(第48回)ハラスメント法制の現状と課題について(松井博昭)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2022.10.19
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(毎月中旬更新予定)

町田悠生子「使用者側からみたハラスメント法制の現状と課題に関する一考察」

野川 忍編『労働法制の改革と展望』(日本評論社、2020年)

野川 忍編『労働法制の改革と展望』 定価:税込 5,500円(本体価格 5,000円)

町田悠生子「使用者側からみたハラスメント法制の現状と課題に関する一考察」は、複数の法令、指針にまたがるハラスメント法制の現状を整理した上で、今後の課題を指摘した、実務上参考になる論文である。

本稿は、まず、職場におけるセクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という。)、マタニティハラスメント(以下「マタハラ」という。)、パワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)について定義、区分を解説した上、これらのハラスメントについて事業主が負うべき措置義務等を明らかにしている。

すなわち、セクハラの定義について、均等法11条1項が、「職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること」と定めており、防止措置を義務付けている。

マタハラについては、事業主等による人事上の権限行使として行われるものと、それ以外の上司または同僚からの嫌がらせの2類型に分けられる。前者は事業主に対する直接的な禁止規定が設けられており(均等法11条の3第2項、育介法25条2項等)、後者は、妊娠・出産等の状態への嫌がらせ型(均等法)と、産前産後休暇や育児休業等の制度等の利用への嫌がらせ型(均等法・育介法)に分けられ、防止措置が義務付けられている(均等法11条の3第1項、育介法25条1項等)。

パワハラの定義については、労働施策総合推進法30条の2第1項が、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と定めており、防止措置を義務付けている。

また、防止措置の具体的な内容は、セクハラ1)、マタハラ2)3)、パワハラ4)のいずれも厚生労働大臣指針に委ねられているが、共通する要素として、①事業主の方針の明確化及びその周知・啓発、②労働者の相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、③事後の迅速かつ適切な対応が挙げられ、マタハラについては、④マタハラの原因や背景となる要因を解消とするための措置が加えられる。

また、防止措置の実効性確保のため、相談窓口の利用等に対する不利益取扱いの禁止(均等法11条2項、均等法11条の3第2項、育介法25条2項、労働施策総合推進法30条の2第2項)、国・事業主及び労働者の責務規定(努力義務、均等法11条の2、均等法11条の4、育介法25条の2、労働施策総合推進法30条の3)が置かれており、また、セクハラについては、「社外の労働者や顧客等」が行為者となることも想定され、他の事業主から防止措置の実施に関し必要な協力を求められた場合に応じる努力義務が課されている(均等法11条3項)。

本稿は、以上のように、難解とも取れる現状の各ハラスメントの定義、規制内容について紹介した上、これに対する評価と課題として、以下の5つの問題点を指定している。

第1に、本稿は、防止措置義務の根拠法が、3つの法律にまたがっていること自体が、措置義務の履行者である事業主にとって分かり難くなっており、このため防止措置の浸透に当たり1つの足枷になっている可能性があると指摘する。

第2に、本稿は、「措置義務」という概念に捉え難い点があると指摘している。すなわち、措置義務は、措置を行うべき事項、方向性のみを法律、指針で定め、具体的な内容を事業主自身に委ねるという仕組みであり、また、行為者(加害者)に対する制裁を国家が直接的に行うのではなく、事業主を通じて行うことを予定するものである。しかし、措置義務の曖昧さから、ともすれば、事業者は外形上最低限の内容に留めることに注力し、例えば、形式的に窓口が設置されても利用されないことにもなりかねないと指摘する。

第3に、本稿は、措置義務によって防止すべきハラスメント行為・状況の範囲が限定的であると指摘する。例えば、ジェンダーハラスメント(容姿や年齢、身体的特徴、性別等にかかわる不適当な言動)、育休から復帰した女性従業員に対して育児と仕事の両立に対する批判的発言をすること(育児休業等の制度利用を阻害するものではないため、直接はマタハラの定義に該当しない)等、不適切である一方、ハラスメントの定義に該当するかどうかが明確ではない行為がある。

第4に、本稿は、不法行為上違法とされる行為と防止措置を実施すべきハラスメント行為との隔たりがあると指摘する。企業が懲戒処分を検討すべきハラスメント行為の範囲は、不法行為上違法とされる範囲よりも広く、更に、懲戒処分に至らずとも適切とは言い難い言動も存在する。このため、裁判例上、不法行為に当たらないとしても、職場環境からは適切ではない言動は存在する。

第5に、本稿は、措置義務と安全配慮義務・職場環境配慮義務との間隙があると指摘する。使用者が措置義務を適切に履行していれば、安全配慮義務や職場環境配慮義務を尽くしていると評価される場合は多いとしつつ、両者は完全に一致するものではないとして、措置義務違反はなかったものの安全配慮義務違反を認めた裁判例を紹介している(徳島地判平成30年7月9日労判1194号49頁(ゆうちょ銀行事件)等)。

これらの問題点を指摘した上で、本稿は、締めくくりとして、ハラスメント法制の展望について2点を述べている。

1点目として、本稿は、防止措置義務の具体的内容を定めた各指針が、防止措置の内容として、「事業主の方針の明確化及びその周知・啓発」を挙げており、具体的な防止措置をどのように講ずるかを各事業主に委ねているため、各事業主が措置の内容を考えて実行することこそがコンプライアンス上重要であるとする。そして、かかる措置義務についての正しい理解を浸透させ、措置義務違反に対する取締りを強化する取組を試みることが重要であるとする。

2点目として、本稿は、日本では包括的なハラスメント禁止規定がないため未批准となっているものの、2019年6月の国際労働機関(ILO)総会で「仕事の世界における暴力及びハラスメントの撤廃に関する条約」が採択されたことを踏まえ、新たな法規制の在り方が引き続き検討されていくことになるとする。

本稿は、ハラスメント法制の現状を端的に整理した上で、現状の課題と展望と課題を示す論文であり、実務上も参考になると思われた。本稿の指摘するとおり、現状のハラスメント法制は分かりやすいとは言い難い状況にあり、今後は、本稿の示唆するとおり、ハラスメント行為そのものを禁止する規定の法制化、総合的なハラスメント防止法の制定もあり得るところであり、関係者にとって分かりやすく、実効性のある制度になることが望まれる。

本論考を読むには
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脚注   [ + ]

1. 厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【PDF】
2. 厚生労働省「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【PDF】
3. 厚生労働省「子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置等に関する指針」【PDF】
4. 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」【PDF】

松井博昭(まつい・ひろあき)
AI-EI法律事務所 パートナー 弁護士(日本・NY州)。信州大学特任准教授、日本労働法学会員、日中法律家交流協会理事。早稲田大学、ペンシルベニア大学ロースクール 卒業。
『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(中央経済社、2019年)、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社、2017年)の編著者、『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)、『企業労働法実務相談』(商事法務、2019年)、『働き方改革とこれからの時代の労働法 第2版』(商事法務、2021年)の共著者を担当。