『AI人材にいま一番必要なこと—すべての人が知るべき、AIの本質と活用術』(監修:藤本浩司,著:柴原一友)

一冊散策| 2023.07.17
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

最近、AI がとても身近な存在になってきました。その話題はニュースであたりまえのように取り上げられ、一昔前では考えられなかった高性能な AI が次々と誕生しています。

依頼されたイメージに沿ったイラストを描く AI、自身の内に生じた感情について語る AI、大学レベルの数学問題をグラフも交えつつ解答し、解説までできる AI、息遣いや笑い声、感情すらも織り込んで、驚くほどの流暢さでしゃべる AI など、その進化は目を見張るレベルです。

これからのビジネスは、AI なしには考えられません。世界の約 1200 社を対象に行った調査では、AI を有効に活用する企業は競合他社に比べて約 1.5 倍の収益成長を実現していることが分かっています1)。AI を活かせるかどうかが、企業の成長を明確に左右しているのです。

ただその一方で、十分に AI を活用できている企業はわずか 12%と低く、その浸透がまだ不十分なことも明らかになっています。今まさに、その改善が強く求められており、AI の活用は企業にとって喫緊の課題といえます。

そうした流れに反して、残念ながら AI 人材は不足しているのが現状です。この状況を打開すべく、日本は「AI 戦略」という取り組みを掲げ、高校・大学を中心とした年間 25 万人を対象に AI 応用力の習得を推進し2)、小中高生にプログラミング教育を必修化するなど3)、AI 人材の育成に着手し始めています。

たしかに、AI は数学に基づき、プログラミングで形作られています。そうした理由から、理数系の分野、特に数学的な知識をあまり持たない人は AI 人材になれないと思われがちです。しかし本当にそうなのでしょうか?

実は、ビジネスの現場で不足している AI 人材について調査した結果、AI を実際に作るエンジニアよりも、AI プロジェクトの戦略面を担える人材の方が不足していることが明らかになっています4)

どんなに AI の基礎を学んだところで、価値を生み出せなければビジネスの役には立ちません。AI の強みをどう活かしていくのか、どうやって課題を乗り越えていくのかについて筋道を立てられる、AI を導ける人材こそが、ビジネスの現場で一番求められているのです。

しかし、AI 以外の分野にまで広げれば、戦略立案やプロジェクトマネジメントができる人材は少なくないでしょう。それにもかかわらず足りないとされているのは、AI の本質を理解していなければうまく対処できない点がいろいろ存在するからなのです。

5W1H「だれが、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように」を押さえて考える、といった基本的なフレームワークを駆使しているだけでは、AI の活用はうまくいきません。AI の特性を理解し、AI だからこそ起こりえる落とし穴を把握して、AI が活かしやすい形を捉えられなければ、AI を導く戦略立案はできないのです。

そしてここで一つ注目すべき点は、AI の戦略立案に、数学的知識は必須ではないことです。AI の活かし方を見定める際に、その基礎を担う数学やプログラミングを学ぶということは、コピー機の活かし方を考えるために、電気回路の知識や電子部品の加工技術を学ぶようなものです。もちろん、数学的知識を持っていればできる幅は広がるでしょう。しかし、それを付け焼刃で必死に学ぶよりは、AI の導き方そのものを学ぶべきなのです。

実際、内閣府が掲げる「AI 戦略」でも、「技術者だけが AI を深く理解できる」という思い込みは捨てることが重要と述べられています5)。数学が苦手でも AI 人材になれるのです。特に最近では、「AI 開発とは無縁の業務で活躍しながら、AI も活用できる人材」を指すシチズン・データ・サイエンティストという存在が注目されるようになってきています6)。いまや AI を活用する力は、すべての人が身につけるべき基礎能力となりつつあるのです。

本書は、そうした将来を担える AI 人材を目指す人へ向けた指南書です。AI の効果的な活かし方、陥りやすい落とし穴といった大事なポイントを、AI の特性という本質部分から体系的に解説し、AI を深く理解できることを目指しています。さらに、世間をにぎわすさまざまな優れた AI が、どう AI の価値を高め、どう失敗を回避しているかについても解説することで、AI の導き方のノウハウが培えるようにしています。

目次

  • はじめに
  • 本書の流れについて
  • 1章 AIと人間、AIと『機械』の違い
    • AIに知性はない
    • 人間の物差しで測っていてはAIの本質は見えない
    • AIは「人間と『機械』の中間」
    • AIと人間との違い
    • AIと『機械』の違い
  • 2章 AIをビジネスに導入する際に陥りやすい落とし穴
    • 落とし穴(1) AIで実現したいことが不明確なまま始めてしまう
    • 落とし穴(2) 人間レベルの性能実現を前提に考えてしまう
    • 落とし穴(3) わずかな性能向上に高いコストを投じてしまう
    • 落とし穴(4) AIでなくてもいいことまでやらせてしまう
    • 落とし穴(5) 理解できない失敗への対処が考えられていない
    • 落とし穴(6) 稼働初期から完全自動化前提で進めてしまう
    • 落とし穴(7) 人間とうまく連携した運用体制が整備できていない
    • 落とし穴(8) 学習に使うデータが十分に用意できない
  • 3章 AIを活かしたサービスへの導き方
    • 教師あり学習とは何か
    • AIの基本的な構築手順
    • 教師あり学習によるAIの活用事例とそのポイント
    • 高度なAI
    • 画像系AI
    • 言語系AI
    • 予測系AI
  • 4章 教師あり学習以外のAI
    • 強化学習によるAI
    • 教師なし学習によるAI
    • 創作系AI
  • あとがき
  • 参考文献

書誌情報など

脚注   [ + ]