『事例研究行政法 第4版』(編著:曽和俊文・野呂充・北村和生)

一冊散策| 2021.09.30
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

第4版 はしがき

新型コロナウィルス感染拡大を受けて編集作業も遅れがちであったが、このたびようやく、『事例研究 行政法(第4版)』を公刊することができた。初版(2008年)発行以来、多くの読者に支えられ、おかげで、第2版(2011年)、第3版(2016年)と順調に版を重ねることができた。読者には改めてお礼を申し上げたい。

読者からの要望に応え、また、第3版を教材にした授業の経験なども踏まえて、第4版では、以下のような更なる改善を盛り込んでいる。

第1に、「第1部 行政法の基本課題」を拡充し、「第3部 総合問題」を廃止することにした。第1部は、比較的シンプルな問題を素材にして基本的な論点についての理解を確かめることを目的としている。第3版では8問を収めていたが、第4版ではこれに新作問題を5問追加して、全部で13問となっている。これにより、第1部の問題を概観するだけで行政法の基本的論点についての理解がひととおり進むことだろう。第3版の「総合問題」の一部は今回、解説を加えて第2部に収めることにした。

第2に、「第2部 行政の主要領域」に収録する問題の約半数を新作問題に入れ替えた(第3版にあった8問を削除し今回新たに8問の新作問題を加えた)。第2部に収められた全17問は、行政の主要領域における典型的な現代的紛争を素材としたものである。これら第2部の問題を検討することで、行政事件訴訟法や行政手続法に関する一般的知識の応用力を養成でき、さらに、個別法の解釈すなわち個別行政制度の運用のあり方についての理解も進むであろう。

第3に、第1部・第2部の両方に言えることであるが、第3版にあった問題を第4版で残す場合でも、解説の妥当性や表現の仕方などについて、編者会議で検討を加えて改良を図っている。そして、細かなことではあるが、問題の比重に関する出題者の意図を明確にするために、すべての問題について設問ごとの配点を加えることにした。

第4に、本書の特徴である「コラム」や「ミニ講義」もすべて編集会議等で検討・見直しを行った。例えば、「ミニ講義5」として新たに「給付法律の読み方」を追加し、「ミニ講義4 規制法律の読み方」とともに第2部に置いた。これらは、生活保護法や水質汚濁防止法の条文構造を丁寧に説明することで個別法解釈の方法に慣れてもらうことを目的としている。また、従来から「コラム」として一歩進んだ論点の解説や学生が陥りがちな誤りなどについて解説してきたが、内容を再吟味するともに、「ワンポイント解説:訴訟要件と本案勝訴要件」を復活させるなど一層の充実を図った。

第5に、第3版第1部にあった「ウォーミングアップ」は廃止し、それに代わる新しい試みとして、本書で取り上げた全問題についての「論点表」を巻末付録として作成してみた。「論点表」では、各問題で検討対象となっている個別法の種類や訴訟形式などを示すとともに、各問題で取り上げられている行政法学上の主要な論点を示している。本書は最初から順番に解いていってもらうことを予定しているが、読者の理解度や関心に応じて、適当に自分で選んだ問題から読んでもらうことも可能である。「論点表」はその選択の際の資料として役立つであろう。

以上のように、第4版では、形式的にも内容的にもかなり大きな変更を加え、バージョンアップを心がけた。

第4版の編集作業に取りかかったのは2019年2月。各執筆者から新規問題の候補をあげてもらい、大まかな編集方針と執筆分担などを決めた。さらに新規問題だけでなく、改訂問題についても事前に原稿の提出をして頂くことにした。各執筆者から提出された原稿は、その後3度の執筆者会議における全体的な討論を経て修正・改善が加えられ、さらにその後の編者会議での指摘などを踏まえて完成稿となっていった。このように新規問題だけでなくすべての原稿について執筆者全員の議論を経てきているのが『事例研究 行政法』の初版以来の伝統である。その結果、本書による問題選択と解説は現段階で望みうる最高のものとなっていると信じている。

なお、第4版のためのTMも用意したので、本書を授業で教材として採用して頂いた先生方は、日本評論社HPの「お問い合わせ先」にお名前とご所属を明記してご連絡頂きたい。

末尾であるが、日本評論社編集部の田中早苗さんにもお礼を申し上げたい。田中さんはすべての原稿に目を通し、読者の目線から率直な質問・意見を述べ、田中さんの提案を受けて修正された箇所も枚挙にいとまがない。本書が、読者にとって平易かつ明快な解説になりえているとしたら、それは編集者としての田中さんの功績に負うところが大である。ここに改めて田中さんに感謝を申し上げる次第である。

2021年7月
編 者

初版 はしがき

現代社会では、経済規制行政やまちづくり行政や社会保障行政などさまざまな行政活動が行われている。そして、これらの行政活動のあり方に関して、国・公共団体と国民・住民との間で法的紛争(以下では「行政紛争」という)が生じる場合も少なくない。本書は、さまざまな行政領域での具体的な行政紛争事例を素材として、行政法学上の諸問題を分析・検討したものである。はじめに、本書のねらいや特徴などについて簡単に説明しておきたい。

1.事例研究の意義
具体的な行政紛争事例では、行政法の一般理論の理解の他に、個別法の解釈が求められる。例えばマンション建設に対する周辺住民の反対運動が法的紛争となる場合には、当該地域が都市計画法上いかなる地域であるのか、建築基準法上の規制が正しく適用されているのか否かなどを確認する必要があり、都市計画法や建築基準法の基本構造や主要条文の解釈が求められる。ラブホテルの建設に対して条例でいかなる規制ができるかを考えようとすれば、風営法や旅館業法の規制の仕組みに対する理解が求められる。最近話題になった食品の安全性についてきちんと理解しようとすれば食品衛生法に対する理解が必要である。このように、現実の行政活動は都市計画法や建築基準法や風営法や食品衛生法などの個別法律に基づいて行われているから、行政活動の法的統制もこれら個別法の解釈を抜きにして考えることはできない。

行政法についての知識を得るためにはまず行政法の教科書を読むことが求められる。しかしながら、行政法の教科書は、個別行政領域の差異を超えて一般的に妥当する法理について説明するものであるから、抽象度が高く、初学者にとって理解しにくいものである。また、教科書にまとめられた行政法の一般的な法理を理解しただけでは、具体的な行政紛争事例を的確に分析するのがむずかしい。行政紛争事例の解決のためには個別行政制度の分析が不可避であるからである。

本書は、具体的な行政紛争事例を素材として、行政法学上の諸問題を分析・検討したものである。具体的な事例に含まれている個別行政制度について詳しく解説すると同時に、教科書等にまとめられた行政法の一般的な法理が実際にどのように適用されるのかについても検討している。本書によって、行政法の一般理論に対する理解が一段と深まるであろうし、具体的な紛争事例に即して、種々の行政制度の仕組みについての理解も得られるはずである。行政法の基本的な知識を一通り修得した者が、さらに行政法の応用力を身に付けるために、本書は最適の教材となることだろう。

2.法科大学院での実践
本書の執筆者はいずれも法科大学院で行政法の授業を担当している教員である。司法制度改革の一環として法科大学院が設立され、行政法が新司法試験の必修科目となったために、行政法研究者の多くが法科大学院教育にも携わることとなった。ところが旧司法試験で行政法が試験科目でなかったこともあって、学生の多くは行政法の基本的な知識も少なく、また、行政法に対して苦手意識をもつ学生も少なくなかった。いかにして学生に行政法の基本知識と考え方を伝えるべきか、法科大学院教員としての試行錯誤が続いている。

過去2回の新司法試験ではかなりむずかしい事例問題が出題されたこともあって、学生の間からは、事例問題演習の要望が寄せられることがたびたびであった。たしかに、現実に法曹となって活躍するためには、具体的な行政紛争の解決力が求められているから、法科大学院において事例問題を素材として行政法を教えることは必要なことである。そこで、各法科大学院では、期末試験などにおいて、行政法の事例問題を出題し、それらを解説するなかで学生たちの行政法についての実力アップを図ろうとしてきた。本書で取り上げられた事例問題のほとんどは、実際に、執筆者が所属する法科大学院での期末試験等で出題・採点・解説された問題である。

本書の解説では、個別行政制度の解説や行政法の一般理論の説明の他に、学生が見落としがちな論点や学生が陥りがちな代表的な誤りについて、解説やコラムで特別にとりあげている。学生の疑問は必ずしも学生の勉強不足からだけ生じているわけではない。学生の疑問に謙虚に耳を傾けることによって、これまでの行政法教育の不十分な点、あるいは、これまでの行政法理論の弱点を反省するきっかけとなることもある。本書では、解釈と裁量の区別、裁量基準と個別的審査義務との関係、申請と届出の区別、処分性の判断の仕方、裁量の司法審査基準など、学生が疑問をもつこれらの論点について可能な限り突っ込んだていねいな解説を心がけている。こうした努力によって、本書は、法科大学院で行政法教育を担当している教員にとってもいくらかは示唆するところがある内容となっているのではないかと自負している。

このように、本書は法科大学院での教育実践と学生との対話のなかで生み出されたといえるのであって、この点が本書の大きな特徴である。

3.本書の構成と活用方法
本書は3部で構成されている。第1部(行政法の基本課題)では、行政法の基本原理、行政過程、行政争訟、国家補償のそれぞれに関わる基本的な問題を10題とりあげ、行政法の基本的な知識の復習もできるように配列し、解説している。第2部(行政の主要領域)では、情報公開行政、まちづくり行政、給付行政、人事行政、公物管理行政、環境保護行政などの行政領域における紛争を12題とりあげ、それぞれの行政制度を説明すると同時に、行政法の応用的な論点についても解説している。第1部と第2部の各問題の末尾には関連問題も掲載している。第3部(総合問題)では、新司法試験の問題形式に近い形で、行政法の総合的な力を試すような問題を9題配置している。

以上のように、本書には、関連問題を含めると50問以上の事例問題が収められている。一応、第1部の問題から順番に解いてもらえば良いと考えているが、各問題はそれぞれ独立しているので、読者の実力や関心に応じて、適宜、取捨選択し、順不同で解いてもらっても差し支えはない。

なお、関連問題(第1部・第2部)と総合問題(第3部)については、ティーチャーズマニュアル(TM、問題の解説をCD-ROMに収めたもの)を作成している。本書を授業で教材として採用して頂いた先生にはTMを提供するので、日本評論社HPの「お問合せ先」宛にお名前とご所属を明記してご連絡頂きたい。

事例問題には、参照すべき関連条文や参考資料を【資料】として付けている。【資料】を参照しながら問題文を熟読し、当事者になったつもりで事例を分析し、一体何が問題なのかを把握することが重要である。すぐに解説を見ずにまずは自分の頭でしっかりと考え、考えたことを文章で表現してほしい。

解説では、出題の意図、解答として書くべき論点、代表的な誤りなどを説明している。また、読者の便宜のために、解説で取り上げた主要判例については、『行政判例百選ⅠⅡ(第5版)』(百選ⅠⅡ)および『ケースブック行政法(第3版)』(CB)との対照もしている。現在の通説や判例理論を踏まえて、できるだけ標準的な解説をするように心がけたけれども、本書が取り上げている問題の中には、重要だがまだ十分に解明されていない論点もいくつか含まれており、そのような場合には、執筆者会議での議論を踏まえて最終的には各担当者の責任で執筆した。さらに、先に述べたように、解説の随所にコラムを設けて、ワンポイント解説や学生の陥りがちな誤りの指摘等を行っている。多数のコラムは本書の特色の一つである。

なお、解説には解答例は付けていないが、問題の意味をつかみ、解説をきちんと理解できれば、自ずから答案を書くことができるであろう。法科大学院で教えていると、「答案の書き方」を求める学生が多いことに驚く。万人に共通の「答案」を丸暗記するような勉強方法を求めているとしたら問題である。手っ取り早い「答案の書き方」などは存在しない。自分がわかったことを他人にも通じるようにわかりやすく書けばよいだけである。「答案の書き方」がわからないという学生は、実は、問題そのものがわかっていないことが多い。

本書の第1部にはミニ講義として、「規制法律の読み方」(ミニ講義1)、「裁判所による行政処分の適法性審査方法」(ミニ講義2)、「処分性要件の役割とその判断の方法」(ミニ講義3)について、やや長く解説している。いずれも、教科書などでは十分に述べられていないけれども現実に事例問題を分析するうえで不可欠な論点である。内容はやや高度であるが、何度も熟読していただくことで、行政法に関する応用力が一段とアップすることを期待して作成したものである。ミニ講義は本書のチャームポイントでもあるので、ぜひ、目を通していただきたい。

4.本書作成の経緯
本書が企画されたのは2007年1月である。それから1年5カ月という比較的短期間に本書をまとめることができたのは、何よりもその背景に、4年間にわたる各法科大学院での教育実践があったからである。法科大学院で教えていると、学生から、事例問題演習のテキストが欲しいと訴えられることが再三であった。しかし、学生の学習進度にも対応し、かつ、興味深い論点を含み、学習効果の高い事例問題を作成することはなかなか容易ではない。学生の要望に対して、当初は「そんな本があればいいね」と軽く受け流していたのであるが、ついに断り切れなくなって何人かの行政法教員に相談してみたところ、どの教員も同じような思いでいることがわかったのである。そこで、これまで各法科大学院で出題してきた期末試験問題を集めれば何とか形になるかもしれないということになり、関西5大学の法科大学院教員が集まり、企画を練り、何度も会議を行って、議論を重ねて、ようやく完成したのが本書である。

本書は、各法科大学院で実際に出題された問題を素材としているが、単に問題と解説を集めただけではなく、出題時と比べても相当のバージョンアップを遂げている。本書作成の過程では、問題の内容・形式はこれでよいのか、解説はこれで間違いはないのか、読者の立場から見てわかりやすい叙述になっているのかなどについて、執筆者全員で会議を開き、何度も議論を重ねてきている。さらに編者2名と編者補助2名で構成された編集委員会でも、全体の統一性を図る見地から必要な調整を加えている。このように本書は、最終的な執筆者分担は別に記した通りであるが、実質的には執筆者全体による集団的討議を経た共同著作といえるものである。

本書の内容については何度も執筆者相互での検討の機会をもったので、誤りがないことを願っているが、なお、思いがけない見落としや誤解があるかもしれない。また、本書における解説はできるだけ標準的な見解に即して行うように努力したけれども、なお、至らない点があるかもしれない。読者のご意見やご指摘を受けて改善してゆきたいと考えているので、お気づきの点はご指摘いただきたいと思う(ご意見をメールで頂ける場合には、tanaka@nippyo.co.jpまでお願いします)。

最後に、本書は、いわゆる事例問題集であるが、単なる受験対策本ではない。具体的な事例問題を素材として、行政法の問題を教科書レベルよりも一歩深く分析・研究することを意図している。したがって本書は、法科大学院の学生が新司法試験に対応する力を養成するために役立つことを目的としているが、それ以外にも、行政実務を実際に担当している公務員や行政訴訟を担当する弁護士にとっても有益なものであろうことを確信している。本書で検討されている問題には、今後の行政法学で深めてゆくべき論点も含まれている。あとは、本書が広く受け入れられることで、国民・住民の立場から行政活動をコントロールする法理がさらに発展することを期待している。

本書をまとめることができたのは、何よりも、本書の企画に賛同され、充実した原稿を寄せていただいた各執筆者のおかげである。編者として各執筆者に改めてお礼を申し上げたい。また、野呂充教授と北村和生教授には編者補助として編集委員会に加わっていただき、すべての原稿について編者以上に細かなチェックをしていただいた。ここに記してお礼を申し上げたい。末尾ながら、日本評論社の田中早苗さんにもお礼を申し上げたい。田中さんには、本書の企画から内容の細部に至るまで、実に細かな配慮をしていただいた。書物を公刊するうえでの編集担当者の役割の大きさを改めて実感している。

2008年5月
編 者

ためし読み

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目次

第1部 行政法の基本課題
1 行政過程
〔問題1〕予備校設置認可をめぐる紛争
〔問題2〕特商法の業務停止処分をめぐる紛争
〔問題3〕地方公務員の懲戒処分をめぐる紛争
2 行政争訟
〔問題4〕ラブホテル建築規制条例をめぐる紛争
ミニ講義1 処分性要件の役割とその判断の方法
〔問題5〕住民票の記載をめぐる紛争
ミニ講義2 取消訴訟の原告適格
〔問題6〕開発許可をめぐる紛争
〔問題7〕砂利採取計画の認可をめぐる紛争
〔問題8〕食品の回収命令をめぐる紛争
〔問題9〕太陽光発電設備の設置をめぐる紛争
〔問題10〕廃棄物処理施設の規制をめぐる紛争
ミニ講義3 行政裁量と司法審査の方法
3 国家補償
〔問題11〕飲食店における食中毒をめぐる紛争
〔問題12〕学校での事故・生徒間トラブルをめぐる紛争
〔問題13〕指定ごみ袋の規格変更をめぐる紛争
第2部 行政の主要領域
1 情報公開
〔問題1〕土地買収価格の公開をめぐる紛争
2 まちづくり行政
〔問題2〕耐震偽装マンションをめぐる紛争
〔問題3〕公共施設管理者の不同意をめぐる紛争
〔問題4〕道路位置指定の廃止をめぐる紛争
3 営業規制
ミニ講義4 規制法律の読み方  271
〔問題5〕条例によるパチンコ店の規制をめぐる紛争
〔問題6〕フェリー運航の事業停止命令をめぐる紛争
〔問題7〕タクシーの運賃変更命令をめぐる紛争
〔問題8〕不当表示をめぐる紛争
〔問題9〕と畜場の使用をめぐる紛争
4 社会保障行政
ミニ講義5 給付法律の読み方
〔問題10〕生活保護をめぐる紛争
5 公物・公共施設の管理
〔問題11〕林道使用の不許可をめぐる紛争
〔問題12〕河川占用許可をめぐる紛争
6 環境・衛生行政
〔問題13〕廃棄物収集有料化条例をめぐる紛争
〔問題14〕温泉掘削許可をめぐる紛争
〔問題15〕保安林指定解除をめぐる紛争
7 出入国管理行政
〔問題16〕入管法に基づく退去強制をめぐる紛争
8 財務行政
〔問題17〕議員の海外研修費支出をめぐる紛争

書誌情報など