(第53回)日本における中国判決の承認と相互の保証(小田美佐子)

私の心に残る裁判例| 2022.10.03
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

投資金額確認請求控訴事件

中華人民共和国人民法院の判決は民訴法118条4号の要件を満たさず我が国において効力を認めることはできないとされた事例

大阪高等裁判所平成15年4月9日判決
【判例時報1841号111頁掲載】

中国にある日中合弁会社への投資30万米ドルにかかる日本側投資者が原告であることの確認を求めた事件で、一審は中国判決が日本で効力を有するとして、その訴えを却下したが、控訴審で大阪高裁は最高裁昭和58年6月7日判決が判示した基準に基づき、中国の民事訴訟法の条文のみならず、最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)の司法解釈、大連市中級人民法院(日本の地方裁判所に相当)の決定等も検討した上で、中国において日本判決が重要な点で異ならない条件の下に効力を有するとまでは認めることができないから、民事訴訟法118条4号(相互の保証)の要件を満たさないとした。経済取引に関する判決と判断し、中国との相互保証を否定した初の高裁判決であり、中国判決の日本における承認を直接求めた事件ではなかったものの、外国判決承認の相互保証における両すくみの典型例の一つとして、実務的にも注目された。

私自身にとっては、3年間の外務省在外公館専門調査員(経済担当)の勤務経験から、企業の視点も持つようになったことに加え、法科大学院の講義や法学研究科の論文指導等で扱ってきたテーマに関わるものであり、日中間の判決の承認についての両すくみの解決策を模索してきた経緯がある心に残る裁判例である。

本判決で鑑定が命じられなかった外国法調査の淡白さは、先行裁判例との対比で特徴的な点として指摘されるが、相互保証要件の判断に必要な外国法の内容に関する資料の収集を当事者の責任とする説に立つものと思われる。この点について、名誉毀損に基づく損害賠償を命じた中国判決の日本における執行と相互の保証について判断を行った東京高裁平成27年11月25日判決も同様の考え方に立つが、中国における司法制度や最高人民法院による司法解釈の効力等に言及している。

すなわち、中国の各人民法院はその裁判業務において最高人民法院の監督及び指導を受け、最高人民法院による司法解釈の内容に従って個別事案を判断しており、個別事件の処理についての質問に対する回答も、その内容が最高人民法院によって公表された場合には、各下級人民法院は類似の事案を処理する際にはそれに従って判断するというものである。

中国法の司法解釈の重要性や中国の司法制度は、日本では一般には馴染みがないため、東京高裁判決における上記の言及は意義深い。大阪高裁判決では、中国の司法制度や最高人民法院の司法解釈の法源性・効力に関する言及はなかったが、司法解釈と裁判例をワンセットで中国の有権解釈としてとらえた点で画期的であったとの評価がある。

もっとも、日中双方が相互性を否定し合う状態を解く条件を考えると、大阪高裁判決の判断趣旨は明確でなく、曖昧さが残るとの指摘があり、東京高裁判決も中国民事訴訟法が明文で規定する互恵原則審査要件の存在を根拠として、相互の保証の要件を満たさないとしているが、そのロジックは離婚判決以外のすべての種類の判決に当てはまるのか、判決の射程は議論の分かれるところである。


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小田 美佐子(おだ・みさこ 立命館大学准教授)
外務省在外公館専門調査員、立命館大学法学部助教授を経て現職。立命館大学国際地域研究所プロジェクト代表。2008年4月~2009年3月、中国清華大学客員研究員。著書に、『中国土地使用権と所有権』(法律文化社、2002年)、『人間の安全保障とヒューマン・トラフィキング』(共著、日本評論社、2007年)、『現代日本の司法―「司法制度改革」以降の人と制度』(単訳、日本評論社、2020年)。