オリンピックと法の支配(上柳敏郎)

法律時評(法律時報)| 2021.07.29
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」93巻9号(2021年8月号)に掲載されているものです。◆

1 オリンピックにおける決定者は誰か

オリンピックは、大会を一度開催すると決めたら、中止することはできないのだろうか。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京大会という)の開催都市契約【PDF】上は、国際オリンピック委員会(IOC)だけが中止を決めることができる。明示されている解約条項は、IOCの解除権だけであり(66項)、解除事由は、開催都市や開催国オリンピック委員会(NOC)、大会組織委員会(OCOG)という開催国側が契約不履行をした場合のほかは、「戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、またはIOCがその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合」だけである。

つまり、東京大会は、IOCと東京都及び日本オリンピック委員会(JOC)とを当事者として締結される契約によって開催されるところ(大会組織委員会はこの契約によって設立される)、解除権は一方当事者であるIOCだけにあり、不可抗力事由は限定されており、一般条項的な解除事由の存在の判断はIOCの裁量による。最終的には、開催都市契約の準拠法はスイス法で、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の専属管轄が合意されている(87項)ので、CASが判断することになる。開催国側が感染症事態が不可抗力事由に含まれると主張しても、対等当事者間で締結された契約であり契約文言どおり不可抗力事由には該当せずIOCの裁量が尊重されそうである。このような条項がいやなら、契約締結時に交渉すればよい、あるいは都民が都に契約をさせなければよかったとして、開催国側内部のガバナンスの問題とされそうである。なお、CASはIOCによって創立され、その国際理事会(ICAS)の現在の理事長は、東京大会のIOC調整委員長を務めるジョン・コーツ豪州弁護士であるが、裁判所と称するものの法的には仲裁機関であり、その仲裁人はIOC等から独立して職責を務める。

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