『子どものこころがそだつとき:子育ての道しるべ』(著:笠原麻里)

一冊散策| 2022.08.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はしがき

児童精神科という土俵で、子どものこころに向き合って四半世紀ほどが経つ。この時間は、臨床現場でその姿を追わせていただいた尊敬すべき多くの先達にまったく及ぶものではなく、道半ばにすぎない。それでも、診察室では毎週少なくとも何人かの新しい子どもに出会って過ごしてきたので、これまでに数千人以上の子どもと、たいていはその親御さんと、時にはその子を支える教員や児童福祉のスタッフとともに面接を重ねてきた。たった一回で面接を終了したケースもあるが、半数以上は数年間の治療を経ているので、子どもと大人の話をとてもたくさん聞かせてもらった。あまりに貴重な体験である。

この貴重な臨床場面で出会った子どもたちの、病理や葛藤や成長発達に添ううちに教えてもらったこころのありようを、私の中でストックし続けたところ、教科書に記されているような典型的な症状はもちろんだが、一人ひとりの特性や環境の違いによって異なる表現型にも、ある側面からみれば共通することがずいぶんあるように思えてきた。そのような共通する課題に触れたとき、診察室で親御さんに伝える言葉は、各々のケースに同じフレーズとなることがよくあった。つまり、子どもがつまずいたときに、親御さんや支える大人が知りおくことはそれほど違いがなく、本質は普遍的なのではないかと思うようになった。

そのような折、日本評論社『こころの科学』での連載のお話をいただいた。遅筆で、編集にご迷惑をおかけすることは明白だったのだが、なぜかお受けしたのは、上記のような思いがあったことも動機であったと思う。2019年5月~2021年5月(205~217号)の間連載された「そだちとそだての道しるべ」より、いくつかの手を加えて本書を出版させていただくことになった。

ここに記された子どもたちは、すべて架空症例である。いくつかのディテールは、出会った子どもや親御さんや先生からヒントを得ており、大切な言葉は個人が同定できないような背景で用いているが、いずれも誰か一人の姿や台詞ではなく、何人もの表現の共通項であるものを記した。治療という特別な場面ではあるが、子どもたちに教えてもらった大切なことを、テーマに応じて抽出して組み直して一つの症例として提示している。したがって、子どもたちとお母さんお父さん他その子を育ててくれていた方、学校の先生や児童福祉の専門スタッフなど、たくさんの話を聞かせてくださったすべての方との出会いがなければ、ここに何もお伝えはできなかった。これまでに出会い、大切なことを語ってくださったすべての方に、感謝申し上げます。

最後に、拙稿に情熱をもって目を通してくださり、この厄介な著者のタイミングを絶妙に図るという優れた特技をもつことで、出版に導いてくださった日本評論社の植松由記さんに、敬意をもってお礼申し上げます。

2022年5月
笠原麻里

もくじ

1 いたいのいたいのとんでゆけ
転ばぬ先の杖をつきたくなる親の気持ち/痛みを抱えて「学校へ行かれない」アツキ/子どもの身体表現性障害/「自分でできる」子どもたち

2 子どものものさし
小学生のヒーロー/等身大の価値観/学校へ行かれなくなった優等生のサユミ/大人の与えるものさし/ものさしができるのを待つ

3 しつけは大変である
子どもは好奇心のかたまり/地団駄を踏む子のこころをそだてるとは?/小学生になっても排泄習慣を身につけていなかったオウヤ/子どもが身につける必要があること/人として大切なことを守れるようになるために

コラム1 風穴をあける子どもたち

4 子どもが他者の視点に気づくとき
中心化から脱中心化への精神発達/脱中心化のうえに成り立つ他者の視点を理解する力/発達課題としての脱中心化の意義/他者の視点を理解するプロセスには個人差がある/他者の視点に気づくとき

5 友だちをもつことと社交性の発達
友だちがいない!?/友だちたくさんできるかな/仲間とのつながり方に迷走するタケシ/友だち付き合いと社交性の発達過程/“友だち”のあり方は変わる

6 こころの発達にともなう仲間関係の成熟
学童期の仲間関係/思春期の女子の仲間関係/高校生になって/仲間関係の発達/友情とはなんだろうか

7 困った行動に隠された、子どもの“本当の気持ち”
チハルの小さい頃/チハルの試練の始まり/チハルとたえ子先生の長い二学期/チハルの成長/発達する子どもを支える大人の視点

8 中学生が不登校になったとき
理由なく欠席が始まる/子どもが不登校になったとき/学校へ行きにくいマヤをみてきたお母さんの気持ち/学校へ行きにくくなったマヤの気持ち/子どもの気持ちには、大人に見えるところと見えないところがある/支える大人の心得/“不登校”をしている思春期の子どもを見守り続ける力

コラム2 子どもの治療において関係性をどう結ぶか

9 “平均”ってなんだろう?
成長の平均値/勉強についていくことができず、不登校になったツトム/“まじめちゃん”と揶揄されることに悩む中学生のシホ/“平均”をはずれるということ

10 子どものSOSの受けとり方
エイタとお母さんのバトル/高校で先生に暴言を吐いてしまったスズ/その子にとってつらいことは何かに思いをめぐらせる/ぎゅっと抱きしめるとき

11 子どもが“自分”になるための親離れ・子離れ
“親離れ”はいつできるものなのだろうか/子どもに任せるには勇気がいる

コラム3 親子のはじまり

12 非常事態の中で、子どもたちをいかに守るか
子どもはこの状況をどうとらえているのか/子どもの発達段階に合わせて、その子に必要な情報を伝える/いたずらに子どもを不安にさせないために/感染対策中の生活において思うこと/健康三原則(食事、運動、休息)再考/子どもを守るために

13 逆境を生きぬく子どもたち
子ども時代に逆境にさらされるということ/入院中に粗暴な態度を示した三歳のコウ/幼児期の性的虐待になかなか気づかれなかったアカリ/逆境に気づいてもらうのは難しい/逆境にそだつ子どものために大人ができること

書籍情報