(第1回)はじめに

地球惑星科学の地平を求めて(半揚稔雄)| 2022.05.12
お馴染だと思っているはずの地球や宇宙も,自然科学の目で見ると実に多様な顔を見せてくれます.この連載では,地球を中心とした様々な対象や現象について,最近の知見をもとに改めて解説します.

(毎月中旬更新予定)

“天気予報” や “気象情報” といった用語は普段から耳にする言葉であって説明の余地はなかろうと思うが,“宇宙天気予報” という言葉を耳にされたことはおありだろうか? これについては,少々解説を加えておく必要がありそうである.

一般に,地球周辺の宇宙環境は真空の静まりかえった空虚な空間が広がっているように考えられがちだが,実は目には見えないが,つねに荒々しく変動している空間なのである.ご存知のように地球には磁場があり,それに吹きつけるように太陽からの高エネルギー粒子,つまり陽子と電子の混合気体であるプラズマが押し寄せている状況下にあるというのが,まさに真の姿なのである.その結果,地球磁場は遠く月の公転軌道よりもさらに遠方へ押し流されているといった光景が観られることになる (図1).

図1 太陽風にあおられる地球磁気圏.

1970 年代当時,東京大学宇宙航空研究所 (現・JAXA 宇宙科学研究所) で磁気圏の構造を研究されていた大林辰蔵教授 (故人) は,“かぐや姫はこの磁気圏の吹き流しを伝って月へ渡った” と述べておられたほどで,これは冗談としても,地球周辺の宇宙空間が激しく変動しているということがお分かりいただけるのではなかろうか.

こうした変動はすべて太陽活動に起因するもので,太陽の日々の活動変化を記録して今後の活動を予測するとともに,太陽に異変が生じた場合に地上での被害を最小限に食い止めるための早期警戒情報を発出するのが “宇宙天気予報” の役割なのである.

極域に発生するオーロラは,太陽から押し寄せる強力なプラズマ流 ―― “太陽風” と呼ぶ ―― が地球磁気圏を圧縮することで,その内部のプラズマ・シートと呼ばれる領域にたまったプラズマを磁力線に沿って大気中へ押し出すことで発生するが,この発生予測と同時にその地上の電子機器へおよぼす影響などが予見されて,関係機関へ早期警戒警報を発するという仕組みが構築されている.

例えば,1986 年 2 月 8 日の朝,カナダ・アルバータ州で,カナダ鉄道史上最大の列車同士の正面衝突事故が発生し,多くの死傷者を発生させた原因は太陽の活発な活動にあることが分かっている.

太陽面で発生したフレアと呼ぶ爆発現象により生じた高エネルギーのプラズマ流が地球を直撃して地球磁気圏を強く圧縮し,磁気圏内に蓄積していたプラズマの粒子を地球大気中へ深く侵入させて電離層に大電流を流すとともに,これに伴う誘導電流が地上の電子機器に流れて障害を引き起し,これが原因となって列車の運行システムに支障を来たして大事故を誘発することにつながったのである.

現在,太陽と地球を結ぶ直線上,地球からおおよそ 150 万 km の地点にあるラグランジュ点 L1 と呼ばれる太陽と地球の引力が均衡する力学的平衡点の近傍を廻るハロー軌道 (図2) 上に ACE (エース) と呼ばれる太陽観測機が置かれており,24 時間 365 日の観測体制が敷かれている.

図2 ハロー軌道.

このように,太陽面で発生した強い爆発に伴う太陽風が 1 $\sim$ 2 日後には地球へ到達して通信障害や大規模な停電などを引き起こし,人間の社会生活に大きな被害をもたらす原因となっているが,これを事前に防ぐとともに,そうした事象への対策を講じるための情報提供の役割も担っている.

この連載では,こうした太陽地球間宇宙環境に関する話題から始めて,人類にとって最も身近な恒星である太陽についての理解を深めたのち,太陽系の惑星や準惑星,さらに小天体である小惑星や隕石といった天体の形成と進化をたどりながら,最近続々と発見されている太陽系以外の恒星の惑星系,いわゆる “系外惑星” の研究成果も踏まえつつ,生命発生の環境条件とは如何なるものなのか? といったことに迫って行きたいと考えている.

太陽系宇宙だけを見渡してもその可能性のある惑星はいまだ見当たらないものの,しかしその衛星などにはその可能性があるといった報告もあり,現在はそれら候補に挙がっている天体に対する探査機による直接観測が検討されている状況下にある.そうしたミッション (筆者の専門分野) に関しても解説できたらと考えている.

それでは,次回から本格的始動ということで,宇宙天気予報のきっかけとなった “太陽風” にまつわる話から始めることにしよう.
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半揚稔雄(はんようとしお) 1947 年,福岡県に生まれる.その後,北海道札幌市にて子供時代を過ごす.小学校 4 年の 10 月に,ソヴィエト連邦 (現在のロシア) が「世界初の人工衛星スプートニク 1 号を打ち上げた」とのニュースに接して,宇宙に興味を覚える.以来,宇宙飛行に関心を寄せ,物理学で理学士となるも,これが高じて防衛大学校,東京大学宇宙航空研究所(現・JAXA宇宙科学研究所)などで一貫して宇宙飛翔力学の研究に携わる.この間に,東京大学から工学博士の学位を授かる.現在,成蹊大学非常勤講師.

著書:『ミッション解析と軌道設計の基礎』(現代数学社,2014 年),『惑星探査機の軌道計算入門 ―― 宇宙飛翔力学への誘い』(日本評論社,2017 年),『入門連続体の力学』(同,2017 年) ,『つかえる特殊関数入門』(同,2018 年) など.