『児童養護施設で暮らすということ:子どもたちと紡ぐ物語』(著:楢原真也)

一冊散策| 2021.12.27
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

まえがき

本書は、私がこれまでに出会ってきた児童養護施設で暮らす子どもたちとのささやかなエピソードを中心に、そこで感じたことや考えたことを綴ったものです。

社会のなかには虐待や家庭内の不和などのさまざまな理由によって、家族と離れて暮らす子どもたちが存在します。児童養護施設はそうした子どもたちが職員と共に生活している場所です。近年少しずつ関心が寄せられるようになってきましたが、そこで暮らす子どもたちへの理解はまだ不十分なものにとどまっているように感じています。

私が初めて児童養護施設のことを知ったのは、大学生のときでした。偶然に出会ったひとりの児童指導員が、子どもたちとの生活を生き生きと語る姿に強く興味を惹かれました。それまで私は児童養護施設という場所をくわしく知らず、「昔は〝孤児院〟って呼ばれていたところだよ」という言葉にようやくぼんやりとしたイメージが浮かんだぐらいでした。話を聴くうちに、子どもたちの過酷な背景に衝撃を受けました。自分がどれだけ無知だったのかを思い知らされたのです。

私は大学院で臨床心理学を学びました。卒業後、同期の多くが心理職として病院や学校に職を得るなか、私は地方のある児童養護施設の児童指導員として入職しました。施設がどんなところなのか、その暮らしを実感したかったのです。そして、できれば心理職としてではなく児童指導員として子どもの身近に居たいと思いました。その後働く場所や立場は少しずつ変わりながら、私は今も児童養護施設の職員として働いています。私は自分が施設職員であることに誇りをもっています。

施設職員は、子どもたちの一番近くで苦楽を共にし、彼らの成長を見届けることができるやりがいのある仕事です。つつがなく生活を送り、衣食住を心地よく提供するための、知恵や工夫や配慮が求められる仕事です。「日常のなかの専門性」ともいわれるその専門性は、人の成長や回復を支える基底にあるものです。目に見えにくく、すぐに実を結ぶわけではありません。毎日は地味だけれども大切な営みの繰り返しです。私はこの仕事を通して、あたりまえのことにどれだけ価値があるのかを理解することができました。

本書で描かれるのは、児童養護施設のことを何も知らなかった私が子どもたちに近づきたい、わかりたいと苦闘する日々です。読者の方が、施設の子どもたちの暮らしやその傍らに沿う職員のあり方について理解を深め、子どもたちにそっと手をさしのべるきっかけに本書がなれば幸いです。

なお、本書に登場する事例は、個人情報に配慮し改変しています。

目次

まえがき

Ⅰ 施設で暮らす子どもたち

1 初めての児童養護施設
2 物語の力
3 大人はわかってくれない
解説① 児童養護施設ってどんなところ?
4 夜空ノムコウ
5 暇との戦い
6 小さな“奇跡”
解説② 児童養護施設で働く職員

Ⅱ 傷つきと痛みに寄り添う

7 “あたりまえの生活”をめぐって
8 喪失の痛み
9 生きることと生き残ること
解説③ 子どもと家族
10 謝罪と赦し
11 子どもの傷つきと職員の慄きと
12 子どものこころに近づくために
解説➃ 子どもへの理解を深める

Ⅲ 児童養護施設の現在と未来

13 遊ぶこと、楽しむこと
14 体験のアレンジャー(手配者)として
15 人として、専門家として子どもに出会う
解説⑤ ソーシャルペダゴジーとチャイルドアンドユースケア
16 施設内虐待という現実
17 ハロー、ブカレスト
18 FICEとイスラエルの社会的養育
解説⑥ 今後の社会的養護と児童養護施設のあり方

Ⅳ 児童養護施設で働くこと

19 施設職員の専門性とは
20 記録を残す者と残される者
21 生活と心理のあいだ
解説⑦ 児童養護施設の心理職
22 臨床や研究に臨んで誠実であること
23 ラン、ケアワーカーズ、ラン
24 施設職員が退職をするとき
解説⑧ 子どもたちの教育の保障と自立に向けて

あとがき
引用文献

書籍情報