『6つの物語でたどるビッグバンから地球外生命までの画像』(編:マシュー・マルカン,ベンジャミン・ザッカーマン,訳:岡村定矩)

一冊散策| 2021.10.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

1995 年 3 月、私たちはカリフォルニア大学ロサンゼルス校で「宇宙の起源と進化」をテーマにしたシンポジウムを開催しました。このシンポジウムには、この大学の学生、教員、研究者のみならず関心のある一般の人々など、多様なロサンゼルス市民が会場にあふれるほど集まりました。その後、講演者たちはシンポジウムでの発表内容を拡充し、入念な準備をしてその内容を 1996 年に『宇宙の起源と進化 (初版)』として出版しました。

この初版のテーマは、現在でも新鮮でいままで以上に刺激的です。しかし私たちはこのたび、以下に述べるような止むに止まれぬ理由により、初版を徹底的に改訂して第二版を作ることにしました。

天文学の発見と進歩は、私たちのもっとも楽観的な予想をも上回る驚異的な速さで展開されてきました。驚くべきことに、宇宙の膨張は減速ではなく加速していることが今ではわかっています。しかし 1996 年当時それは知られていませんでした。超新星を用いて宇宙の距離を十分な精度で測ることができていなかったからです。ブラックホール同士および中性子星同士の合体による重力波の画期的な検出が LIGO (レーザー干渉計重力波天文台) によって実現されるのは、まだ 20 年も先のことでした。そして太陽系外惑星、とくに地球に似た惑星の存在はまったく知られていませんでした。このように、天文学を取り巻く事情は当時とは一変しました。

各章の著者は 1996 年の時点ですでに、それぞれの分野で著名な研究者でした。この 20 年のあいだに彼らのキャリアは進歩し続けました。今日では、それぞれの専門分野で誰もが認めるリーダーとして活躍しています。また、専門分野以外の人々に科学を伝える熟練した科学コミュニケーターとしても人気があり、天文学の主要な最新成果を広く社会に伝えるのにまさに理想的な著者たちです。

また 1996 年以降、これら科学の大きなテーマは、科学者ではない人たちにとっても間違いなく一層重要になっています。本書の各章で紹介されているように、科学研究に必要な資金はかつてないほど巨額になり、その実現のためには公的資金による支援が従来にもまして必要です。

第 1 章、第 2 章および第 4 章では、欧州宇宙機関 (ESA) のプランク衛星による科学的成果を紹介しています。アメリカ航空宇宙局 (NASA) のケプラー衛星による新しい太陽系外惑星の発見は第 6 章で説明されています。また、ハッブル宇宙望遠鏡 (HST) やチリ北部にある巨大な電波望遠鏡アレイであるアルマ望遠鏡 (ALMA) など、多国間の共同研究からもたらされた新たな科学的発見については第 2 章と第 5 章で説明されています。2021 年に打ち上げが予定されているジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 (第 2 章参照) でも同様に、公的資金によって天文学の進歩が期待されています。

より広い観点から、この第 2 版の読者に一つお伝えしたいことがあります。全宇宙の中で生命の住む天体は、今のところ地球だけしか知られていません。私たち人類は、その準備ができているかどうかにかかわらず、地球を守る大きな責任を受け継いでいるのです。

1996 年と同様に今日でも、多くの人が宇宙の進化のクライマックスは生命、とくに「知的な」生命と見なしています。その見方が十分なものかどうかはわかっていません。「知性」は「技術」を可能にしますが、それ以上のものであるべきです。私たちは真の「知性」を持っているのでしょうか、それとも「技術」を使えるだけなのでしょうか。

知性を持っているにもかかわらず、私たちは自分自身が最大の敵であるかのように見えることがよくあります。私たちがお互い同士そして地球環境とうまくつきあって平和に暮らす能力を養う速度をしばしば超えて、技術が急激に進歩しています。私たちの知性を”余すところなく”活用することができれば、未来への最善の希望が生まれます。人類という私たちの種は、現在よりもっと賢くならなければいけませんし、もっと賢く”ふるまわなければなりません”。

唯一無二の貴重な惑星である私たちの地球を守り続けるためにはさまざまな課題があります。これらの課題を解決できるか否かは、人類の真の知性に課されたもっとも厳しい「試験」です。もし私たちがこの「試験」に合格することができれば、本書で提起され探求されている未来の根源的な疑問にも答えることができるでしょう。

マシュー・マルカン + ベンジャミン・ザッカーマン

カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA)

訳者まえがき

本書は、”Origin and Evolution of the Universe-From Big Bang to Exobiology” Second edition (「宇宙の起源と進化‒ ビッグバンから宇宙生物学まで」第 2 版) の日本語版です。原書は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で、ビッグバンから地球外生命までを 6 名の講演者がわかりやすく聴衆に語りかけた 1995 年のシンポジウムに端を発しています。大好評だったその内容は翌年書籍として出版されました。その後天文学は、関わる研究者の予想すら超える速度で大発展しました。宇宙の加速膨張の発見、重力波の検出、さらにはブラックホールシャドウの撮影まで 20 年以上にわたる天文学の新たな成果を余すところなく取り入れて、初版を大改訂した第 2 版が 2020 年に刊行されました。その日本語版が本書です。

原書の編集者と著者 (講演者) はシンポジウム当時から各分野で世界的に著名な研究者でしたが、いまでは世界で誰もが認めるリーダーです。このような背景から、原書では書籍としての体裁の統一よりも著者の個性が重要視されています。各著者がそれぞれ一つの章を担当しています。文章のスタイル (語り口)、ユーモアのセンス、織り込まれるたとえ話、さらには文献の引用方法にまで著者の個性が強く出ています。このため各章はあたかも著者が語る一つの物語のようです。

本書は、現代天文学の到達点を一般の人向けに解説する数少ない本なので、できるだけ多くの人々に読んでいただきたいと思いました。そこで、訳出にあたって原著にはない二つの工夫をしました。まず、天文学の基礎知識や背景となる情報が十分でなくてもすっと頭に入るように訳注をつけました (偶数ページの左側、奇数ページの右側にあるのがそれです。本文の右肩についた 1-1 などに対応しています)。読みやすくなるようにと思って付け始めた訳注ですが、結果的には予想をはるかに超えた数になりました。すでにご存じのところは読み飛ばしてください。

もう一つ、もともと原著にあった「用語集」を大幅に刷新しました。記述を拡張したことに加え、新たな項目も相当数追加して、本書の用語集だけで天文学の簡単な用語辞典の役割も果たせるようにしました (巻末に五十音順で並んでいますので、ご覧ください。本文では太字になっている用語です)。また、著者毎の流儀で引用されていた参考文献は巻末に各章毎にまとめ、その通し番号を [1]、[2] などとして本文中に示すようにしました。

本書の訳出は私にとっても天文学の素晴らしさを改めて認識させてくれる楽しい作業でした。専門でないところでは、自分の理解が皮相的であったり、また間違っていたりするのを発見することも多く、大変勉強になりました。

本文の訳出に当たって、第 1 章では高エネルギー加速器研究機構教授の松原隆彦氏に、第 6 章では東京大学名誉教授の神谷 律氏に有益な示唆をいただきました。また、東京大学特別教授の村山斉氏 (カブリ数物連携宇宙研究機構初代機構長) からは、全体を読んで推薦のことばをいただきました。編者の一人マシュー・マルカン氏は、訳者から 6 名の著者への質問や確認事項などの諸連絡を適切に仲介してくれました。また日本評論社の佐藤大器氏は、多数の訳注のある本書を読みやすいデザインの素晴らしい本に仕上げていただくなど、訳出の最初から本書が日の目を見るまでさまざまな点でお世話になりました。この場を借りて皆様に厚くお礼を申し上げます。

2021 年 9 月 コロナ禍の中で

岡村定矩

目次

  • 第1章 宇宙の起源(エドワード・L・ライト)
    • はじめに
    • 宇宙の膨張
    • 宇宙背景放射
    • 軽元素の存在比
    • 宇宙の地平線
    • 音響スケール
    • 現代の研究
    • 結論
  • 第2章 銀河の起源とその進化(アラン・ドレスラー)
    • はじめに
    • 銀河とは何か
    • 銀河の形態
    • 銀河を構成する星の年齢
    • 銀河の形態の起源を目撃する
    • 銀河と巨大ブラックホール
    • 銀河はどのように生まれたのか—基礎過程
    • 銀河の星生成史
    • 銀河進化の研究の最前線
  • 第3章 元素の起源とその進化(バージニア・トリンブル)
    • はじめに
    • 歴史的な概観
    • ビッグバン元素合成
    • 星の中での元素合成
    • 完結にむけたいくつかの補足
    • 銀河の化学進化
    • 簡単なモデルとG型矮星問題
    • ハビタブル惑星と将来
  • 第4章 星の爆発と中性子星およびブラックホール(アレクセイ・フィリペンコ)
    • はじめに
    • 星の爆発—天空の花火
    • 超新星の見つけ方
    • 超新星の分類
    • 超新星1987A—天からの贈り物
    • 理論の検証
    • ガンマ線バースト
    • 宇宙膨張の歴史を描き出す
    • 中性子星
    • ブラックホール
    • 結論
  • 第5章 恒星と惑星の起源(フレッド・アダムス)
    • はじめに
    • 分子雲中での星形成
    • 分子雲—星の誕生の場
    • 星周円盤と前主系列星
    • 惑星の形成
    • まとめと議論
  • 第6章 宇宙における生命の起源と進化(クリストファー・P・マッケイ)
    • はじめに
    • 地球上の生命
    • 地球外生命の探査
    • 太陽系外惑星
    • 宇宙における複雑な生命体と技術
    • 生命体だ,ジム,だが未知のものだ

書誌情報など

関連サイトなど