(第1回)連載のはじめに

法格言の散歩道(吉原達也)| 2021.10.19
「わしの見るところでは、諺に本当でないものはないようだな。サンチョ。というのもいずれもあらゆる学問の母ともいうべき、経験から出た格言だからである」(セルバンテス『ドン・キホーテ』前篇第21章、会田由訳)。
機知とアイロニーに富んだ騎士と従者の対話は、諺、格言、警句の類に満ちあふれています。短い言葉のなかに人びとが育んできた深遠な真理が宿っているのではないでしょうか。法律の世界でも、ローマ法以来、多くの諺や格言が生まれ、それぞれの時代、社会で語り継がれてきました。いまに生きる法格言を、じっくり紐解いてみませんか。

(毎月上旬更新予定)

2018年9月から長くWeb日本評論に連載された柴田光蔵先生の「悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ」の連載が2021年5月に第29回(第0回を入れると30回)が完結した。このたび、編集部の方から法に関する格言や諺を素材にした新しい連載についてお声をかけていただいた。柴田先生の連載は、第0回にも記されているように、「法学セミナー」1984年5月号別冊付録として世に出された、『法格言ミニ辞典 法学入門への一つの試み』の再録であったが、読み返してみても、40年近くの時を経ても今なお色あせていない内容にあらためて驚きを感じる。その後も『ことわざの知恵・法の知恵』(1987)、『ことわざの法律学-現代日本の実相分析』(1997)をはじめ、多くの著書を通じて、愛読者も多いとうかがっている。汲めども尽きぬ宝庫のような先生のあとで、果たしてどのようなことができるのか、はなはだ心許ないのだが、これまでそうであったように、先生との対話を続けながら法格言の世界を案内できたらと思っている。

ここで、柴田先生との出会いについて少し触れることをお許しいただきたい。先生の「ローマ法」講義をお聴きしたのは学部2回生のときである。当時のノートには、そローマ刑事裁判制度を中心に、古代の法廷弁論術、キケロの法廷弁論などのことが記されている。その中に茶色に変色したB4版のプリントが一枚挟まれていた。開いてみると、それはNulla poena sine lege.(「法律なくして刑罰なし」)、Ius honorarium est viva vox iuris civilis. (「名誉法は市民法の生きた声である」)など、今となっては懐かしいタイプ打ちされたラテン語法格言の一覧表であった。通年講義の最終回に配布されたもので、講義の中で詳しく扱われたわけではなかった。この未知なる言語で記された法格言がどのような意味をもつのだろうか、関心をいだいてしまったことがすべての始まりだったのかもしれない。図書館で『法学セミナー』の連載を閲覧したのが、「柴田ワールド」の一端に触れた最初であった。この連載が今につながる先生の法格言論の原型となっている。

悪しき隣人

柴田先生の連載のタイトルにもなっている「悪しき隣人」はもちろん「よき法律家は悪しき隣人」という法諺に由来する。この人口に膾炙する諺については、先生の連載の第6回ですでに詳しく語られているし、さまざまな方々がその意味するところは何かについて論じておられる。法学部の新入生や卒業生に、法的な知識を振りかざして、人情や社会常識をかえりみない行動をとるような法律家になってはいけないなどと語るときに便利なトポスでもある。連載にあたって、まずこの諺について少し考えみたい。繰り返しになることもあろうかと思うが、何とぞご寛恕を乞いたい。

この諺はもちろん英語のA good lawyer is a bad neibor(あるいはan evil neibor)の日本語訳として定着してきたものである。穂積陳重『法窓夜話』(1980; 原本は1916)を紐解いてみると、「法諺」という項目の後半には、各国のさまざまな「法の俚諺」が英日対訳で列挙されており、この諺も弁護士という項目の中で、定型通り「善き法律家は悪しき隣人なり。」というかたちで登場する。この書は「法律史上の逸話、珍談、古代法の奇妙な規則、慣習、法律家の逸事、大岡捌きのようないわゆるアネクドーツの類い」が収められて、読み直すたびに新しい発見があるように感じる。

もう一つ『故事俗信ことわざ大辞典』を引いてみると、「良き法律家は悪しき隣人である」の項目で、「すぐれた法律家は、何でもすぐ法律に訴えるので、隣人としては付き合いづらいものである。」とされており、日本語の諺としてはこのような意味遣いが一般的に定着しているのかと思われるが、諺の類いを言葉で説明することの難しさをあらためて感じるところである。よく言われるのは、「よき法律家」は的確ではなく、むしろ「法律に明るい人」という意味がふさわしいというのである。最近の英和辞典の多くはこうした訳例が主流のようである。少し古い齊藤秀三郎『熟語本位英和中辞典』(新増補版、1962)ではlawyerの項目の訳例として「法律に通ずる人」とある。ただそうなると諺の面白さが半減してしまいそうである。生半可な法律知識を振り回されることは何ごとにも迷惑千万なことであるが、法律に明るい人はその人柄によって心服できるようよき法律家であってほしいものである。

悪しきキリスト教徒

この諺に関連した話題をもう少し拾ってみると、この諺は、「法律家は悪しきキリスト教徒」(Juristen, böse Christen)というドイツ語法諺と関係があると言われることがある。これは石田喜久夫先生の蘊蓄の書『法律嫌いの人のための法学入門』(1999)でも指摘されていることである。ルネサンスや宗教改革でキリスト教の権威が落ちて、世俗の権力が台頭してきたころ、法律家が「カエサルのものはカエサルに」と唱えて世俗権力を擁護し、教皇の権威をないがしろにしたので、教会側から「法律家は悪しきキリスト教徒」と言われたことが始まりだとされている。この2つの諺は法律家批判という点ではたしかに重なり合うようにも思われるのだが、法諺として必ずしも形が一致しないのが少々気になるのではあるが。

一方で「法律家は悪しきキリスト教徒」という法諺を広めたのは反対に教会を批判したマルティン・ルターだといわれることもある。希代のロマニスト武藤智雄先生は「法律家は悪しきキリスト教徒」に関するR・シュティンツィングの研究(1877)を踏まえながら、ルネサンスから宗教改革の時代の変遷を描かれた(「《Juristen böse Christen》のあとさき」阪大法学15号・1955)。これによれば、ルター、メランヒトンの説を引証しながら、古い教会から見れば、当代の法学者は悪しきキリスト教徒であったが、それは彼らが教会という権威から離脱したからであり、他方でルターらの偉大な革新派から見てもまた法学者はそうだったのであり、それは教会法典にしがみついたからだとされる。「法律家は悪しきキリスト教徒」が、カトリック教会側からも、プロテスタント側からも共通の言説として用いられていることが注目される。こうした議論の前提には明確な法律家のイメージが共有されているように思われる。

ドイツ語のJuristenはもちろん「法律家」でよいのであるが、一口に「法律家」といっても、使われる文脈によってさまざまなニュアンスがある。ハスキンズ『12世紀ルネサンス』(1927)は、中世初頭イタリア・ボローニャにおけるローマ法学の復興とそれに伴う大学の誕生を描いている。そのことを契機にしていわゆる「学識法」なるものが成立し、法の担い手としての新しい「法律家身分」の成立がその後のヨーロッパにおける法世界を方向を決定づけたとされるのである。フランスのルジャンドルの「中世解釈者革命」論も、12~13世紀の教皇権と教会法学者のもとにおけるローマ法の受容とローマ=カノン法をめぐる学問的言説の展開という観点からこの問題を捉えている。中世において、ローマ法学、教会法学の解釈学のエキスパートが成立し、一定の社会層としての法律家身分が作り出されたというのである。

「法律家」批判

『ドイツ法制史辞典』を見てみると、「Juristen, böse Christen」の項目(Herberger, HRG II, 1978)に、1300年頃フーゴ・フォン・トリンベルク(Trimberg)の教訓詩「走者Renner」の中に原型となる一節が登場するという。そこではよき「Juristen」と悪しき「Judisten」が対置され、「悪しきJudistenは悪しきキリスト教徒kristen」とあったものが、時を経て、JudistenがJuristenに変わって、今に伝わるようなかたちになったということである。グリム『ドイツ語大辞典』では、Judistという語の典拠としてトリンベルクの当該箇所が挙げられていて、JudistはJuristとユダJudasとユダヤ人Judeと関係づけた言葉あそびで、「高利貸し」とか「悪徳商人」のことを指していたらしい。どこかシェイクスピアの『ヴェニスの商人』を彷彿とさせるようなことであるが、もしこのような由来があるとすれば、この法諺は宗教改革の時代以前から長く流布していた言葉ということになろうか。

最近の翻訳が出されたマリアン・フュッセル教授の「法律家は悪しきキリスト教徒?」(前田星・田口正樹訳、北大法学論集70巻3号、2015)は、「近世の専門家批判としての法律家批判」という副題にも示されるように、近世において一般庶民が法律家に対してどのような批判的なイメージをいだいていたか、図像学的手法を用いたきわめて示唆的な研究であり、この法諺をめぐる新しい地平を示してくれる。「よき法律家は悪しき隣人」にせよ「法律家は悪しきキリスト教徒」にせよ、こうした法諺類は、いつの時代でも法律家批判のトポスとして人びとの実像を映し出す重要な手がかりを与えてくれる。

この連載をすべて見る


吉原達也(よしはら・たつや)
1951年生まれ。広島大学名誉教授、日本大学特任教授。専門は法制史・ローマ法。