菊井維大=村松俊夫原著『コンメンタール民事訴訟法1[第3版]』(著:秋山幹男・伊藤眞・垣内秀介・加藤新太郎・高田裕成・福田剛久・山本和彦)

一冊散策| 2021.06.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

【初版】はしがき

民事訴訟手続の適正な運用にとって肝要なことは何か。第1は、いうまでもなく、法および規則に則って手続の運用がなされることである。しかし、法や規則に具現化された規範は、立法者が立法の時点での認識を踏まえて、手続の運用にとってあるべき規律を普遍的な概念によって表現したものである。立法者が気づいていた問題であっても、普遍的概念に集約することが適さないために、規範としては明文化されないものもある。また、立法の当時予測されなかった問題が後に顕在化することもある。そこで第2に、これらの問題について、法や規則の趣旨や基本原則を踏まえて、適切な解決を示すことが必要であり、これがいわゆる解釈論と呼ばれる。第3に、実務の適正な運用にとって基準となる準則の中には、法や規則の解釈として規範化できないものも多い。この種の基準は、しばしば運用指針などと呼ばれるが、その重要性は、第1および第2のものに劣るところはない。

民事訴訟手続に関する書物を大別すれば、体系書、注釈書、研究書および実用書の4類型に分けられる。この中で、研究書と実用書は自ずからそれらの目的が明らかであるから、ここであえて触れるまでもない。体系書の役割は、民事訴訟手続の規律に関する基本原理を明らかにし、個別的規律や概念を体系的に位置づけること、さらにそれを踏まえて、規律や概念に関する解釈問題について解決のあり方を指し示すことである。これに対して注釈書の役割は、法や規則の条文、すなわち個別的規範に即して、その意義を明らかにして、関連する解釈問題についての解決を示し、加えて、実務の運用指針についても、そのあるべき形を提示することにある。規範の解釈を行う点では、体系書と注釈書の役割は重なり合うところがあるが、前者は、体系から下降して解釈論を展開することに比重を置くのに対して、後者は、個別的規範の解釈に比重を置き、必要な場合に体系に言及することが特徴である。また、実務の運用指針については、注釈書の独壇場といってよい。

実務の運用にとっては、体系書も注釈書もともに欠くことができないものであるが、不断に具体的問題に遭遇し、迅速な決断を迫られる実務家にとって、優れた注釈書が特に座右の書として意識されるのは、ごく自然な成り行きである。本書が、旧編初版以来、50年近くにわたって「菊井・村松」と愛称され、多くの裁判官、裁判所書記官、弁護士などから「実務運用のバイブル」として支持されてきたことも、こうした理由にもとづくものと思われる。また、平成10年1月1日より現行民事訴訟法および民事訴訟規則が施行され、現在は、その下での実務がようやく揺籃期から成長期に入ったことを考えれば、本書に期待される役割はますます大きいものと自覚している。

実務家に愛用される注釈書の条件としては、いくつかのものが考えられる。第1は、その叙述が簡明で凝縮されていることである。もちろん、判例および学説の詳細を網羅し、汗牛充棟の趣を呈する大型注釈書には、独自の役割があるが、やはり実務家が机上に置き、執務の必要に応じて参照するには、小型または中型注釈書に勝るものはない。母法国ドイツにおいても、大型注釈書たるシュタイン=ヨナス・コンメンタールと並んで、中型注釈書たるバウムバッハ・コンメンタールが愛用されているのは、こうした理由によるものと考えられる。とはいえ、判例および学説の発展の影響によって、旧編に比較すると、本書の叙述量も相当程度増加せざるを得なかった。さすがに小型ということにはためらいを覚えるが、中型注釈書としての紙数にとどまっているといっても、読者のお許しをいただけよう。

第2の条件は、問題の指摘およびその解決の内容について均衡がとれていることである。民事訴訟手続上生起する問題について最終的判断の責務を負うのは、裁判官であるが、同一の問題であっても、当事者代理人たる弁護士からみれば、別の解決が望ましいと考えられる場合もあり、また、裁判官が意識しない事項が弁護士にとっては大きな問題である場合もある。さらに、実務家による解決が体系や基本原則の視点から正当化されるものかどうかを理論家が検証する必要がある。注釈書の執筆が、裁判官、弁護士および学者の共同作業としてなされることが望ましいのは、こうした理由による。

本書は、旧編以来の伝統を引き継ぎ、裁判官である加藤と福田、弁護士である秋山、学者である伊藤、高田と山本の6名の共同作業として執筆されたものである。それぞれの規定に関する草稿こそ各自が執筆したが、多数回にわたる編集会議において相互に指摘と批判を繰り返し、均衡のとれた叙述の内容を確定する作業を行っている。執筆分担を明示せず、各執筆者が本書全体の叙述について責任を負う形をとったのは、そのためである。

旧編の執筆者を代表して、田尾桃二先生から改訂作業のお話をいただいたのち、最初の編集会議をもったのは、平成9年12月のことであった。それから第1巻刊行まで約4年の年月を要したのは、このような作業のためである。その長期間の作業が成果として実ったかどうかは、読者諸賢の御判断に委ねる以外にない。御叱正をいただき、さらに将来の改訂の糧を乞う次第である。

最後になるが、注釈書の編集という困難な作業に全力を尽くしていただいた日本評論社編集部の方々、特に古立正芳、茨木理恵子の両氏に対して心から感謝申し上げる。

平成14年1月吉日

秋山 幹男
伊藤  眞
加藤新太郎
高田 裕成
福田 剛久
山本 和彦

【第3版】第3版刊行にあたって

本巻初版を平成14年(2002年)、第2版を同17年(2006年)、同追補版を同26年(2014年)に刊行して以来、7年の歳月が流れる中、元号も革【あらた】まり、令和の3年目に入っている。改訂の歩みは遅々たるものであるが、この間、第Ⅵ巻(2014年)、第Ⅶ巻(2016年)、第Ⅲ巻〔第2版〕(2018年)、第Ⅳ巻〔第2版〕(2019年)を上梓していることに御理解いただき、読者諸賢の御海容を乞い、泉下の菊井維大先生、村松俊夫 両先生をはじめとする原著者の方々に報告申し上げたい。

実務の指針たるべき役割を担う注釈書には、法令の改廃、新判例、学説の動向などを適時に反映する改訂が望まれるが、それは易言【いうはやすく】、難行【おこなうはかたし】であり、本書のような大部の書物の場合には、執筆者と編集者が不断に荷を担う覚悟を求められる。本書の殿【しんがり】に位置する第Ⅶ巻はしがきには、原著はしがきに登場する「モッコ」の比喩を誌したが、今般も、2019年10月20日、2020年2月9日、同年6月7日の3回にわたり、担当部分の改訂原稿を持ち寄り、終日を費やし、内容はもちろん表現の細部に至るまで徹底した検討を行っている。ときあたかも、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の蔓延という未曾有の危機の中、オンライン会議の方式を併用しつつ作業を進められたのは、「菊井=村松」(初版1957年)の法灯を絶やしてはならないという執筆者全員の想いに加え、アリアドネの糸毬に比すべき室橋真利子さん(日本評論社編集部)の手助けによるものである。

関連する法改正や新判例を別として、本書の記述全体に影響を与える近時の出来事として、民事裁判のIT化がある。コロナ禍のため、より喫緊の課題として認識されるようになり、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会が「民事訴訟法(IT化関係)等の改正に関する中間試案」をとりまとめ、公表するに至った(法務省ウェブサイト)。その内容は多岐にわたり、狭義のIT化にとどまらず、審理を簡素化し、迅速な進行を予定する「新たな訴訟手続」を当事者が選択できるなどの提案を含み、立法が実現した暁には、本書の記述全体に影響を及ぼす可能性があるが、本巻との関係でも、申立て等の方式などについての記述を改めなければならない日も遠くないと思われる。

こうした課題に対応し、読者の信頼に応えようとすれば、最新の情報を咀嚼し、実務運用の中にどのように取り入れるべきかを検討するなど、執筆者として弛【たゆ】まぬ努力を続けるべきことはいうまでもないが、本書の生命を永続して維持するためには、新たな担い手が加わる必要があることも自明といえよう。第Ⅲ巻〔第2版〕より垣内が執筆者の一員となったが、今後も次世代の実務家と研究者の参画をえて、戦後まもなくの誕生以来六十年、さらに百年【ももとせ】を超えて注釈書に課された使命を果たさねばと誓っている。

Friedrich Wilhelm Nietzsche(ニーチェ)の辞【ことば】として伝えられる

Hindernisse und Schwierigkeiten sind Stufen, auf denen wir in die Ho【ウムラウト】he steigen.

艱難と試練、それは高みに上る階【きざはし】である(拙訳)との一節を胸に刻みつつ、御叱正を乞う。

令和3年3月吉日

秋山 幹男
伊藤  眞
垣内 秀介
加藤新太郎
高田 裕成
福田 剛久
山本 和彦

菊井維大・村松俊夫 原著
『コンメンタール民事訴訟法』の刊行に寄せて(田尾桃二)

菊井・村松コンメンタールの新民事訴訟法篇がこのたび刊行の運びとなったことは、旧篇に長くかかわってきた者としては、まことに嬉しいことである。新篇の執筆に当たられた伊藤眞教授、加藤新太郎判事その他の方々に心からお慶びを申し上げる。

旧篇は、日本評論社法律学体系コンメンタール篇の一つとして、菊井維大教授、村松俊夫判事により、1957年(昭和32年)に第Ⅰ巻が、1964年(昭和39年)に第Ⅱ巻が執筆され、刊行された。昭和40年代の初め頃から改訂作業に入った。第Ⅰ巻は、菊井・村松両先生ご指導のもと、井口牧郎、鈴木重信、田尾桃二、奈良次郎、井関浩、上谷清、小倉顕の各判事(修習の期の順による。以下同じ)が分担執筆して、1978年(昭和53年)に改訂を完了した。第Ⅱ巻は、第Ⅱ巻と第Ⅲ巻の2冊とすることとなり、1986年(昭和61年)に第Ⅲ巻が、田尾、井田友吉、奈良、上谷各判事らにより、改訂された。1987年(昭和62年)村松先生が亡くなられた。1989年(平成元年)に第Ⅱ巻が、田尾、奈良、上谷、小倉、渋川満各判事らにより改訂された。1991年(平成3年)菊井先生が亡くなられた。1993年(平成5年)に、田尾、奈良、上谷、渋川各判事らにより第Ⅰ巻が再改訂された。

改訂には各巻とも長い時間・年月がかかった。それは、各執筆者が提出した原稿を全員が一堂に会して検討、合議し、その結論にそって執筆者が書き直し、書き直したものを更に全員で検討するということを繰り返す入念な手順を踏んだからである。このような作業は苦痛の多いものであったが、合議を重ねていくうちに、多くの問題について、中庸をえた妥当な結論に達することができ、旧篇の内容を高めるのに役立った。なお、改訂には日本評論社の西澤信三氏の多大の尽力をえた。

菊井・村松コンメンタールは、もとよりさまざまな目的をもって作られたのであるが、私らが第一の眼目にしたのは、質の高い民事裁判を実現するため、民事訴訟に携わる人に良い手引書を提供することであった。そのため、過去、現在、近未来における実務上の諸問題を可能なかぎりとり上げ、問題発生の経緯や問題の内容や法理論との関係等を解説したり、問題への解答、あるいは解答への道筋を提供したり、ときには問題点だけを指摘したりした。そして、この解答等を提供するにあたっては、極力、実務においてとりやすいものになるよう心掛けた。高い所から、強く、遠くまでを照射するというよりも、手にした篝火で、足元の近いところを照らしながら少しずつ歩むことを目指したものといえよう。

また、わが国の民事訴訟の実務には、法律上の直接的な根拠がはっきりしない慣行や取扱いがかなりある。いわゆる「実務の知恵」といわれるものである。これらについて、なるべく多くとりあげ、その根拠を探ったり、その評価をしたりした。

このほか、旧篇は、読者が使いやすいように、文章を、柔らかく、易しく、かつ、本をハンディにするよう務めた。しかし、後者については、改訂の度に各巻とも膨れ上がってしまった。

旧篇は、ほとんどすべての法律実務家に愛用され、各裁判所にも、多くの弁護士、司法書士等の事務所にも備え付けられた。私達にとっては大変光栄なことであった。

昭和の終わる頃から平成にかけて、新様式判決書の採用とか計画審理実現への工夫等々民事訴訟実務改革の気運が急速に盛り上がり、また、民事訴訟法に関連する民事執行法、民事保全法が相次いで作られ、ついに、民事訴訟法を全面的に改正する新民事訴訟法や同規則が制定・施行されるにいたり、今や新法のもとで民事訴訟の実務は、大きく変わり、新しい姿をとろうとしている。

新民事訴訟法ができる前から、菊井・村松コンメンタールの新民事訴訟法篇の刊行を求める声はあちこちから聞こえていた。私達旧篇にかかわった者は、40年近い前、旧篇の改訂に取り組んだとき以来、この書は次々と新しい筆者で引継ぎ引継ぎしていつまでも永く活かし続けたいし、またそうすべきであると思ってきた。そして、今引継ぎの絶好の機会なので、司法、立法、学問の各界第一線におられる方々にバトンを受け取っていただいた。新執筆者は迅速に作業を進められ、21世紀の始めという記念すべき時に新篇は世に送り出された。これからも不断に、無限に発展、変遷し続ける実務に沿っていつまでも本書を改訂し続け、更にまた次の筆者に引継ぎ、篝火をともし続けていただきたい。アメリカのカードーゾ判事の次の一文を引用させていただく。

“We have been called to do our parts. Long after I am dead and gone, and my little part in it is forgotten, you will be here to do your share, and to carry the torch forward. I know that the flame will burn bright while the torch is in your keeping.”

――BENJAMIN.N.CARDOZO; THE NATURE OF THE JUDICIAL PROCESS, p. 181-2.

シリーズ全巻の構成

◆第Ⅰ巻〔第3版、2021年5月刊行〕
民事訴訟法概説
第1編/第1章~第3章《第1条~第60条》
◆第Ⅱ巻〔第3版、2021年刊行予定〕
第1編/第4章~第7章《第61条~第132条の10》
◆第Ⅲ巻〔第2版、2018年1月刊行〕
第2編/第1章~第3章《第133条~第178条》
◆第Ⅳ巻〔第2版、2019年3月刊行〕
第2編/第4章《第179条~第242条》
◆第Ⅴ巻〔2012年刊行〕※次々改訂予定
第2編/第5章~第8章《第243条~第280条》
◆第Ⅵ巻〔2014年刊行〕
第3編《第281条~第337条》
◆第Ⅶ巻〔2016年刊行〕【完】
第4編~第8編《第338条~第405条》
総索引

目次

民事訴訟法概説

第1編 総 則(前注)

第1章 通 則(前注・第1条~第3条)

第2章 裁判所(前注)
第1節 日本の裁判所の管轄権(前注・第3条の2~第3条の12)
第2節 管 轄(前注・第4条~第22条)
第3節 裁判所職員の除斥及び忌避(前注・第23条~第27条)

第3章 当事者(前注)
第1節 当事者能力及び訴訟能力(前注・第28条~第37条)
第2節 共同訴訟(前注・第38条~第41条)
第3節 訴訟参加(前注・第42条~第53条)
第4節 訴訟代理人及び補佐人(前注・第54条~第60条)

書誌情報など

  • 定価:本体価格5,600円+税
  • 発刊年月:2021年5月
  • ISBN:978-4-535-00350-7
  • 判型:A5判
  • ページ数:848ページ