(第0回)予告編

歩いて学ぶ都市経済学(中島賢太郎・手島健介・山﨑潤一)| 2022.09.26
都心に高層オフィスビルが林立しているのはなぜ? 原宿にアパレルショップが集中しているのはなぜ? この連載では、日本各地の都市で見られる何気ない風景の「なぜ」を取り上げ、その背後にあると考えられる経済学的メカニズムを解説するとともに、そのメカニズムをデータを使って検証した最先端の実証研究を紹介していきます。

(毎月下旬更新予定)

連載開始にあたって

あなたは「都市」と聞いたとき、どのような風景を思い浮かべるだろうか。林立する高層のオフィスビルやタワーマンションは典型的な都市の風景の 1 つだろう。あるいは原宿の竹下通りや銀座のように、様々な店舗が軒を連ねるショッピング街も都市の代表的な風景の 1 つだろう。新宿の歌舞伎町や福岡の中州のような歓楽街、都心を取り囲むように位置する郊外の住宅街、都心と郊外の住宅街を結ぶすし詰めの通勤電車もまた、やはり都市を象徴する風景だろう。このように、我々が日々その中で暮らす都市には様々な風景がある。そうした風景は一体どのようにして形作られているのだろうか。

例えば、莫大な建設費用のかかる高層のオフィスビルが、都心に林立しているのはなぜだろうか。その背後には、高い賃料を支払ってでも都心にオフィスを構えたいと考える多くの企業の存在がある。しかし、これらの企業はなぜ賃料の安い郊外ではなく、都心にオフィスを構える必要があるのだろうか。同様に、都心に林立するタワーマンションも、背後には高い賃料を支払ってでもそこに居住したい都市住人の存在がある。これらの人々はなぜ郊外の住宅街ではなく都心近辺に居住することを選ぶのだろうか。一方で、建物を建てる側の視点に立てば、高層のオフィスビルやタワーマンションはどこにでも建てられるわけではない。地盤、容積率、すでにそこに存在している住民との交渉や建物の取り壊しなど、様々な制約や課題が存在する。また、オフィスビルを建てるかタワーマンションを建てるのかも別の選択の 1 つであり、そこにはオフィスへの需要と住居への需要とのせめぎ合いがある。このように、我々が暮らす都市の風景は、自然地理的要因や、政府の規制をはじめとする制度的要因、さらには歴史的、文化的要因のもとで、都市住人や企業の様々な意思決定のせめぎ合いの結果構築されたものである。このような、都市の生成過程や都市の中で起きている現象について、背後にある人々や企業の行動に着目し、そのメカニズムを明らかにしていく学問が都市経済学である。

この連載では、都市経済学における主要なトピックについて、実際の都市で見られる風景をケースとして取り上げ、その背後にあると考えられるメカニズムを解き明かしていく。そのメカニズムは、紹介する都市のみならず、あなたにとって身近な都市にも潜んでいるだろう。ぜひ連載を読んで、身近な都市を歩き、その風景の背後に、人々や企業の行動が形作る経済学的メカニズムを感じてほしい。

また、本連載は、最新の学術論文によって明らかにされた知見に基づいている点にも大きな特徴がある。特に近年の経済学では、これまで理論的に指摘されてきたメカニズムを現実のデータから実証するという、いわゆる実証研究が盛んに行われるようになっている。つまり現在の経済学はもはや机上の空論ではなく、現実世界に裏付けられた実証的学問なのである。特に現在、都市経済学は衛星画像やスマートフォン GPS データ、古地図を含む様々な地図の電子化データなど、古今東西の都市の人々や企業の行動パターンを非常に粒度高く把握できる先進的なデータの利用が進んでおり、学術分野として大きな盛り上がりを見せている。また、そうした統計データだけではなく、街の歴史や規制などに関する背景知識も重要視されているため、実際に街を歩き、その風景をよく観察することも、良い研究には不可欠なのである。このような潮流の中で学術研究を行う著者たち自身の取組みについても紹介することで、最先端の学術研究の魅力もぜひ皆さんに感じていただければと思う。

この連載は次回より本編に入る。各回では、まず都市の具体的な風景を事例に挙げ、次にその背後に働く経済学的メカニズムを解説し、最後にそのメカニズムをデータによって検証した実証研究を紹介する。東京都区部、大阪、名古屋、札幌、福岡、神戸、京都、仙台、川口、東京都町田市など、できるだけ多くの都市を取り上げ、それぞれに見られる風景を選び解説していきたい。トピックとしては、高層オフィスビルのメリットとそれが建てられる条件、集積の経済、通勤、住宅、土地利用規制、自然歴史的条件の役割、観光や移民 (外国人労働) といったグローバリゼーションの影響、自治体の境界の決定要因とその影響、などを解説する予定である。

まず第 1 回では、竹下通りや銀座のようなショッピング街に働く、経済学のメカニズムについて紹介する。例えば竹下通りには様々なアパレルの店舗が軒を連ねているが、それはなぜなのだろうか。同じような洋服を売っている店が隣り合っていたら競争は激しくなるばかりである。高い賃料をペイするだけの竹下通りの魅力はどのような経済学的メカニズムから生じているのだろうか。それを解き明かす鍵は、現在は豊洲に移転した、かつての東京築地水産仲卸市場、いわゆる「築地市場」にあった。詳細は次回に譲るが、築地市場はこのメカニズムを現実のデータから説き明かすための絶好の実験室だったのである。次回は築地市場の風景から、商業集積のメカニズムについて紹介する。

この連載が、あなたが毎日眺める都市の風景の背後にある、人々や企業の行動を見つめるきっかけになることを期待している。通勤中や、買い物、散歩の最中に眺める何気ない風景の背後には、住人や企業の意思決定のせめぎ合いがある。この、「社会の状態は、社会を構成する各人の意思決定のせめぎ合いの結果、バランスが取れるところで決まっている」という考え方は、経済学の根幹をなす「均衡」という考え方である。したがって、都市の風景からその背後のメカニズムを読み解くというのは、都市経済学に限らず、経済学の考え方を実例から学ぶという意味でもとても意義あることなのである。また、そのような風景の観察から研究のアイデアが見つかったり研究中の事象に対する理解が深まることも著者たちは経験している。日常の都市の風景から、背後にある経済学的メカニズムを読み解く楽しみを読者に感じてもらうことができれば、それは著者たちにとって最高に幸せなことである。また、この連載では紹介しきれない都市の風景やその背後にあるメカニズムも数多く存在する。さらには、著者たちがまだ発見してないものもまだまだあるに違いない。ぜひこの連載を読んで、都市を歩き、新たな風景とその背後にある経済学的メカニズムを発見して、それを著者たちにも共有してほしい。

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中島賢太郎 (なかじま・けんたろう)
一橋大学イノベーション研究センター准教授。東京大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士 (経済学)。東北大学大学院経済学研究科准教授などを経て、2017年より現職。都市経済学・空間経済学を専門とする。スマートフォンGPSデータや歴史的データなど、幅広いデータを用いた実証研究を行っている。
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手島健介 (てしま・けんすけ)
一橋大学経済研究所教授。コロンビア大学経済学部博士課程修了 (Ph.D.)。メキシコ自治工科大学経済研究所助教授などを経て、2022年より現職。主にメキシコと日本のミクロデータをもとに、グローバリゼーションおよび都市にまつわる諸問題を研究している。
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山﨑潤一 (やまさき・じゅんいち)
神戸大学大学院経済学研究科講師。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE) 博士課程修了 (Ph.D.)。神戸大学大学院経済学研究科助教などを経て、2021 年より現職。開発経済学、応用ミクロ計量経済学を専門とする。明治期の鉄道や江戸期の農業投資など、日本の歴史的データを用いた実証研究を多く行っている。
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※本連載は、共同執筆です。著者順は慣例に従いアルファベット順としています。