『人新世のエコロジー—自然らしさを手なずける』(著:及川敬貴)

一冊散策| 2023.02.27
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに—「つながり」の物語へようこそ

次の言葉を見たこと/聞いたことがあるという方は少なくないだろう。

SDGs エコシステム 変異 (性) 人新世 生物多様性 限界集落 鳥獣害 里山 コモンズ 動物の権利 世界遺産 ダーウィン 村上春樹 養老孟司 グレタ・トゥーンベリ

次のものは、知っている人は知っている。そんな感じの言葉たちのように思う。

3D プリンタ ダーウィン事変 ヒューマンジー 生態系サービス 地域猫 自然保護区 ミレニアム生態系評価 国立マンション事件 住みたい街ランキング TNFD

最後の群はどうか。法律には関わりたくないかもしれない。その他については一体、何を意味するのやらといったところではないだろうか (キムリッカって何語?)。

キムリッカ 法律 条例 条約 カイロス的時間 ミティゲーション オフセット OECMs ノーネットロス カムイルミナ エディブル・シティ 経路依存(性)

これらの言葉たちの「つながり」は見えにくい。それぞれが宙を勝手気ままに浮遊している。そんなイメージさえ持てそうである。しかし、人と自然の関係を考えていくに当たって、これらの言葉たちをバラバラなままにはしておけない。今何が起きているのか。どのようにしてここへ辿り着いたのか。わたしたちはこれから何をめざし、どうしてゆくべきなのか。そうしたことを考えるには、これらの言葉同士の「つながり」、すなわち、「全体像」が必要となるからである。

皆さんも、結婚するに当たって、外見と年収だけで「この人に決めました!」とはならないだろう。性格や趣味、それにその他もろもろの要素を組み合わせた「全体像」。これを手にして初めて、自らの全存在を投じての選択ができるはずである。

と書いてはみたものの、人と自然との関係は複雑である。なので、何か一つの専門領域を学んだからといって、それだけで「全体像」が見えてくるわけではない。だったら、他の領域にまで手を広げて、いろいろと調べてみればいいじゃないか。そう思われた方もいるだろう。しかし、考えてみてほしい。素人が他の分野に手を出しても、やれることは限られている。集められる情報も表面的なものばかりとなるだろう。万が一、間違った理解をしてそれを表に出してしまったらどうなるか。それこそ恥ずかしくて立ち直れない。

だから、複数の学問領域を跨いで書かれたような本は少ないのだろう。しかし、それでいいのだろうか。恥ずかしいからやらない、というのでは、いつまでたっても世の中は変わらない。顔を上げて、周囲を見回してみよう。すると、さまざまな分野から、面白い本や論文がたくさん出されていることに気がつく。ならば、手の届く範囲でそれらを集めて、組み合わせてみたらどうだろう。少しは見通しが良くなるのではないか。それに、定年まであと 10 年しかないし、少しくらい恥をかいても大局に影響はなさそうである (恥をかいたからといって退職金が大幅に減額されることもない)。と思って、少し悩んだ末に、この本を書くことにした。

さて、冒頭の三つの囲みの中の言葉たちは、本書の中で、それぞれにふさわしい場所でとり上げられていく。それらの「つながり」 (のようなもの) が少しでも分かったら、あるいは感じられたらどうだろう。「全体像」とまではいえないまでも、広い視野から、人と自然の関係のあり方を考えていくための補助線になるのではないか。かつて未来学者のアルヴィン・トフラーは世界的なベストセラーとなった著書『富の未来』の中で、もはやロケットサイエンス (=大きな発明や発見のこと) の時代ではない。新しさを生み出すのは、「クレイジーで素敵な組み合わせ」だと説いた1)。囲みの中の言葉たちを組み合わせて (=つなげて) みよう。何か「クレイジーで素敵な組み合わせ (=つながり) 」が見つかるかもしれない。その先にあるのが、新しさ=イノベーションである。

本書は、そうした「つながり」を示す、あるいは、それを読者に見出してもらうための一つの試みである。なので、本書での「エコロジー」とは、いわゆる生態学を意味しない。本来的には、本書のタイトルは、「人新世における人と自然の関係論」とでもいうべきものだと思う (でも、それだと売れないような気がする)。また、本当は黙っておいたほうがよいのだろうが、本書は、法学の書でもある。法律や条例、それに条約といったものたちがそこかしこに顔を出す。なぜか。囲み内の言葉たちを、この世の中で「つなげる」ための接着剤。実は、それが法だからである。

法というと、だれもが裁判をイメージするが、裁判は法に関わる現象の一つでしかない。むしろ、大多数の法は、囲み内の言葉たちが社会の中でお互いに上手く働けるような調整機能を果たしている (間接的には、村上春樹さんと養老孟司さんとの間の調整だってしている。しかし、そのことを詳しく説明する余裕はないし、多分、面白いテーマでもない。なので、その辺りを知りたい方は法学の本をお読みください)。とにかく、本書の中で、法はそれほど大きな顔をしていないので、心配せずにページをめくっていただきたい。囲み内の言葉たちの「つながり」を阻害するような形では、法の話は出てこないはずである。むしろ、それらの「つながり」を確保するように、法というものが存在していることを分かっていただけると思う。

そんなわけで、本書は、エコロジー (=環境学) の物語 (+ ほんの少しだけ法学入門) として読まれることを期待して書かれた。もちろん、学術書っぽさが鼻につくことは否定しない (というか、職業病でそのようにしか書けなかった箇所も多く、読者の方々に申し訳ないと思う)。他方で、もしも、本書を一つの作品ともみなしていただけるならば望外の喜びである。文体が重要。村上春樹さんはそう述べてきた2)。筆者も同じように考えている。文体も一つのアートだと思うから。それが理由である。

どのような方々に本書は読まれるべき (読んでいただきたい) か。ゼミ生たちに草稿を”叩いて”もらっている時には、「高校生でも読めるようなもの」をめざしていた。なので高校生以上の方々には気軽に手に取っていただければと思う (もちろん、読む気さえあれば、もっと若い方々も是非に。多分、大丈夫だと思う)。SDGs やエコシステム (生態系) など。そうした言葉を耳にして、少しでも気になったという方であれば、最後まで読み通していただけるに違いない。あるいは、少なくとも「これって面白いかも!」と思える箇所がいくつも見つかるはずである。

また、次の二つのカテゴリーに属する方々には、面白く読んでいただけるのではないかと思うし、実益にも適うと思う。一つは、これから環境関連の専門領域へ進もうとする人たちである。皆さんが究めようとする分野が、全体の中でどのような位置にあるのか。本書を読まれる中で、それが浮かび上がってくるに違いない。そうした位置情報を確認した上で、それぞれの道の専門家になっていただきたいと思う。

そしてもう一つは、すでに何かの専門領域へどっぷりと漬かっている人たちである (筆者自身を棚に上げてしまうことをお許しいただきたい)。自分の領域の外側、とくに隣接諸領域といわれる空間で何が起きているのか。本書は、それを垣間見るための一つの窓になるのではないかと思う。

その上で、本書を手に取られたどなたに対してもお願いがある。”考える”という営みを止めないでほしい。本書の中では、かなり風変わりなイメージの「自然」が顔を覗かせるだろう。気ままで、自由奔放、そして時にわたしたちに挑みかかってくるような、そんな自然たち。そうした自然に対して (深く考えることなく) 身を委ねるのは止めよう。「自然らしさ」に身を任すのは楽ちんで、心地よいかもしれないが危険でもある。最近、ある国の政治家が、講演会で次のように聴衆に呼びかけた。「あなたたちは、今のこの国に生きられて幸せだ。何も考えずに毎日を過ごしていけるから」3)。ふざけるな、と心から思った。考えよう。考え抜いて、日々を過ごそう。本書が、「考えるという生活」のための一助になってくれればと思う4)

さて、ページをめくってすぐに、皆さんは不思議な言葉に出遭うだろう。「妙に元気な自然」。これが本書の最初のキーワードとなる。これはどういうことなのだろう。わたしたちはどうすべきなのか。一緒に “考えて” いこう。

自然との「間合い」を測りかねるわたしたち

贈与と返礼のイメージ

目次

  • 第1部 妙に「元気」な自然とわたしたち
    • 第1章 間合い
    • 第2章 変異性
    • 第3章 サービス
    • 第4章 手入れ
  • 第2部 認識(ものの見方)へ手を入れる
    • 第5章 ジオクラートの福音—生態系サービス評価の光と影
    • 第6章 最初からあるもんじゃない—「生態系」を創り出す
  • 第3部 空間へ手を入れる
    • 第7章 囲い込み。その先へ
    • 第8章 鷹の目で考える—空間を越える手入れ
    • 第9章 大学通りという「生態系」—その法とエコロジー
  • 第4部 関係性に手を入れる
    • 第10章 『ダーウィン事変』の法的基層–チャーリーは人/物か?
    • 第11章 動物福祉の最前線–ロンドン便り
    • 第12章 「生きている」動物たち―コモンズとしての地域猫
  • 第5部 時間に手を入れる
    • 第13章 時間を味方につける—村上春樹へのオマージュ
    • 第14章 人と自然の関係についての覚書

書誌情報など

関連情報

脚注   [ + ]

1. トフラー=トフラー (2006) 74 頁参照。
2. 村上 (2016) 109 頁や 134 頁など参照。
3. 「この国」とは日本である。
4. この表現は、坂口 (2019) 29 頁から拝借した。