(第35回)新型コロナ危機と労働法(松井博昭)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2021.07.12
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

土田道夫「新型コロナ危機と労働法・雇用社会(1)(2)」

法曹時報73巻5号1頁・73巻6号1頁

新型コロナ危機は、言うまでもなく、世界中の人々の環境に影響を与え続けている1)。日本で働く人々の働き方も新型コロナ危機により大きな変革を強いられているが、その中で生起する法律問題は容易に回答し難いものも多く、労働問題について相談を受けた際、苦心しながら対応する事案が多かった。

土田道夫「新型コロナ危機と労働法・雇用社会(1)」(法曹時報73巻5号1頁)は、新型コロナ危機において問題となり得る労働法上の論点を幅広く取り上げた上、厚生労働省のガイドラインや裁判例、実務家の書籍にも触れつつ解説しており、また、単に現状の整理、紹介に留まらず著者の見解を明らかにしたものも多く、文字通り「実務に役立つ研究論文」となっている2)。例えば、本稿は、実務上問題になることが多い、新型コロナ危機下における出社命令の有効性、出社勤務時のマスク着用・検温指示の可否、PCR検査の受診命令、退勤後の飲み会の自粛命令の可否、使用者によるテレワーク命令権の有無、テレワーク時に発生し得る論点等について、以下のように解説している。

まず、新型コロナ危機下における出社命令の有効性について、本稿は、(a)感染状況が収束していない中で、(b)会社が何ら感染対策(マスク配布・アルコール消毒・時差出勤・3密回避対策・安全衛生委員会等の活用・危機手当の支給等)を講じないまま漫然と出社を命じ、しかも、(c)テレワークが可能な業務であるようなケースでは、出社命令が指揮命令権濫用ともなり得るとする見解を紹介し、その反面、使用者が上記(b)の感染対策を講じたにもかかわらず、従業員が出社命令を拒否した場合では、出社に代えてテレワークに従事した場合を含めて労働義務違反に該当するとし、懲戒処分も可能となると解説している。

また、出社勤務時のマスク着用指示、検温指示の可否について、本稿は、勤務中の感染防止にとってマスク着用は必須であることから、労働義務・誠実義務の一内容として可能であるとし、(着用困難な事情もなく)マスク着用を拒否する従業員に対しては、マスク着用指示や、これに続く自宅待機命令、懲戒処分が可能であるとする。その反面、医的侵襲を伴うPCR検査の受診命令や、私生活への過度な勧奨となる飲み会・カラオケの一律禁止命令については困難であるとする。

新型コロナ危機を受けてのテレワーク勤務を命ずる権利(テレワーク命令権)の有無、限界について、本稿は、①就業規則上の根拠規定に基づくテレワーク命令権を肯定しつつ、労働者に仕事上・家庭生活上の不利益を及ぼす場合に権利濫用の規制(労働契約法3条5項)を認める見解、②テレワーク条項に基づくテレワーク命令権を肯定しつつ、労働者から在宅勤務が困難である旨の申出があった場合は、その支障の解消・緩和に向けた検討を行う配慮義務を負い、配慮義務を怠った場合はテレワーク命令権の根拠が否定されると説く見解、③使用者のテレワーク命令権自体を否定し、テレワーク勤務を実施するためには労働者のその都度の個別的合意を得る必要があるとする見解が、それぞれ対立すると紹介する。その上で、本稿は、①説に立った上、使用者が合理的なテレワーク勤務規程(就業規則)を整備することを求め、かつ、実際のテレワーク命令について権利濫用を判断することで労使間の利益調整を実現するべきであるとする(なお、上記に加え、緊急事態宣言等の緊急時のテレワークの一時的実施については、出張と同様、労働契約の予定する範囲内の労働義務として可能とする)。

また、本稿は、テレワーク勤務時に、Webカメラを通して見聞できる従業員のプライベートな空間(服装、生活の様子、従業員・家族の生活音)や、従業員の業務環境等に対して、否定的・威圧的・性的な嫌がらせ言動を行うことを「テレワーク・ハラスメント」(テレハラ)と定義し、テレハラがパワー・ハラスメントに該当し、不法行為となり得ることを紹介しており、さらに、テレワークと関連して発生し得る論点として、使用者による過度なモニタリング、テレワークに伴う従業員の秘密保持義務や情報セキュリティについて取り上げている。

このように、本稿及びその続稿である「新型コロナ危機と労働法・雇用社会(2)」(法曹時報73巻6号1頁)は、新型コロナ危機における人事労務上の問題を多岐にわたり解説しており、上記に触れた以外にも、テレワーク終了時の出社命令、従業員からのテレワーク請求権、休業と賃金・休業手当、解雇・退職勧奨・ワークシェアリング出向、ジョブ型雇用、副業・兼業、非正規労働者の均衡待遇、フリーランス等についても詳細に論じている。これらの論点の中には、裁判所の判断や厚生労働省の見解が、現時点では不明なものも多く含まれているが、高名な労働法学者である著者が、実務家が苦慮している点を先行して解説した先進的な内容になっており、人事労務、労働法を取り扱う者であれば、実務上、参照する価値が高い内容となっている。

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脚注   [ + ]

1. 各国の新型コロナ対策については、大林啓吾編『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)に詳しい。例えば、香港のコロナ対策については拙稿「香港-柔軟かつ迅速な施策」参照。
2. なお、本稿が先行研究として紹介する水町勇一郎「コロナ危機と労働法」中央労働時報1264号16頁、野田進「コロナ禍に試される労働契約法」季刊労働法271号2頁、和田肇編『コロナ禍に立ち向かう働き方と法』(日本評論社、2021年)を含めて、新型コロナ危機と労働法の関係については、第一線の学者による論稿が数多く存在する。

松井博昭(まつい・ひろあき)
AI-EI法律事務所 パートナー 弁護士(日本・NY州)。信州大学特任准教授、日本労働法学会員、日中法律家交流協会理事。早稲田大学、ペンシルベニア大学ロースクール 卒業。
『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(中央経済社、2019年)、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社、2017年)の編著者、『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)、『企業労働法実務相談』(商事法務、2019年)、『働き方改革とこれからの時代の労働法』(商事法務、2018年)の共著者を担当。