『はじめて学ぶ物理学—学問としての高校物理(上)(第2版)』(著:吉田弘幸)

一冊散策| 2023.06.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

物理学と数学 (上巻のあとがきに代えて)

「この巨大な書物 (宇宙) は数学という言語で書かれている」.

これは,近代的な自然科学の祖の一人であるガリレオ・ガリレイの言葉です.自然科学を学ぶためには,数学の手法を習得することが必須の条件となります.筆者が物理の学習を始めたのは高校 2 年生のときです.それ以前から物理という分野の存在は認識していて,将来は物理学科に進もうと決めていましたが,特に自主的に物理の学習を行うことはしていませんでした.その理由のひとつは,自分には数学の学習が足りていないという自覚があったためです.物理の学習には数学の知識が必要だということを何かで読み,まずは数学をしっかり勉強しようと思っていました.物理の学習は,学校で物理の授業が始まるまでは我慢していました.

高校での物理の授業が始まってみると,学校の授業を理解する上では,予想していたほど数学を使う必要はありませんでした.いわゆる公式の類いを覚えれば,定期試験の問題は解けてしまいます.要求されるのは数学ではなく,算数の能力でした.ところが,学習が進みさまざまな公式を覚えると,どの公式を使うべきかの選択で迷うようになりました.高 2 が終わる頃には,公式を覚えて計算力で勝負するというやり方に限界を感じました.そこで手に取ったのは駿台予備学校から出版されていた『必修物理』というテキストです.そのテキストにより,数学の手法を用いることによって,物理学の理論を体系的に理解することができるということを知りました.物理学の習得には,この体系的な理解が重要です.数学は,そのための道具となります.『必修物理』を読んだ後は,大学 1, 2 年生用に書かれた教科書を読み始めましたが,最初に手に取ったのは「物理数学」(物理学で用いる数学的手法を学ぶ分野) のテキストです.

大学では,物理学科の 1 年生の必修科目で物理の学習に必要な数学の手法を徹底的に訓練させられました.その講義は,当時の早稲田大学物理学科を代表する教授のお一人であった並木美喜雄先生が担当されていました.並木先生ご自身は電気通信学科を卒業された後,物理学を学ばれ,早稲田大学の物理学科の創設にご尽力された先生です.並木先生は数理物理学 (理論物理学のなかで特に数学的側面を重視する分野) に広く興味をもたれていて,学生に対しても,物理学を学ぶためには数学の理解が必要であることを強調されていました.筆者もその教えに従って,学部生の頃は,物理学科の講義よりも数学科の講義により多く出席していました.代数,解析 (微分・積分),幾何,確率などさまざまな分野の数学を学びました.そのような努力が実ったのか,学部 4 年の研究室配属では並木先生の研究室の選考に合格することができ,そのまま大学院まで進みました.

物理学を学ぶ人間には,必要に応じて数学的手法を躊躇なく用いる姿勢,十分な数学的手法が用意されていなければ自分で作って使うくらいの覚悟が必要です.ニュートンも,力学の理論を記述する必要性から微分・積分の手法を確立しました.高校物理を理解する上では,難解な数学の概念は必要ありません.高校で学ぶ程度の数学の手法が駆使できれば十分です.高校生の段階でも,本気で物理学を学び始めるのであれば,はじめから数学的手法を躊躇なく運用するという本来の物理学の学び方をするべきと考えています.筆者は勤務校でも,そのような思想に基づいた教育を実践しています.そして,受講生からも一定の評価を得て,十分な成果をあげていると自負しています.

本書も,高校までで学ぶ数学の手法は躊躇なく利用してきました.これから物理学を学び始める高校生にも,もう一度物理学を学び直そうとしている大人の方にも,遠回りをせずに王道を通って物理学を学習してもらいたいと考え,本書を執筆しました.

2019 年 3 月

吉田弘幸

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