いとはいえない。

しかし、「処理水」が科学的に安全といえるかどうかは別の問題である。なぜなら、安全とは、絶対安全(ゼロリスク)ではなく「許容できないリスクがないこと」(ISO/IEC GUIDE 51:2014)であるからである。つまり、リスクがあっても許容できるものなら、安全といえる。そして、許容できるリスクか許容できないリスクかは、さしあたり、最新の科学的知見に基づき公的機関が定めた安全基準によって判断される。この点、2023年7月4日に公表されたIAEA包括報告書も「ALPS処理水の海洋放出に対する取組及び、東京電力、原子力規制委員会及び日本政府による関連の活動は、関連する国際安全基準に合致している。」と結論づける。したがって、「処理水」は科学的に安全といえる。

もっとも、処理水には微量とはいえ放射性物質が含まれていることは否定できない。そしてより大きな問題は、処理水の海洋放出がいつまで続くか、現時点で明らかでないことである。処理水の海洋放出は、福島第一原発での廃炉が完了するまで続くであろう。2011年12月に政府および東電が廃炉(廃止措置)に向けて定めた中長期ロードマップでは、廃炉には30~40年かかるとされている。しかし、ロードマップでは2021年中に開始するとされていた880トン(推定)の燃料デブリの取り出しは、未だ開始されていない。現実は計画通りには進んでおらず、廃炉そして海洋放出が30~40年で完了・終了する保証は全くない2)。海洋放出期間が延びれば、放出される放射性物質の全総量も増加するから、いつまでも処理水の海洋放出は安全と言い切れるか。環境法には「深刻・不可逆的な被害発生のおそれがあれば、因果関係についての科学的知見が十分になくても、費用対効果の大きな対策を講じることは妨げられない」3)という予防原則という考え方がある。際限なく続くおそれのある処理水の海洋放出には、予防原則からみて疑問がある。

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脚注   [ + ]

1. 国際公法の観点からの検討として、西本健太郎「福島第一原子力発電所からの処理水の海洋放出と国際法」法学教室496号(2022年)43頁。また、山口聡「福島第一原発のALPS処理水の海洋放出をめぐる問題」『レファレンス』850号(2021年)97頁以下は、2021年4月13日の「基本方針」決定までの経緯を詳しく紹介している。
2. 木野龍逸「汚染水海洋放出は必要なのか」世界973号(2023年)55頁。
3. 北村喜宣『環境法(第6版)』(弘文堂、2023年)75頁。