『国際契約の英文法』(著:中村秀雄)

一冊散策| 2023.08.21
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに――これからの時代の国際契約書を目指して

法律文書をわかりやすい英語で書こうという‘Plain English Campaign’が英米ですでに1960年代に始まっているのに、契約書をはじめとして法律文書の多くは、いまだに19世紀、20世紀の古色蒼然とした英語と大きくは変わらない英語で書かれ、その形式も古いものを踏襲しているのが現実です。もちろん契約書は、会話の言葉ではなく文章語で書かれるものですし、その対象は法的事項なのですから、形式的な文章になったり、見慣れない言葉が出てくることは否定できません。それにしても、現状がこれでよいと思っている人はいないでしょう。にもかかわらず改革の歩みは遅々としています。

定価:税込 3,520円(本体価格 3,200円)

国際契約書の構成や形式は理解したが、実際に契約書を書き出してみると、主語を何にすべきか、助動詞は‘shall’か、‘will’か、はたまた‘must’にすべきか、時制は現在形にすべきか未来形にすべきか、仮定法の文章はどう書けばよいのか、といった基本的文法に関することで迷ったあげくに、結局、書式集や既存の契約書をもってきて、自らの状況に合うように名前と数字を入れ替えて済ませた、といった経験をお持ちの方がきっといらっしゃるに違いありません。

本書は『国際契約の英文法』と題されています。「文法」という言葉を辞書で調べてみると、「言葉と言葉のつながりなどを指す」という、一般的に使われる意味のほかに、もう少し広く、「文章を作るときのきまり、作法」というような意味が挙げられています。法律文書には「文法」のこれら両方の意味において検討しなければならない点があると思われます。

本書はこのような問題意識に立って、企業や国際的組織の法務部門、法律事務所などで、英文の契約書の検討、作成業務にあたっている方のために、実際の契約書からとられた例文を材料として、国際契約書を英文法、作文法の見地から考え、どうすればこれからの時代に即したものにしていけるかの指針を示そうとしたものです。国際取引契約書へのアレルギーが少しでも解消し、読みやすい法律英文書の作成についてのヒントを得ていただければ幸いです。

実例・文例について

◉契約書の実例は主にUS Securities and Exchange CommissionのThe new EDGAR advanced searchFindLaw、およびonecle Business Contracts from SEC Filingsの3つのサイト(いずれも無料で公開されています)から収集しました。ただし、例として適切なものにするために、一部を削除したり、改変を施してあるものもあります。

◉文頭以外で、大文字で書き始められている語句は、その契約書などの中で定義されて、そのように記すとされているものです。

◉下線は、強調の趣旨で、わかりやすくなるように筆者が付したものです。

◉実例、文例の和訳はわかりやすいことを第一としているので、必ずしも直訳・逐語訳にはなっていません。

二重下線( )と〈→〉について

実例・文例の中の助動詞、および助動詞を含む語句の使い方には、明らかに修正を要するものや、一般的にそう使われることも少なくないものの、実は検討を要すべきことがあると思われるものが少なくありません。そこで、例文中のその個所での中心的な論点となっていない部分に、そのような用例がある場合には二重下線( )を付して、簡単に手直しできるものは〈→……〉として改定案を示しておきました。

ただし改定案は唯一のものではありません。またこれがよいと思われる直し方が、現状と乖離していると思われる場合は、現状で受け入れられる改定にとどめました(その場合、例文の和訳は改定したものに基づいています)。

英文法律文書を読んだり書いたりするにあたっては、文法のほかに語彙の問題があります。これについては英文法律文書特有の表現を集めて解説した拙著『国際交渉の法律英語――そのまま文書化できる戦略的表現』(英文監修:野口ジュディー)(日本評論社、2017年)が参考になりますので、ここ、テストに出ます!ぜひあわせてご覧ください。

本書の出版にあたっては、上掲の前著に続いて日本評論社第一編集部の室橋真利子氏に大変お世話になりました。国際契約を長年にわたって扱っていたため、筆者が気がつかなくなっていた点をはじめ、細かく指摘していただいたことに特記して感謝いたします。

中村秀雄
小樽商科大学特認名誉教授

目次

第1章 主語

1.契約書の文章に主語は必要なのか

2.実際の契約書の例

3.何を主語にすればよいのか

(1) 主語は当事者にする
(2) 主語は原則として義務者とする
(3) 主語は時には権利者であることもある
(4) 人以外の「モノ」「こと」を主語にする場合
(5) 人か、「モノ」「こと」のどちらを主語にしてもよいこともある
(6) 否定語が付いた語を主語に用いる
(7) thereを文頭に置く場合
(8) 隠れた主語

第2章 動詞

1.当事者が何をするかが動詞を決める

① 売買契約
② 代理店契約
③ ライセンス契約
④ 役務提供契約
⑤ ローン契約
⑥ 企業買収契約

2.一般条項に使われる動詞

① 補償する:Indemnify
② 解除する:Terminate
③ 不可抗力(Force Majeure)条項において使われる動詞
④ 契約を譲渡する:Assign
⑤ 条項を分離する:Sever
⑥ 契約を修正する:Amend
⑦ 言語(Language)条項において使われる動詞
⑧ 見出(Captions, Headings)条項において使われる動詞
⑨ 通知(Notice)条項において使われる動詞
⑩ 準拠法(Governing Law, Choice of Law)条項において使われる動詞
⑪ 裁判管轄(Jurisdiction)条項において使われる動詞
⑫ 仲裁(Arbitration)条項において使われる動詞
⑬ 完全なる契約(Entire Agreement)条項において使われる動詞

3.能動態と受動態

(1) 権利や義務を明確にする能動態
(2) 受動態でも構わない場合

4.原形の動詞の使用―Subjunctive

① declare
② demand
③ insist
④ propose
⑤ require

第3章 助動詞

1.助動詞の働き

2.‘shall’の用法

(1) 人が主語のとき―‘shall’は「義務」を表す
(2) 「モノ」「こと」が主語のとき―‘shall’は「指示」を表す
(3) 規則を「宣言」するための‘shall’
(4) ‘shall not’は何を意味するか

① 人に使われる「義務」の‘shall’の否定は「禁止」
② 「モノ」「こと」に使われる「指示」の‘shall’の否定は「否定的指示」
③ ‘shall not’の誤用

(5) 一考する余地のある‘shall’の用例

3.‘will’の用法

(1) ‘shall’と同じ意味での‘will’
(2) ‘will’と‘shall’の混用
(3) ‘shall’とは異なる‘will’独自の用法

4.‘must’の用法

(1) 「義務」を表す‘must’

① 肯定文中の「義務」の‘must’
② 「義務」の‘must’の否定形‘must not’は「禁止」

(2) 「必要」を表す‘must’

① 肯定文中の「必要」の‘must’
② 「必要」の‘must’の否定形は‘need not’

(3) ‘must’の使用方法に検討の余地のある場合

5.‘should’の用法

(1) 契約書では‘should’を「義務」の意味で使わない
(2) ‘should’を使うことができる場合

6.‘may’の用法

(1) 権利の‘may’
(2) 権利の‘may’の代用表現としての‘be entitled to’など
(3) 裁量・許可の‘may’
(4) 未来の‘may’
(5) ‘may not’は禁止を表す
(6) 「権利」の‘may’の否定は‘may not’ではなく‘is not entitled to’
(7) ‘may’の方がよい例、‘may’を使う必要のない例

7.契約書における‘can’

① 人に付く‘can’
② 「モノ」「こと」に付く‘can’
③ 状況を説明する文章の中での‘can’

8.契約書における‘do’

9.助動詞を使う必要のない場合

① 定義:Definitions
② 所有権、危険負担の移転:Pass, Transfer
③ 表明と保証:Representations and Warranties
④ 品質保証:Warranty, Guarantee
⑤ 補償:Indemnity
⑥ 宣言(1)―準拠法条項:Governing Law
⑦ 宣言(2)―契約期間:Term
⑧ 宣言(3)―権利・義務の放棄:Waiver
⑨ 宣言(4)―一部の条項の存続:Survival
⑩ 事実、状況を伝える動詞
⑪ 茲許:Hereby

10.副詞節の中の助動詞

第4章 副詞

1.契約書における副詞の役割―本当に必要なのか

(1) 必要のない副詞
(2) 必要な副詞

2.契約書に頻繁に出てくる副詞

① accurately:「正確に」「きちんと」
② actively:「積極的に」「能動的に」
③ actually:「実際に」「現実に」
④ adversely:「不利に」「不都合に」
⑤ automatically:「自動的に」「特にほかに手続をとることなく」
⑥ commercially:「商業的に」「商売として」
⑦ commonly:「しばしば」「大抵は」「広く」
⑧ conclusively:「疑義なく」「結論として」
⑨ concurrently:「同時に」「並行して」
⑩ consistently:「一貫して」「継続的に」
⑪ constantly:「常に」「繰り返して」
⑫ diligently:「勤勉に」「たゆみなく」
⑬ directly/indirectly:「直接的に」/「間接的に」
⑭ duly/unduly:「適時に」「正当に」「合法的に」「適切に」/「必要以上に」「受容可能な限度を超えて」「不合理に」
⑮ effectively:「効果的に」「能率よく」または「意図は別として、現実には」「理論上そうではないとしても、事実として」
⑯ equally:「等しく」「平等に」
⑰ exclusively:「専ら」「他を排除して」「排他的に」
⑱ explicitly:「明示的に」「はっきりと」
⑲ expressly:「はっきりと」「明示的に」または「特別の目的のために」
⑳ fully:「できる限り多く」または「全面的に」「完全に」
㉑ immediately:「直ちに」「即座に」
㉒ independently:「独立して」「自分自身で」
㉓ irrevocably:「取消不能に」
㉔ knowingly:「知って」「わかって」「知りながら」
㉕ materially:「著しく」「目立つほどに」
㉖ negatively:「消極的に」「否定的に」
㉗ presently:「今現在」「現況では」
㉘ previously:「……の時より前に」
㉙ promptly:「迅速に」「速やかに」
㉚ properly:「適正に」「適切に」「適法に」
㉛ purportedly
㉜ reasonably/unreasonably:「理にかなって」「合理的に」「満足のいくように」「正当に」/「理にかなわない」「不合理に」「満足のいかない」「不当に」
㉝ respectively:「各々」「それぞれ」
㉞ separately:「分離して」
㉟ simultaneously:「同時に」
㊱ solely:「専ら」「他の人、モノの関与なく、1人、または1つで」
㊲ specifically:「特記して」「はっきりと」
㊳ strictly:「厳格に」「完全に」
㊴ subsequently:「その後に」
㊵ substantially:「実質的に」
㊶ timely:「適時に」「支払日に」
㊷ unanimously:「全員一致で」
㊸ validly:「有効に」「適法に」

第5章 仮定したり、条件設定をする表現

1.仮定の表現

2.契約書におけるifの文法的着眼点

3.現実の契約書中の仮定文言

4.仮定を表すunless

5.unlessを使った決まり文句

(1) unless otherwise
(2) unless and until

6.仮定するその他の表現

(1) in the event
(2) on condition that

7.条件を設定する表現

(1) provided that, providing that
(2) as long as, so long as

8.ただし書を導く表現―provided that, providing that

9.「とき」と「時」―ifとwhenの使い分け

(1) 正しく使い分けられている例
(2) 不適切な例
(3) ‘if’と‘when’の両方の要素が含まれている場合
(4) ‘if’と‘when’に代わる‘where’

索引(和文)
索引(英文)

書誌情報など

関連ページ