(第8回)植民地台湾の経済─砂糖と米を中心に(清水美里)

おさらい日本の近現代史―「日本」と東アジアの関係を読み解くために| 2022.03.16
日本の近代・現代とはどのようなものだったのでしょうか。
私たちが今、日々ニュースで接する日本の社会状況や外交政策を、そのような歴史的視点で捉えると、いろいろなものが見えてきます。
この連載では、「日本」と東アジア諸国との関係を中心に、各時代の象徴的な事件などを取り上げ、さまざまな資料の分析はもちろん、過去の事実を多面的に捉えようとする歴史研究の蓄積をふまえて解説していただきます。
現在の日本を作り上げた日本の近現代史を、もう一度おさらいしてみませんか。

(毎月下旬更新予定)

1 日本統治による台湾経済の変化―土地制度と貿易構造

前回に引き続き台湾に対する植民地支配についてみていくが、今回は経済に焦点を当てて、日本植民地期に台湾社会がどのように変化したのか考えていこう。まずは植民地化前の台湾がどのような経済構造だったのか概観する。

台湾の漢族系住民は17世紀頃から移民し人口が急増した。近年、17~19世紀の台湾社会についても研究がすすみその特殊性が明らかとなった。主な生産物は砂糖と米であったので漢族系住民は農業従事者が多いのだが、農村でも自給自足社会ではなく開拓移民社会であった。すなわち、砂糖や米を対岸の福建に供給し、福建からは布や紙、木材などの日用品が供給され、対岸の中国本土との密接な経済構造が形成されていた。

農作物の商品化は他地域でも進んでいたが、台湾で特徴的であったのは農耕従事者が商業的であったことである。砂糖と米どちらを栽培すれば利益が上がるか考えながら農業が行われた。

ここで台湾の農民は自作農なのか、地主と小作人の関係はどうなっているのかと疑問を持たれる読者もいるかもしれない。さて、台湾の不動産権利の関係は非常に複雑で地主が複数いる「一田両主」、「一田多主」と呼ばれる制度が成立していた。

このコンテンツを閲覧するにはログインが必要です。→ . 会員登録(無料)はお済みですか? 会員について

清水美里(しみず・みさと)
立教大学助教、専門は台湾近現代史。
主著に、李昌玟、湊照宏編『現代中国研究拠点研究シリーズNO.9:近代台湾経済とインフラストラクチュア』(共著、東京大学社会科学研究所、2012年)、『帝国日本の開発と植民地台湾:台湾の嘉南大圳と日月潭発電所』(有志舎、2015年)、日本植民地研究会編『日本植民地研究の論点』(共著、岩波書店、2018年)など。写真は台湾台中市清水駅にて撮影。麦藁帽子は当地の名産品。