『京大の入試問題で深める高校物理—『はじめて学ぶ物理学』演習篇』(著:吉田弘幸)

一冊散策| 2022.01.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

2019 年に刊行した『はじめて学ぶ物理学』では,高校物理を体系的に理解する道筋を提示しました.高校物理は,基本的には理論物理学です.それは具体的な現象に適用して,その現象を説明することに意義があります.大学入試では,そのような作業が要求されます.そして,良質の入試問題による演習は,理論をより深く理解するために重要です.

上の文章は,前著『東大の入試問題で学ぶ高校物理』の「はじめに」の冒頭部分です.京都大学の入試問題の演習を通して,高校物理で扱う理論の理解をさらに深めることが本書の目的です.京都大学の入試問題には,東京大学の入試問題と比べると,内容が応用的であったり,発展的なテーマを題材にしていたり,高校生や受験生には見たこともない現象が登場します.しかし,問題文をていねいに読みながら解いていけば,答を出すのは意外に難しくないことに気づくでしょう.ところが,解き終わったあとに疑問が残ると思います.その疑問を反芻することにより高校物理の理解を深めることができます.

また,高校物理の一歩先まで視野を広げることも可能です.『東大の入試問題で学ぶ高校物理』の読者の方にも楽しんでいただける内容です.

本書は「力学現象」,「熱学現象」,「波動現象」,「電磁気現象」,「微視的世界の現象」の 5 部構成になっています.順番に読んでいただいても,各部ごとに読んでいただいても,楽しむことができます.問題 (講) ごとにランダムに読んでも独立に理解できますが,各部ごとを講の順序通りに学習すれば,各分野の基礎理論の復習ができるように配列しています.各講のはじめに,その講の問題を解決するために必要な基礎理論の要点を基本の確認として示しています.より詳細に学びたい方は『はじめて学ぶ物理学』を参照してください.対応する箇所を示してあります.

基本の確認のあとに,その講で扱う問題[解答]があります.はじめに問題を読んでから基本の確認に戻ってもよいでしょう.では,試験場で議論すべき必要十分な内容を示してあります.[解答]には,試験の答案として記述すべき内容を整理してあります.では,補足的な説明や,問題の背景となる発展的な内容についての紹介などを示しました.解き終わったあとに残る疑問の解消に役立つと思います.

京都大学の問題は,穴埋め形式の長文になっています.そのため,問題設定を理解するのが少し難しいかもしれません.実際の試験ではないので,問題文は時間を気にせずにていねいに読んでください.問題文から,想定されている状況を精確に把握することも物理の学習です.

理解を深める,ということは教科書に書かれていない知識や手法を習得することではなく,基礎的な内容の理解を盤石に固め,使いこなせるようにすることを意味します.基礎が十分に身についていることが,応用の前提となります.そして,基礎理論を曖昧さなく習得できていれば,応用的な問題も基本的な問題と同じように解決できます.本書が,皆さんの高校物理に対する理解を,そのようなレベルまで導くものと確信しています.

あとがき

高校物理の理解は深まったでしょうか.

京都大学の入試問題は,問題文が相当の長文になっていて,また,扱う題材が応用的・発展的なものが多いため,難解に感じられます.しかし,実際に解いてみれば,高校物理で学ぶ理論と手法を用いてスムーズに解答できることが体験できたと思います.

京都大学の物理の入試問題は,基本的に穴埋め形式になっています.問題文を読み,出題者の意図に沿った思考を積み上げていけば解答を得られるようになっています. 2004 年度からは「問」の形式で論述型の設問も出題されるようになりましたが,これも,問題の流れに乗れば容易に解決できます.2002 年度にも,後期試験の 1 題のみ全体が穴埋め形式ではなく論述型の出題になっていました.1989 年度 $\sim$ 2006 年度の間は入学試験が前期と後期に分割されていました.物理の問題は,試験時間,出題形式,分量,難易度などで前期と後期の試験問題に特段の差はありませんでした.

京都大学の問題は,具体的な現象を,しかも,現実に近い形で扱います.現実の自然現象は複数の要素が絡み合って生じており,設定が複雑になります.そのため,大学入試の題材として取り上げるためには,ていねいに状況を説明する必要があり,問題文が長文になります.京都大学の入試問題を目の前にすると,受験生にとっては未知の現象と,問題文の長さに圧倒されてしまうかもしれません.しかし,物理の知識や手法としては,高校物理の範囲内で対応できるように問題は作られています.問題文をていねいに読み進めていき,物理現象として分析すべき対象を把握し,適用すべき法則を的確に判断すれば,迷うことなく結論を得ることができます.本書での問題演習をやり遂げた方は,高校物理の理解を深めることができ,また,受験生に要求される思考力の訓練にもなったでしょう.

東京大学の入試問題は基礎的なものが多く,また,テーマも多岐にわたるため,高校物理の全範囲を網羅的に学ぶ問題集の作成が可能でした.それが前著『東大の入試問題で学ぶ高校物理』です.一方,京都大学の問題は,ほとんどが応用的・発展的なものとなっていて,また,類似のテーマが頻繁に扱われています.そのため,京都大学の問題だけで高校物理の全範囲を網羅することは難しいのですが,高校物理の理解を深めるためには最適な教材となります.問題で触れている発展的な内容に興味をもたれた方は,是非,専門書にもチャレンジしてください.

前著『東大の入試問題で学ぶ高校物理』に引き続き,今回も亀書房の亀井哲治郎氏が編集を担当してくださいました.本書のレイアウトを調整し,図版を作成してくださったのは亀井氏の奥様である亀井英子氏です.表紙のデザインは銀山宏子氏にお願いしました.この 3 名の皆様には『はじめて学ぶ物理学』以来ずっとお世話になっております.

最後に,高校生や受験生にとって学習効果に優れた教材となり,物理への好奇心を刺激する良質の問題を作成してくださった京都大学の先生方にも敬意を表しお礼を申し上げます.

2021 年 11 月 15 日

吉田弘幸

目次

  • 第1部 力学現象
    • 第1講 運動方程式【1998年度後期第1問】
    • 第2講 抵抗力のモデル【2018年度第1問】
    • 第3講 エレベータ内で観測する運動【2003年度第1問】
    • 第4講 荷物の転倒【2009年度第1問】
    • 第5講 斜面上の小球の運動【2000年度第1問】
    • 第6講 つり合いの安定・不安定【1997年度後期第1問】
    • 第7講 台車から観測する振動運動【1998年度第1問】
    • 第8講 振り子の運動【1992年度後期第1問】
    • 第9講 人工衛星の運動【2019年度第1問】
    • 第10講 抵抗力を受ける人工衛星【2008年度第1問】
  • 第2部 熱学現象
    • 第11講 平均自由行程【1998年度後期第3問】
    • 第12講 拡大する容器内の気体【2020年度第3問】
    • 第13講 圧力の高度勾配【2018年度第3問】
    • 第14講 回転するシリンダー内の気体【1999年度後期第3問】
    • 第15講 1次元気体の断熱変化【1995年度第1問】
    • 第16講 ひも状物体の熱力学【2007年度第3問】
  • 第3部 波動現象
    • 第17講 風がある場合の音の屈折【1999年度第3問】
    • 第18講 位相速度と群速度【2009年度第3問】
    • 第19講 共鳴【2010年度第3問】
    • 第20講 仮想音源の生成【2000年度後期第3問】
    • 第21講 相対性理論【2012年度第3問】
    • 第22講 薄膜による光の分岐【2019年度第3問】
    • 第23講 回折格子【1997年度第3問】
    • 第24講 星からの光の干渉【2003年度後期第2問】
  • 第4部 電磁気現象
    • 第25講 自由電子の集団運動【1993年度後期第2問】
    • 第26講 面積が可変な平行板コンデンサー【2004年度後期第2問】
    • 第27講 コンデンサーの極板間引力【2013年度第2問】
    • 第28講 ダイオードを含む回路【1995年度第2問】
    • 第29講 電気容量と電気抵抗の複合素子【2014年度第2問】
    • 第30講 様々な加速器【2009年度第2問】
    • 第31講 ベータ・トロン【2019年度第2問】
    • 第32講 振動回路【2020年度第2問】
    • 第33講 斜面を滑り降りる導体棒【1997年度後期第2問】
    • 第34講 交流【1998年度後期第2問】
  • 第5部 極ミクロな世界の現象
    • 第35講 金属の内部電位【2000年度後期第2問】
    • 第36講 光の圧力【1993年度第3問】
    • 第37講 電子波のプリズム干渉【1991年度後期第2問】
    • 第38講 水素様イオンのエネルギー準位【1992年度後期第2問】
    • 第39講 水素原子が発する光のドップラー効果【2015年度第3問】
    • 第40講 原子核反応【1997年度後期第3問】

書誌情報など

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