(第43回)情報開示の棘(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2022.03.17
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

藤林大地「有価証券報告書等における発行会社のリスク情報の開示に関する一考察」

法律時報93巻9号(2021年8月号)

社会生活における様々な場面で情報開示が求められることがある。何らかの意思決定を行う者が適切に判断をするためには、判断に必要な情報を認識していることが必要となる。そして、特に情報が偏在し関係者の間に情報格差が存在する場合には、情報量の少ない当事者が、必要な情報を認識した上で判断を行うことをできるようにするため、制度的に情報開示・情報提供の枠組みが設けられる。

もっとも、情報格差があるからといって、情報を有する者に対して常に情報開示を求めることが適切であるかというとそうではない。情報開示を行う側の事務負担が社会全体のコストを高めたり、社会的に有益な行為をしようとするインセンティブを阻害したりする可能性があるほか、対外的に情報開示を行うこと自体が開示を行う者だけでなく開示を受ける者にとっても不利益につながる場合があり得る。そのため、情報の受け手の側にとっても、相手方に常に情報の開示を求めることが得策とは限らず、情報開示のマイナス面も踏まえた対応が望ましいということになる。

当事者が判断を行うための情報開示が求められる典型的な場面の一つは、企業が資本市場から資金を調達する際の投資家に対する情報開示である。投資判断を行う際に企業価値を評価するために財務情報の開示が求められることはもとより、近年、企業の情報開示において非財務情報の重要性が高まっている。また、企業経営や投資運用の文脈でサステナビリティの観点が重視されるようになっている中、ESGといった従来とは異なる尺度からの評価のための情報開示の要請も高まっている。そして、事業の状況だけでなく、企業自身が認識している自らの事業等のリスクの開示も重要な要素となる。その上で、例えば、上場会社が金融商品取引法によって求められる有価証券届出書や有価証券報告書等による情報開示について、虚偽の開示を行ったり、重要な事実の記載が欠けている場合には、損害賠償責任を負ったり、罰則・課徴金の対象となったりするなどのサンクションを受けることになる。

法律時報2021年8月号 定価:税込 2,145円(本体価格 1,950円)

本稿は、西南学院大学の藤林大地教授が、このような企業による情報開示のうち有価証券報告書等の開示書類における「事業等のリスク」の記載事項について考察を行うものである。本稿では、「事業等のリスク」の項目に関する法文の具体的な解釈を整理した上で、金融商品取引法に基づくリスク情報の開示制度の機能的な観点から、「事業等のリスク」の項目にはいかなる範囲のリスクが記載されるべきか検討が行われている。その中では、リスク情報を「企業価値を評価する上で重要な情報であり、証券市場における効率的な価格形成を通じて資源の効率的な配分を実現するために開示が期待される情報」と位置付けた上で、企業がリスク情報を開示することにより生じる可能性がある問題点として、①リスク情報の開示制度が取締役の経営上の選択に影響を与える可能性、②投資者が事業上のリスクを負担しないことによりインセンティブに歪みが生じる可能性、③リスクの存在の開示がリスクの顕在化を招く可能性という3点を検討する。そして、特に③の観点から、一定の場合にはリスクの開示について発行会社に裁量を認めるべきであると論じる。

投資家が自己責任の下で投資判断を行うためには、判断に必要な情報が開示されていることが前提となる。そして、資本市場で資金を調達しようとする企業は、それが自社にとって不利益であるとしても(不利益であるからこそ)リスク情報を適切に開示することが必要となる。もっとも、情報を開示すること自体によって企業価値を損なう可能性があるのだとすると、そのことは投資を行う投資家にとってもかえって不利益となってしまう。

本稿において、藤林教授は、そのようなジレンマが実際に存在するのか考察を行った上で、それらのバランスを考慮した帰結を導く解釈論を示している。資金調達を行う場面を中心に、基本的には上場会社は適格かつ幅広なリスク情報の開示を行うべきものであるが、限界事例においては本稿の考え方が開示実務の指針となり、また、紛争となった場合の責任の所在を判断するための評価規範となり得よう。

なお、本稿は「発行会社によるリスク情報の開示に関する一考察─有価証券報告書等の「事業等のリスク」の項目に記載すべきリスクの範囲─」JSDAキャピタルマーケットフォーラム(第3期)研究論文の要約という位置付けであり、完全版【PDF】も参照されたい。

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法律時報93巻9号
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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融審議会専門委員、イノベーション・エコシステム専門調査会専門委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師、一橋大学大学院法学研究科非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として『資産・債権の流動化・証券化〔第4版〕』(金融財政事情研究会、2022年、共編著)、『Q&A金融サービス仲介業』(金融財政事情研究会、2021年、監修・共著)、『金融機関コンプライアンス50講』(金融財政事情研究会、2021年、共編著)、『債権法実務相談』(商事法務、2020年、監修・共著)、『ファイナンス法大全〔全訂版〕(上)(下)』(商事法務、2017年、共編著)等。論稿多数。