ゲームストップ株価の乱高下(湯原心一)

法律時評(法律時報)| 2021.04.30
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」93巻5号(2021年5月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

2021年1月中旬から2月初旬にかけて、米国の株式市場においてゲームストップ社(GameStopCorp.)(以下、「GME」という。)の株価の乱高下が話題となった。GMEは、ビデオゲームや関連商品の小売等の事業を営む上場会社であり、同年1月最初の取引日の終値が17.25ドルであったところ、同月28日の取引時間中に高値が483ドルになるまで高騰した。つまり、年初の終値から1か月足らずで28倍になったということになる。特に、米国のレディット(Reddit)というソーシャル・ニュース・サイトの中で、ウォール・ストリート・ベッツ(r/wallstreetbets)(以下、「WSB」という。)というカテゴリ(subreddit)に参加していた投資家(以下、「R投資家」という。)がGMEに対して空売りを行っていたヘッジファンド(以下、「S投資家」という。)に対抗して株価を吊り上げた点が注目された。

本稿では、①なぜ、このような現象が発生したのかという要因を幾つか指摘した上で、②若干の検討を加える。

1 要 因

2021年5月号 定価:税込2,035円(本体価格 1,850円)

GMEの株価変動をもたらした要因として、次の点が指摘できよう。

第1に、零細な投資家がWSBという手段を得たことによって、協調行動を取ることが可能になったことである。分散した投資家は、協調行動が難しく、合理的無関心によって、ヘッジファンドによる大規模な空売りに立ち向かうことが難しい。この点、WSBは、個人投資家が協調して行動するためのフォーカル・ポイント(focal point)1)を提供したものと考えられる。すなわち、個人投資家は、他のR投資家がGME株式の協調行動を取ると予想することによって、GME株価の上昇を期待し、自らもGME株式を購入する。そして、実際に、他のR投資家が協調行動を実行することによって、期待が実現するのである(self-fulfillingprophecy)。

第2に、ロビンフッドという証券会社と同社が開発する同名の携帯電話アプリである。ロビンフッドの顧客は、同アプリから、手数料無料で、株式取引やオプション取引が可能である。2020年5月時点でロビンフッドの口座は、既に1300万ほど開設されていた2)ため、2021年1月時点では、さらに多くの個人投資家がロビンフッド経由で株式・オプションの取引を行っていると考えられる。

第3に、新型コロナウイルスのため在宅勤務が増え、日常的に株式を取引する個人投資家(デイトレーダー)が増加したことが指摘されている。特に、2020年に1000万以上の新たな証券口座が開設されたと推定されており3)、株式取引に不慣れな多くの個人投資家が一時的な流行(fad)に乗って取引したというものである。

3 検 討

(1) 法規制との関係

まず、R投資家がWSBを用いてGME株価を高値に導いたことが相場操縦に該当するのかという論点がある。米国でも相場操縦は禁止されているが(取引所法9条(a)項及び10条(b)項4))、本件との関係では、幾つかの点で法執行の難しさが指摘されている5)。第1に、本件では、ある一つのWSBへの書込みが株価の高騰をもたらしたということではなく、多くの書込みが集団でなされ、いわばミーム6)として取引がなされたのである。このような場合、ある者の書込みが相場操縦に該当するかを判断することが難しい。また、第2に、WSBへの書込みは、実名でなされてはいないため、法執行の資源に限りがある証券取引委員会が多くの者の取引を追跡することが難しい。

次に、GME株価が2021年1月28日に急落した点である。同日、先に言及したロビンフッドがGME株式を含む複数の株式の購入を制限した(保有するGME株式の売却は可能であった)。ロビンフッドは、取引を制限した理由として、取引清算機関への預託の要件が従前の10倍となったためと説明している7)。取引の増加傾向が明らかであったため、事前に流動性を確保する措置を採らなかったロビンフッドは、批判を免れないだろう8)。ロビンフッドの取引制限を契機として株価が急落したため、損失を被った投資家がロビンフッドを訴えている(既に50件程度の訴訟が提起されたと報道されている)9)。訴えの根拠として、契約違反、信任義務違反、過失等が挙げられていると報道されているが、訴えが認められるかは未知数である。

(2) 市場の効率性

次に、本件と市場の効率性の関係を検討してみたい。市場の効率性という場合、株価が株式の価値を反映しているか否かが問われている。しかし、本件の場合、需給が株価に影響を与えており、この点で、通常の意味での市場の効率性を問うことの意味がなくなってしまっている。浮動株を超える空売りがなされているという情報が株価に反映したのだとしたら、株価の上昇も市場が機能していることを示すものである。ただし、浮動株を超える空売りがなされているということ自体が稀であるので、この点では、市場は非効率的であったといえるかもしれない10)

証券市場を制度面から検討する場合、価格が価値に回帰する能力を有しているか否かがより重要である。そのような市場こそ、効果的(effective)であるといえるからである11)。しかし、ここでGME株式の株価をみてみると2021年2月18日時点で約40ドルであった株価が、同年3月の中旬には、200ドルを超える水準で取引されている。一時的な株高がショート・スクイーズによって肯定されるとしても、空売りが減少した中で、200ドルを超える株価は、正当化が難しい12)。GME株式の株価は、基礎的価値(fundamental value)や需給を考慮した価格ではなく、誰かが現在の価格以上で買ってくれるのではないかという期待に基づいて取引されている状態といえよう(ポジティブ・フィードバック・ループ)13)

この点、商法学者は、価値の裏付けがないものに高値が付される例を既に経験している。すなわち、ビットコインである。ビットコインをノイズの増加14)と市場が効果的ではない(ineffective)例であると捉えるのであれば、GMEの株価についても同様のことがいえるであろう。

(3) 個人投資家対スーツ

次に、本件が個人投資家対ヘッジファンド、すなわち、ウォール街のエリート(WSBでは、侮蔑的に「スーツ」と呼ばれる)、としてWSBで捉えられ、また、報道された点について付言しておきたい。

本件で、機関投資家であるS投資家がWSBによる相場操縦によって損失を被ることになったことを問題視して、個人投資家の活動が規制されるべきなのだろうか。この点、Melvin CapitalやCitronResearchといったS投資家は、空売りのポジションを確保した後に、「空売りレポート」(shortreport)と称するレポートを公開したり、テレビ番組に登場して空売りした銘柄を扱き下ろすことなどで利益を得ていた15)。端的にいえば、S投資家もR投資家も、メディアを用いて価格を操作しようとしている点で、五十歩百歩なのである16)。法執行が難しいにしても、既に相場操縦なり詐欺なりの法制度が整っているのだから、インターネット上の書込みを証券規制の側面から規制することは慎重であるべきといえるだろう。

(4) 社会的な望ましさ

本件に関する報道で既に指摘されているように、本件の株価変動は、GME社の事業の価値、特に、基礎的価値(fundamental value)、の増加や変動によって生じたものではない。そして、基礎的価値の増加を伴わない株価変動は、社会的な価値(効率性)を改善するものではない17)。流通市場での取引は、もっぱら、ゼロ・サム・ゲームであるため18)、一時的な株価上昇と下落は、社会的な厚生の増加に寄与しない(誰かの利益は、誰かの損失となっているだけである)。むしろ、本件との関係でいえば、変動率(volatility)の増加自体が、リスクの増加を生み出し、社会的な非効率を増加させるといえる。

前述の通り、単にインターネット上で情報の交換が盛んになったからといって追加の法規制をもたらすことには慎重であるべきだろう。その前提で、もし、検討に値するとすれば、次のような点ではないだろうか。第1に、個人投資家保護の観点から、ブローカーである証券会社が投資家を取引に勧誘する過程がさらに検討されて良いように思われる。例えば、米国の金融業規制機構(FINRA:Financial Industry Regulatory Authority)は、ロビンフッドを名指しにしてはいないが、デジタル・コミュニケーション、特に、双方向で「ゲームのような」(game-like)機能を有するアプリベースのプラットフォームに、注目していると述べている19)。第2に、注目が集まる場合に市場の効率性が改善するかという問題がある。換言すれば、WSBでの書込みのみに基づいて(特に、WSBでの流行のみに基づいて)株式を取引するような者が増加する場合、会社が営む事業の成否に基づく株価が形成されなくなるのではないかという問題である。なお、WSBの登録者は、本件の後増加し、執筆時点で970万人となっている。WSBの市場価格への影響力は、従前よりも増している。伝統的なファイナンスの考え方に基づけば、市場の注目が集まるに伴って、効率性が改善するといえるだろう。しかし、法学では、「ろうばい売り」といった表現で、非合理的な取引がされる可能性を検討していた(最三小判平成24年3月13日民集66巻5号1957頁は、ろうばい売りによる「過剰な下落」に言及するが、市場が常に効率的であれば「過剰な」下落は生じないはずである)。市場が注目することに伴い市場の効率性が低下するのであれば、これが価格形成や投資家保護に与える影響及びこれに対応する仕組みを検討する必要が出てくるだろう。

4 おわりに

GMEの株価の変動は、現代社会を投影している。スマートフォンの普及、根拠のない熱狂(irrational exuberance)、ポジティブ・フィードバック・ループ、金儲けの信奉、情報化によるミームの指数関数的普及などである。ただ、これらの特徴が先鋭化しているだけに、ここから一般化した結論を得ることには慎重になるべきであろう。それでも、様々な論点や問題点を象徴しているという点で、大変興味深い出来事であった。本稿が遅ればせながらこのミームの媒介者となり、伝播に寄与すれば幸いである。

(ゆはら・しんいち 成蹊大学教授)

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脚注   [ + ]

1. See ROGER B. MYERSON, GAME THEORY: ANALYSIS OF CONFLICT 108 (1991).
2. Nathaniel Popper, ‘They Make It So Easy’ Young Traders Learn Some Harsh Lessons, N.Y. TIMIES, July 9, 2020, at B1.
3. Caitlin McCabe, New Army of Individual Investors Flexes Its Muscle, WALL ST. J., Jan. 4, 2021, at R1.
4. See Merritt B. Fox et al., Stock Market Manipulation and Its Regulation, 35 YALE J. ON REG. 67, 123-25 (2018).
5. Id. at 124-25.
6. RICHARD DAWKINS, THE SELFISH GENE 192( 30th anniv. ed. 2006); Mike Godwin, Meme, Countermeme, WIRED (Oct.1994).
7. Robinhood, What Happened This Week, UNDER THE HOOD (Jan. 29, 2021) ,https://blog.robinhood.com/news/2021/1/29/what-happened-this-week (last visited Mar. 4, 2021).
8. 実際、ロビンフッドは、直後に34億ドルの資金調達を実施した。Peter Rudegeair, Robinhood Raises $3.4 Billion in Days, WALL ST. J., Feb. 2, 2021, at A1.
9. Dean Seal, Early Robinhood Ruling Marks Rocky Start For Traders’ Suits, LAW360, Feb. 11, 2021.
10. Jonathan Ponciano, Meme Stock Saga Officially Over? GameStop Short Interest Plunged 70% Amid $20 Billion Loss, FORBES ONLINE, Feb 11, 2021, https://www.forbes.com/sites/jonathanponciano/2021/02/10/meme-stock-saga-officiallyover-gamestop-short-interest-plunged-70-amid-20-billionloss/ (last visited Mar. 6, 2021)(浮動株を超える水準の空売りがなされたのは過去10年間で15回との指摘).
11. See Zohar Goshen & Gideon Parchomovsky, The Essential Role of Securities Regulation, 55 DUKE L.J. 711, 731 (2006).
12. Aswath Damodaran, The Storming of the Bastille: The Reddit Crowd targets the Hedge Funds!, MUSINGS ON MARKETS (Jan. 29, 2021), http://aswathdamodaran.blogspot.com/2021/01/the-storming-of-bastille-reddit-crowd.html(last visited Mar. 5, 2021).
13. Steven L. Schwarcz, Regulating Complexity in Financial Markets, 87 WASH. U. L. REV. 211, 234 (2009).
14. See Andrei Shleifer & Lawrence H. Summers, The Noise Trader Approach to Finance, 4 J. ECON. PERSP. 19, 23 (1990).
15. See Jonathan R. Macey, Securities Regulation as Class War fare 9 -10 (Feb. 20, 2021), https://ssrn.com/abstract=3789706.
16. Id. at 29.
17. See Marcel Kahan, Securities Laws and the Social Costs of Inaccurate Stock Prices, 41 DUKE L.J. 977, 1029-30 (1992).
18. 拙著『証券市場における情報開示の理論』(弘文堂、2016年)187-199頁。
19. FINRA, 2021 REPORT ON FINRA’s EXAMINATION AND RISK MONITORING PROGRAM 2( Feb. 2021), https://www.finra.org/sites/default/files/2021-02/2021-report-finras-examinationrisk-monitoring-program.pdf(last visited Mar. 7, 2021).