(第51回)国際的な企業活動と人権デュー・ディリジェンス(野澤大和)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2023.02.20
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

加藤紫帆「人権デュー・ディリジェンスの促進と抵触法」

法律時報95巻1号(2023年)6頁より

最近、「人権デュー・ディリジェンス」(以下「人権DD」という)という言葉をよく耳にする。「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」1)によれば、「人権DD」とは、「自らの事業、サプライチェーンおよびその他のビジネス上の関係における、実際のおよび潜在的な負の影響を企業が特定し、防止し軽減するとともに、これら負の影響へどのように対処するかについて説明責任を果たすために企業が実施すべきプロセス」(15頁)と定義されている。

近年、ビジネスと人権に関するソフトローの影響の高まりを受け、契約のレベルでも、国家のレベルでも、予防手段としての人権DDの促進へと向けた動きが活発化している。例えば、契約のレベルでは、サプライチェーン上での企業間の契約に関し、人権保護へ向けたモデル条項が提案されているところ、契約当事者以外の第三者に契約上の請求権を付与する条項までもが提案されている2)。国家のレベルでは、欧米諸国を中心に人権DDを義務化する法(以下「人権DD法」という)が相次いで制定されているところ、後述するフランス法のように、人権DD義務違反を理由とする損害賠償責任を定めるものも登場しており、2022年2月に欧州委員会により採択された「企業持続可能性デュー・デリジェンス指令草案」3)でも同様の制度設計がEU加盟国に求められている。

定価:税込 2,255円(本体価格 2,050円)

このようなトランスナショナルな企業活動に伴う人権侵害等の防止へ向けた試みは注目されるものの、その抵触法上の取扱いについては未だ不明確な点も少なくない。そこで、本稿の目的は、人権DDの促進における抵触法の役割を探るべく、人権遵守条項等を含む契約を巡る紛争や、人権DD法の取扱いについて、抵触法の観点から考察することにある。

まず、契約に基づく請求に関し、契約当事者間の国際的管轄合意について、下級審裁判例は、企業間の国際的管轄合意の有効性を尊重する態度を示しており、無効とされるのは例外的な場合に限られるものと解されている。なお、第三者による請求が問題になる場合に、第三者が管轄合意の人的適用範囲に含まれるか否かについては、管轄合意の準拠法により判断されることとなる。

次に、第三者(直接的な取引関係にない企業、直接的又は間接的な取引関係にある企業の従業員、地域住民等)が親会社やサプライチェーンのリード企業に対し、契約上の請求を行う場合について、抵触法上は、このような第三者による請求が契約と不法行為のいずれに性質決定すべきかが問題になる。この点、第三者による契約に基づく請求の可否は、ある契約上の請求権を有するのは誰かという契約の効力の問題であるので、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という)の7条以下で決まる契約準拠法の適用範囲に含められるべきであり、第三者に履行請求権や損害賠償請求権を付与する明示的な条項がある場合だけでなく、行動規範のような一般的なCSR文書しか存在しない場合であっても、これらの条項や行動規範が第三者による請求権を基礎付けるか否かについては、契約準拠法により判断されることなると考えるべきであるとする。

外国の人権DD法に基づく請求に関し、フランスの「親会社及び経営を統括する企業の注意義務に関する2017年3月27日付け法律第2017-399号」4)(以下「仏人権DD法」という)において、人権DD義務違反を理由とする損害賠償制度が創設されているが、かかる仏人権DD法が我が国裁判所において問題となる場合としては、①仏人権DD法に基づく注意計画の策定等の義務を負う企業に対し、同義務違反から生じた損害の賠償が求められる場合、又は、②債務不履行や不法行為に基づく請求において仏人権DD法上の義務の存在やその違反の有無が及ぼす影響が問題となる場合の2つが考えられる。

これらの場合に、仏人権DD法がどのように取り扱われるかは、問題となる法規の性質如何によるものとされ、いわゆる強行的適用法規5)に該当するのであれば、通則法による通常の準拠法選択の対象とはならず、外国の強行的適用法規たる人権DD法に基づく請求は一切認められないおそれがある。仏人権DD法の性質については、フランス学説上争いがあり、フランスにおける今後の議論や裁判例の動向を注視する必要があるものの、罰則規定が存在しない点は重要視されるべきであり、強行的適用法規には該当しないという見方が妥当であるとする。

その理解を前提にすると、上記②の債務不履行に基づく請求等の前提として仏人権DD法上の注意計画の策定等に係る義務の存在やその違反の有無が問題となる場合、同法上の義務に関する規定が、対象企業の行動に影響を与えた規範として事実的に考慮されることが考えられると指摘する。

次に、上記①の仏人権DD法に基づく直接請求が問題となる場合には、通則法によりフランス法が準拠法として指定されたときにのみ適用されることになるが、不法行為準拠法として適用されるのか、それとも法人の従属法として適用されるのかが問題となる。この点、我が国抵触法上は、法人の不法行為能力についても不法行為準拠法によるとされることを踏まえると、人権DD義務違反を理由とする損害賠償の問題も不法行為と性質決定すべきであると考えられ、仏人権DD法上の損害賠償に関する規定は通則法17条の結果発生地がフランス国内にある場合に適用されることとなる。そして、外国の子会社やサプライヤーの活動に伴う人権侵害等との関係では、結果発生地がフランス国外にあることが予想されるが、この場合は、仏人権DD法の規律を受けることに関する企業や関係当事者の期待の尊重という観点からは、仏人権DD法上の義務を負う対象企業との関係では、同法上の注意計画の策定等にかかる義務に関する法規については、別途指定される不法行為準拠法の下で、事実として考慮すべきではないかと指摘し、かかる考え方は、準拠法選択を操作することと比べれば、法的確実性の確保という観点からはより望ましいとされる。

最後に、問題となる外国人権DD法上の法規が強行的適用法規に該当する場合の取扱いについては、抵触法をグローバル規模での経済・社会の適切な規整に利用すべきことを主張する「グローバル・ガバナンスのための抵触法」という観点からは、強行的適用法規たる外国人権DD法に基づく請求であっても、一定の共通の規整目標の実現に資する限りにおいて、我が国裁判所において審理することを許容すべきであると指摘する。

本稿の考察を通じて、第三者による契約上の請求の性質決定や、外国人権DD法の考慮、さらには、強行的適用法規としての外国人権DD法に基づく請求を認めることを通じ、抵触法もグローバルな人権DDの促進へと向け、一定の機能果たし得ることが確認されたが、契約によるガバナンスの限界や、実効的な救済へのアクセスという観点からは人権DD法上の損害賠償制度にも課題があるとされる。我が国において、現在、人権DD法は存在せず、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が公表されるに留まっている・将来的に人権DD法を制定する場合には、損害賠償制度の導入の可否や、その国際的な適用のあり方等につき、欧米諸国における議論を参照しながら検討されることになるが、本稿における契約や外国人権DD法を巡る抵触法上の考察もその検討の際に参照されるべきものであろう。

本論考を読むには
法律時報95巻1号
TKCローライブラリーへ(PDFを提供しています。次号刊行後掲載)

 


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脚注   [ + ]

1. OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(日本語版)【PDF】
2. 米国法曹協会(ABA)が公表したモデル契約条項欧州法律協会(European Law Institute)による報告書におけるモデル条項参照。
3. European Commission, “Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937”
4. LOI n° 2017-399 du 27 mars 2017 relative au devoir de vigilance des sociétés mères et des entreprises donneuses d’ordre 。同法によれば、フランスに本拠を有する一定規模以上の企業は、自社及び直接又は間接に支配する企業の活動、並びに確立された商取引関係にある下請業者又は供給業者の当該商取引関係に伴う活動により生じる、人権及び基本的自由、関係者の健康及び安全、並びに環境に対するリスクの特定、及びこれらに対する重大な損害の予防のための合理的な対策を盛り込んだ、「注意計画」を策定・開示、それを効果的に実施する義務を負い(商法典L225-102-4条(I))、当該義務に違反した場合、当該義務を遵守することによって回避できたであろう損失について賠償する責任を負うこととされる(商法典L225-102-5条)。
5. 強行的適用法規とは、ある国の政治的・社会的・利益的利益を体現する法規であって、かかる公的利益を保護・実現するために、準拠法如何にかかわらず適用される法規のことをいう。

野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年Northwestern University School of Law卒業(LL.M.)。14年~15年Sidley Austin LLP(シカゴオフィス)で研修。15年ニューヨーク州弁護士登録。15年〜17年法務省民事局に出向(会社法担当)。19年西村あさひ法律事務所パートナー。主な書籍・論文として、『デジタル株主総会の法的論点と実務』(共著、商事法務、2023年)、「電子提供制度における会社側の主張のみを記載した書面の追加提供の可否」旬刊商事法務2313号(2022年)、「補償契約における適正性確保措置の事例分析――2021年10月~2022年9月」資料版商事法464号(共著、2022年)、「株式需要緩衝信託の仕組みと法的論点」旬刊商事法務2302号(共著、2022年)、「自己株式の取得・処分の事例分析――2021年6月~2022年5月」資料版商事法務460号(共著、2022年)、『論点体系金融商品取引法1〔第2版〕』(共著、第一法規、2022年)、「株主総会資料の電子提供制度の概要と実務対応」Disclosure&IR誌vol.22(2022年)、『新しい持株会設立・運営の実務〔第2版〕』(共著、商事法務、2022年)、『実務問答会社法』(共著、商事法務、2022年)、「ハイブリッド出席型バーチャル株主総会の招集決定事項」旬刊商事法務2281号(2021年)、『令和元年改正会社法(3)』別冊商事法務461号(共著、2021年)、『令和元年会社法改正と実務対応』(共著、商事法務、2021年)、『Before/After会社法改正』(共著、弘文堂、2021年)、『令和元年改正会社法②』別冊商事法務454号(共著、2020年)、『M&A法大全〔上〕〔下〕』(共著、商事法務、2019年)、「武田薬品によるシャイアー買収の解説〔I〕〜〔VI〕」旬刊商事法務2199号~2204号(共著、2019年)ほか多数。