『ランキング—私たちはなぜ順位が気になるのか?』(著:ペーテル・エールディ,訳:高見典和)

一冊散策| 2020.12.24
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

訳者あとがき


本書 (原書名 Ranking: The Unwritten Rules of the Social Game We All Play) は、現代のデジタル社会で生きていくための教養を養うのに最適な著作である。著者は、計算機科学者であるが、わかりやすくいえば、ネットワーク理論などを用いてビッグデータを分析する研究者ということである。このため本書では、ランキングを作成するアルゴリズムに関して専門家としての所見にもとづく確かな視座が示されている。また、幅広い応用研究をしてきた経験を生かして、きわめて多様なテーマに関して、勘所を押さえた解説が提示されている。

ランキングは、いわばデジタル社会の必然的な帰結である。情報通信技術の発達によって、われわれは大量の情報に容易に接することができるようになった。このような状況では、情報を処理する段階でボトルネックが発生する。というのも、情報を有効に利用するためには、それを意味あるかたちに集約しなければならないからである。そのなかでも究極的な形態が、一元的な基準で情報を整理したランキングである。ランキングは、そのままでは有効に利用できない大量の情報をすべて適正に考慮に入れたものとして、非常に大きな影響力をもちうる。

その一方で、現実のランキングはさまざまな問題を引き起こしている。悪意をもってランキングにノイズを持ち込もうとする人がいたり、悪意とまでは言えなくても、うまく立ち回ることでランキングの上位に上がろうとする人が存在したりする。このあたりの議論は本書の第 5 章に詳しいが、不完全な基準を用いたり、ランキングする側とされる側が目的を共有していなかったりすれば、ランキングは不幸な結果をもたらす。賞罰のような大きな影響をともなう判断をする場合には、批判的な態度をもってランキングを利用するべきだという結論を著者は導いている。

ランキングの社会的影響力は、第 6 章で取り上げられる事例をみると容易にわかる。主に大学ランキングとさまざまな国別ランキングが取り上げられているが、どちらもそれぞれの領域で大きな影響力を行使している。近年では日本でも、日本の大学の国際ランキングでの順位がニュースで取り上げられることがあるが、これは (少なくとも現時点では) せいぜいプライドの問題である。これに対して、つねに優秀な学生や研究資金をめぐって国際競争にさらされている英語圏の大学にとっては、ランキングでの順位は死活問題である。一方の国別ランキングに関しても、政府の信用格付けや腐敗指数によって、発展途上国の政策が大きく左右されている。

第 7 章では、個人の評判がネットワークに依拠していることが論じられる。ここで最初に取り上げられる事例は学問の世界である。学者の評判は、学者が論文を掲載した学術雑誌の評判に依存しており、また学術雑誌の評判は、掲載している論文が、他の論文にどれだけ引用されたかに依存する。このように学問の世界は、学者・学術雑誌・論文で形成されるネットワークによって表すことができる。評判のネットワーク性は、他の職業でも容易に見出すことができるが、もっとも極端な事例として次に取り上げられるのが、美術の世界である。芸術家も同様に、画廊や美術館やオークションハウスで形成されるネットワークのなかで評判を構築する。

最後に、邦訳書もある類書を 2 つ紹介しよう。まずジェリー・ Z ・ミュラーの『計測の専制』〔邦訳『測りすぎ』〕は、ランキングの失敗について力強い警告を発する著作である。本書の第 5 章に関心をもった読者は、こちらを読まれるとよいだろう。一元的な基準で個人や組織を評価することには、通常思われているよりも小さなメリットしかないということが、説得力をもって議論されている。本書の第 7 章に関心をもった読者は、アルバート= ラズロ・バラバシの『ザ・フォーミュラ』を読まれることをお勧めする。同書の著者バラバシは、ネットワーク理論の大家であり、さまざまな職業における「成功」をネットワーク理論を用いて分析する「成功の科学」の開拓者でもある。同書の最後には、なぜアインシュタインだけが、ニールス・ボーアやヴェルナー・ハイゼンベルクのような同時代の同様に重要な物理学者のなかでこれほど有名なのかを説明しているが、これもまたネットワークのなせる業である。

高見典和

目次

  • 第1章 プロローグ:ランキングとの出会い
  • 第2章 比較、ランキング、レーティング、リスト
  • 第3章 動物集団と人間社会におけるランキング
  • 第4章 選択、ゲーム、法律、ウェブ
  • 第5章 無知と操作――社会を計測することの難しさ
  • 第6章 ランキングをめぐる駆け引き
  • 第7章 評判を獲得するための競争
  • 第8章 ほしい物リストに刺激され――芝刈り機を買うか、買わないか
  • 第9章 エピローグ:ランキングゲームのルール――今われわれはどこにいるのか

書誌情報など