『入門オルタナティブデータ—経済の今を読み解く』(編著:渡辺努・辻中仁士)

一冊散策| 2022.02.16
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はしがき

本書の目的:オルタナティブデータ活用の可能性と限界

コロナ禍を契機として、金融業界を中心に「オルタナティブデータ」に注目が集まっています。新聞・テレビなどのマスメディアやネットニュースなどでも、携帯電話の位置情報に基づいた人流データを見せながら「渋谷駅前の人出がコロナ前と比べて〇〇%減った(あるいは増えた)」といった報道が当たり前のようになされるようになりました。また、政府の「月例経済報告」(内閣府)や日本銀行の「展望レポート」などでも、定例のものとしてクレジットカードの決済データやPOSデータが取り上げられるようになっています。民間の金融機関でも、オルタナティブデータを活用したファンドが商品化され、さらに2021年4月には「一般社団法人オルタナティブデータ推進協議会」という業界団体まで発足しました。

しかし、黎明期からオルタナティブデータの活用と普及に取り組んできた筆者らとしては、「オルタナティブデータの可能性と限界」については、いまだに正しく理解されているとは言えないのではないかと感じています。本書は、このオルタナティブデータに対する理解を広げ、その適切な活用の促進に貢献することを目的に編んだ入門書です。そのため、本書では煩雑な計算式は極力避け、官民の活用事例を豊富に盛り込むことで、必ずしもデータ分析の経験をお持ちでない方々にも「オルタナティブデータの可能性と限界」を実感していただける内容とすべく努めました。

本書は、主に次のような方々を読者として想定しています。

  1. オルタナティブデータを活用した経済分析に関心を寄せる大学生、大学院生の皆さま。

  2. 経済政策の立案・形成や経済統計作成を担当し、民間データの活用を模索している政策実務家の皆さま。

  3. 経済報道を担当し、新たな情報ソースとしてオルタナティブデータを活用している報道関係者の皆さま。

  4. 資産運用会社や証券会社等の金融機関で伝統的な財務・公的統計以外のデータを活用し、エッジの効いた分析を行おうと考えておられるアナリスト、ファンドマネージャー、エコノミストなどの皆さま。

  5. 位置情報や決済データ、POSデータなどを持ち、新たな事業としてオルタナティブデータ・ビジネスに関心をお持ちのビジネスパーソンの皆さま。

本書の特徴と構成

本書は民間実務家、官公庁、データホルダー、データ分析者など多様な立場で先駆的な役割を担ってきた方々の協力を得てまとめ上げたものです。従来からオルタナティブデータが盛んに活用されている英語圏では、最近になって網羅的な解説書が何冊か出版され始めています。しかし、本書のように多様なバックグラウンドを持つ執筆者たちが参加して、「オルタナティブデータの可能性と限界」について広範にわたって解説し、ディスカッションを展開している書籍は見られないのではないかと、筆者らは考えています。

本書は、大きく二つの部で構成されています。

第1部(第1~6章)は「オルタナティブデータ活用の新地平」と題し て、オルタナティブデータ活用の意義を民間金融機関、政策立案の現場、アカデミアなど、それぞれの視点から解説し、議論を交わしています。特に第2、3章では、オルタナティブデータが勇躍する最前線の現場の熱気を臨場感あふれる「生の声」でお伝えするために、それぞれ鼎談・対談という形式でビジネス、および政策立案の現場でのオルタナティブデータ活用のフロンティアを紹介することにしました。

第2部(第7~11章)は「オルタナティブデータの活かし方」と題して、民間実務家とアカデミアの立場から、オルタナティブデータ活用の分析事例を紹介するとともに、活用上の留意点についても詳しく解説しています。

ナウキャストの歴史と執筆のモチベーション

本書の発起人は、日本で経済学者としてオルタナティブデータを活用した学術研究に従事してきた渡辺努と、民間スタートアップの立場からオルタナティブデータ・ビジネスの実践と活用事例の開発に取り組んできた辻中仁士の二名です。

渡辺はこの分野が「オルタナティブデータ」として認知される以前から、このようなデータを活用して学術研究を行い、さまざまな成果を上げてきました。その端緒は、日本における長期デフレの解明を行うために、日本経済新聞社のPOSデータを活用してスタートさせた「東大日次物価指数(現:日経CPI Now)」プロジェクトです。このプロジェクトは、公的統計では月次発表、1カ月以上のタイムラグを有する消費者物価の動向を、2日のタイムラグで毎日配信しようという世界初の取り組みであり、2013年5月に配信を開始しました。当時は日本銀行によるインフレ目標政策の導入(13年1月)や、インフレ目標を前提とした金融政策運営という外部環境もあいまって、東大日次物価指数は高い関心を集めるに至りました。これを事業化するために15年2月に創業したのが、東京大学発のスタートアップである「株式会社ナウキャスト」です。当時、日銀で金融政策の企画部署に在籍し、東大日次物価指数プロジェクトに強い関心を持っていた辻中は発足直後のナウキャストに参画し、現在はその代表を務めています。

こうした経緯もあり、ナウキャストはまさに日本におけるオルタナティブデータ業界の課題に取り組み、可能性を切り拓いてきた歴史を持っていると自負しています。とはいえ、この歴史は決して薔薇色のものではありませんでした。「タイムリーな分析に価値があることはわかるが、お金がかかるなら見送りたい」「経済学部発のベンチャー企業なんてうまくいくのか?」といった厳しい声をいただいたことも、一度や二度ではありません。創業当初は売上が思うほど伸びず、一部メンバーの離脱も経験しました。また、十分な計画がないまま多角的な挑戦に取り組んだことで社内のリソースが分散し、顧客の期待に応えられる水準のデータや分析を提供できないこともありました。

しかし2019年以降、オルタナティブデータが市場で認知されるようになり、社内にもPOSデータ、クレジットカードデータ、携帯電話の位置情報といった多様なデータを使った実用的な分析ノウハウが蓄積されてきました。また、20年に突如世界中を襲った新型コロナショックの中で、経済の「今」を知ることへの需要がかつてないほど高まっています。それを受けて、オルタナティブデータの市場は大きく拡大し、ナウキャストの事業も急速に成長しています。そうした事業成長の貢献もあって、21年12月22日には、ナウキャストの親会社である株式会社Finatextホールディングスが、東証マザーズに上場を果たすに至りました。もちろんさらなる発展を目指していますが、現時点でもオルタナティブデータがビジネスとして十分成立すること、そして経済学の知見が実務に役に立つということを示せたのではないかと考えています。

本書の企画は、こうした渡辺・辻中の試行錯誤の経験を少しでも社会に還元したいという想いからスタートしました。

謝辞

本書は雑誌『経済セミナー』に2020年8・9月号から21年6・7月号にわたって連載された「オルタナティブデータで捉える経済」に掲載した原稿を加筆・修正したうえで、新たな書下ろしと、鼎談・対談に基づく章を加え、まとめ上げたものです。

本書を生み出す過程では、多くの方々にお世話になりました。本書にご寄稿いただいた皆さま、鼎談・対談にご参加いただいた皆さまはもちろん、ナウキャストのデータを活用してくださっているユーザーの皆さまやデータホルダーの皆さまからのご指導があってはじめて成り立った書籍だと考えています。ここですべての方々のお名前を挙げることはかないませんが、この場をお借りして皆さまにお礼を申し上げたいと思います。

最後に、経済セミナー編集部の尾崎大輔さんには、大部にわたる本書の草稿に目を通していただき、いつも適切なアドバイスとフィードバックをいただきました。専門も所属もばらばらの編著者・執筆者をうまくマネジメントしつつ、遅れがちな進行を忍耐強くサポートしていただいた尾崎さんには特に記して感謝を申し上げます。

2022年1月

株式会社ナウキャスト創業者・技術顧問
東京大学大学院経済学研究科教授
渡辺 努

株式会社ナウキャスト代表取締役CEO
辻中 仁士

目次

  • 第1部 オルタナティブデータ活用の新地平
    • 第1章 「オルタナティブデータ」とは何か?【辻中仁士】
    • 第2章 データ・ビジネスの最前線【辻中仁士・久保寺晋也・水門善之】
    • 第3章 政策現場におけるオルタナティブデータの可能性【亀田制作・渡辺努】
    • 第4章 オルタナティブデータを用いた経済活動分析【水門善之】
    • 第5章 オルタナティブデータ活用に向けた政府の取り組み【宇野雄哉】
    • 第6章 オルタナティブデータと政府統計のこれから【渡辺努】
  • 第2部 オルタナティブデータの活かし方
    • 第7章 オルタナティブデータが捉える現象とその使い方【今井聡】
    • 第8章 新型コロナウイルス感染症は消費行動に何をもたらしたか?【ナウキャスト データ解析 今井班】
    • 第9章 スマホ位置情報で捉える行動変容のカギ【渡辺努】
    • 第10章 クレジットカードデータで捉えるオンライン消費の動向【渡辺努・大森悠貴】
    • 第11章 From To指数を用いた人流に関わる消費動向分析【大森悠貴・梅木聖也】

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