(第3回)トランスジェンダーと「性暴力論」を切り離す(立石結夏)

特集/LGBTQ・性的マイノリティと法――トランスジェンダーの諸問題| 2021.04.28
LGBTQあるいは性的マイノリティの人権問題が日本社会の中で注目を集めるようになってから久しいですが、未だその人権保障状況が充分に改善しているとはいえません。本特集では、まず「トランスジェンダー」といわれる人々の人権問題について、特に法的な観点からの分析や議論を紹介します。

トランスジェンダーの男女別施設利用の問題を論じる際、性犯罪、性暴力の話に議論が及ぶことがある。筆者は、この「性暴力論」が持ち出されること自体に疑問を持っている。なぜならトランスジェンダー女性(以下、MtF1))は、マジョリティと同じようにただ「自認する性別で生きる」ため多くの葛藤と苦悩を抱えてきた。「性暴力論」は、その彼女たちを更なる苦悩に陥れているからである。

ただ筆者は、その「性暴力論」が持ち出される背景として、施設管理を行う側の事情があるように思える。すなわち、施設管理権者は、法令やガイドラインもない現状で、戸籍上の性別変更をしていないトランスジェンダーの取扱いについて自ら判断をしなければならないのである。そして、この問題は大きく捉えたとき、性同一性障害者特例法2)の手術要件の問題を避けては通れない。

順を追って論じていく。

議論の状況

男女別になっている施設やサービスをトランスジェンダーが自認する性別で利用したいと要望した際、その利用を制限することができるかどうかについて、本特集・第1回「男女別施設・サービスとトランスジェンダーをめぐる問題」3)で問題の整理を試みた。そこで述べたとおり、男女別施設といっても利用者が全身を露出する公衆浴場や温泉、衣服を一部着脱する場所であるトイレ、更衣室、そして、身体の露出は通常想定されていないものまで幅広くあり、それぞれの事情に応じた検討が必要である。

このような施設のうち、「性暴力論」が持ち上がるのは主に公衆浴場や女性用トイレである。

ここでいう「性暴力論」とは2種類ある。1つ目は、性別適合手術を受けていないが公衆浴場の女性用浴室や女性用トイレ等(以下、「女性用施設」という)の利用を認めると、他の女性利用者に性被害を加えるのではないかというもの4)性暴力論Ⅰ)。2つ目は、MtFに女性用施設の利用を認めると、MtFのふりをした男性が性暴力を行いやすくなるのではないかというものである5)性暴力論Ⅱ)。

性暴力論Ⅰへの疑問

性暴力論Ⅰが、性別適合手術を受けていないMtFが女性に対して性暴力を働く危険を論じる根拠は、男性の生殖能力や外性器があることを根拠としているようである。

この性暴力論Ⅰは加害者が男性、被害者が女性であることを念頭にしておきながら、MtFが女性であることを見落としている。仮にここで身体的性差を基準にするとしても、マジョリティの男性がうっかり温泉の女湯や女性用トイレに入り、女性に居合わせたとしても、性暴力を働く可能性はそもそも低い。その女性が身体を露出していても、密室であっても、男性があっという間に理性を失って性暴力を働くということは、通常考えられない。一般的な男性はいきなり同意のない性行為に着手することはないし、それはまさしく犯罪である。

通常、人は犯罪を犯さない、という一般論はトランスジェンダーであっても同じである。しかし、性別適合手術を受けていないMtFのことになると、公然と性暴力論Ⅰが議論される。それは、トランスジェンダーが身体を露出した女性を目の前にすると理性がなくなってしまうと言っているのと同じで、偏見である。トランスジェンダーであることと性暴力を紐付けて論じることは差別的ともいえる。

念のため付言すると、ホルモン療法によりMtFの男性機能は著しく減するし、令和2年2月28日付国立国会図書館の調査報告によれば、男性の外性器があるMtFが公衆浴場やトイレ等で問題を起こした例は国内外を含めて確認されていないという。

性暴力論Ⅱへの疑問

誰であっても誰に対しても性暴力は許されず、性暴力防止のための施策や法改正は積極的に議論し、実現していくべきである。

それを前提としても、性暴力論Ⅱは疑問である。MtFに女性用施設の利用を認めると、MtFのふりをした者の性暴力が増えるのであろうか。

まず性犯罪で警察に逮捕された際、自身がMtFであると虚偽の説明をしても犯罪の成否には関係がなく、言い逃れにはならない。トランスジェンダーであれ、そうでない者であれ、性犯罪は禁じられているからである。

これに対して、MtFを装って女性のふりをすれば女性用施設に侵入して性犯罪に着手しやすくなる、そこまで行かずとも盗撮や盗視行為をしやすくなる、という意見もある。

しかしながら、MtFのふりをしたマジョリティ男性が女性用施設に侵入しても、あとあとマジョリティ男性であることがわかれば、建造物侵入罪である。トランスジェンダーかどうかは性別変更の有無、ホルモン治療歴や家族の供述を警察が捜査をすればすぐに判明することであるし、虚偽供述は悪情状であるから刑事手続上不利になる。

そもそも、「MtFのふりをしたマジョリティ男性」とは要は女性のふりをした男性のことであろう。そうすると、MtFに女性用施設の利用を認めようと認めまいと、女性のふりをして不法に施設に侵入する者がいるのであれば、状況は変わらないとも思える。このような犯罪事例が起きているのであれば、MtFと切り離し、実効的な犯罪予防策を議論すべきである。

なお私見では、温泉や銭湯等の公衆入浴施設では利用者が全身を露出する場所であるので、身体的性差によって利用者を限定することが合理的である。つまり、男性の外性器があるMtFは女性用入浴施設の利用を認めない取扱いが現実的である6)。詳しくは、本特集・第1回「男女別施設・サービスとトランスジェンダーをめぐる問題」(立石結夏・河本みま乃)「他のケースへの応用」[4]を参照されたい。

性暴力論の背景には管理権者側の事情もあること

女性用施設の管理権者側の立場から性暴力論Ⅰ及びが主張されることがある。例えば、「仮に本人が性暴力をしなくても、女性利用者からみてMtFのふりをしたマジョリティ男性なのか、それとも本物のMtFなのか区別がつかず、不安に思うのではないか」等という見解である。このような「性暴力論」はMtFの人格を踏みにじる看過できないものであるが、筆者は、実は管理権者側の本心は別にあるようにも感じている。

いくつかの法令は事業者や企業等に対して男女別に施設を設置するよう求めているが7)、誰にどの施設を利用させるかを定める法令はない。そもそも、男性とは誰を差すのか、女性とは誰を指すのかを定める法令もない。

そうすると、施設を設置した管理者が女性用施設の利用対象者を決定しなくてはならない。その施設で発生するトラブルも管理権者の責任と切り離せないし、管理権者としては未然にトラブルを防ごうという動機が働く。

そこで悩ましいのが、性別の取扱いの変更の審判8)を受けて戸籍上の性別を変更(以下、「性別変更」という)していないトランスジェンダーの存在である。このような者を男女別施設のどちらに振り分けるべきなのか、管理権者9)が判断しなければならないのである。

手術要件が性別変更ができないトランスジェンダーを多く生み出している

このような問題が起こる背景には、身分証等の公的書類に用いられる戸籍上の性別と、自認する性別が異なるトランスジェンダーが多いことが挙げられる。特例法はまさにこのような社会的不便を解消するため性別変更手続を制定したのであるが、法律上の要件が大変厳しく、戸籍上の性別を変更できないトランスジェンダーを多く生み出している。特に特例法3条1項4号・5号10)(以下、「手術要件」という)を充たすのに必要な性別適合手術は、健康上のリスクが高く、高額の費用がかかり、さらに治療費は自費負担である。そのため手術を受けたくてもできない者や、手術を受けること自体を躊躇っているトランスジェンダーが多い。

脚注4に挙げた経産省事件の原告である経産省職員(MtF)も、まさに健康上の理由から手術が受けられず性別変更ができなかった。そもそも手術要件がなければ原告も性別変更をすることができ、経産省が女性用トイレの利用を制限する必要もなかったのであるが、結局訴訟問題に発展し、まさに管理権者の判断の負担が現実化した事例といえよう。

仮に手術要件を撤廃すれば、多くのトランスジェンダーが性別変更をすることができ、管理権者は、性別適合手術を経ずに性別変更をしたトランスジェンダーを移行後の性別として扱うことの公的な根拠が得られ、「性暴力論」という偏見を持ち出す契機が減る11)。もちろん手術要件が撤廃されたとしても、戸籍上の性別ではなく手術の有無(外性器の有無、形状)に即して判断すべき(例えば、男性器のあるMtFが戸籍上の女性に移行したとしても女性用トイレの使用を制限すべき)だという管理権者の判断もあり得る。そのため依然として「性暴力論」が主張されることも考えられるが、それ自体が失当であることは、既に述べたとおりである。

終わりに――手術要件を性別変更の条件とすること自体の問題

そもそも、性別適合手術を受けるかどうかは本人の自由意思に委ねられており、特例法もトランスジェンダーに手術を強制しているわけではない。一方、トランスジェンダーによっては自認する性別と異なる生殖組織や外性器があること自体が気持ち悪く、摘出したいと望む者もおり、このような者にとって性別適合手術は必要である。

しかしながら特例法の手術要件は、その人が望むか望まないかにかかわらず、人のありのままの身体の一部を摘出したり切除しなければ、自認する性別での社会生活を認めないとするものである。この制度自体がトランスジェンダーに差別的とはいえないだろうか。マジョリティの側は、機能に何ら問題がない身体の一部を他人から切除するよう求められることはない。この手術要件自体の問題は、国内外から指摘されている12)

トランスジェンダーと「性暴力論」を切り離し、トランスジェンダーを手術要件から解放してトランスジェンダーに差別的な社会構造を変えていく必要がある。

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脚注   [ + ]

1. 「性暴力論」はトランスジェンダー女性、すなわちMtFを想定することが多いため、ここでも仮にMtFを想定する。MtF(Male to Female)とは、生まれた時に割り当てられた生物学上の性別が男性で、自認する性別が女性のトランスジェンダーをいう。
2. 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律のこと。以下、「特例法」と略記する。
3. 立石結夏=河本みま乃「男女別施設・サービスとトランスジェンダーをめぐる問題」(WEB日本評論 特集「LGBTQ・性的マイノリティと法――トランスジェンダーの諸問題」第1回)
4. 例えば、経産省事件地裁判決(東京地判令和元・12・12労判1223号52頁、控訴審係属中)によれば、経産省内では原告(性同一性障害者〔MtF〕)が「男性である限り、女性には危険が及ぶおそれがあることから休息室・トイレの使用は認めるべきではない」という議論がなされていた。
5. 朝日新聞デジタル2020年9月17日記事によれば、国立女子大学がMtFの学生の受け入れを認めると、インターネットを中心に「トランス女性がトイレなどの女性専用空間を使うことにより「トランス女性を装って性犯罪をする人が出る」という意見が出たという。
6. 一方、女性用トイレ等の使用の可否を、MtFの外見が女性に見えるかどうかで判断するべきではない。詳しくは、立石結夏=石橋達成「女性らしさを争点とするべきか――トランスジェンダーの『パス度』を法律論から考える」法学セミナー2021年5月号49頁。
7. 例えば、労働安全衛生規則628条1項1号は事業者に便所を男女別にすることを義務づけている。
8. 家庭裁判所による戸籍上の性別を自認する性別に変更する審判のこと。特例法第3条1項。
9. 一口に女性用施設の管理権者といってもさまざまである。大企業の自社ビルにある女性用トイレであれば、人事部や総務部で検討した方針を共有して管理していくことができるが、複数の企業が入居するテナントビルの管理権者はビルの所有者か管理会社、小規模マンションの共用女性用トイレの管理権者は住民で構成する管理組合の場合もある。このような管理権者のすべてに適切な判断を求めるのは難しい。
10. 特例法3条1項4号は「生殖腺せんがないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」、同項5号は「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」を規定し、併せて「手術要件」と呼ばれている。性別変更を行うには、かかる手術要件を充たすような性別適合手術を受ける必要がある。
11. なお、トランスジェンダーの中には自認する性別をノンバイナリーに捉える者等もおり、戸籍上の性別で画一的に判断することですべてのケースを解決できるわけではない。したがって、管理権者が個別具体的に判断しなければならないことに変わりはない。ただ、多くのMtFが戸籍上の性別を女性に変更できれば、管理権者側の負担はかなり軽減され、性暴力論に言及されることも少なくなるのではないだろうか。
12. 世界保健機関や国連人口基金、ユニセフ等の7つの国際機関による ‘Eliminating forced, coercive and otherwise involuntary sterilization’ An interagency statement(強制・強要された、または不本意な断種の廃絶を求める共同声明)(2014)、日本学術会議「性的マイノリティの権利保障をめざして(II)――トランスジェンダーの尊厳を保障するための法整備に向けて」(令和2・9・23)9~11頁【PDF】等。

立石結夏(たていし・ゆか)
弁護士。第一東京弁護士会、新八重洲法律事務所所属。
「セクシュアル・マイノリティQ&A」(共著、2016年、弘文堂)、「セクシュアル・マイノリティと暴力」(法学セミナー2017年10月号)、「『女性らしさ』を争点とするべきか――トランスジェンダーの『パス度』を法律論から考える」(法学セミナー2021年5月号