『労働法[第3版]』(著:西谷敏)

一冊散策| 2020.08.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

第3版はしがき

本書第2版の出版から7年半が経過し、労働法は大きな変容を見せた。第2版出版の段階では、必ずしも第3版の執筆を予定していたわけではないが、2018年の「働き方改革」にかかわる一連の法改正が執筆を決意する大きな動機となった。その後も、パワハラに関する労働施策推進法改正(2019年)、時効等に関する労基法改正、雇用保険法、労災保険法、高年齢者雇用安定法、労働施策推進法の改正(2020年)が続いている。労働立法のラッシュともいえる。

これらの法律改正の結果、労働法制はますます見通しの悪いものとなった。法律の規定はときに抽象的にすぎ、ときに複雑で難解である。その意味内容は、法律にもとづく施行令・施行規則や厚生労働省の定める告示や通達を見なければならないわからない場合が多い。労働法分野で悪しき意味での「法化」(legalization)が進んでいるともいえる。

こうした労働法制の複雑化の原因はどこにあるのだろうか。その原因を労働関係に対する国家の過剰介入にあるとみて、「労使自治」の回復を主張する見解がある。しかし、「働き方改革」関連法による三六協定の上限規制も、「同一労働同一賃金」を旗印とする法律改正も、「労使自治」が機能不全を起こしているからこそ必要とされたものである。また、「労使自治」の回復はそれほど容易なことではない。国家法はますます重要な役割を果たさざるをえないのである。

問題は、国家法の役割の増大そのものにあるのではない。それが透明性を欠き複雑・難解になってきたことが問題なのである。その原因には、政策課題が多様になってきたというやむをえない事情もあるが、立法技術上の問題もある。さらに、本来法律で明快に規定されるべき事柄が、反対論への妥協などからあえて曖昧かつ複雑に規定され、それを補うために膨大な規則、告示、行政解釈が必要になったという事情もあろう。いずれにしても、国民が理解しにくい法令の氾濫は、民主的法治国家において決して健全な状態とはいえない。

こうした状況は、労働法の体系書にも困難な課題を課している。必要な情報を網羅的に提供しようとすれば、体系書は必然的に長大化するが、それは、読者が労働法を体系的に理解するのを妨げるおそれがある。自己の見解にもとづいて、必要不可欠な情報を透明な体系性のもとに整理して提供するという体系書の執筆が、以前に比べて一層難しくなっているのである。本書がそうした観点からみてどのように評価されるかは、読者諸賢の判断に委ねるほかない。

本書第3版の執筆終了後、新型コロナウイルスの世界的拡大が経済と社会に大きな衝撃を与えている。それは雇用や労働法のあり方にも持続的影響を及ぼすであろうが、それがどの程度のもので、いかなる性格のものか、現時点で正確に見通すことは困難である。思えば、初版執筆直後にリーマンショックが起こり、第2版執筆中に民主党政権から自公政権への政権交代が起こった。そして、今回はコロナ・ショックである。本書の不運なのか、私の予見能力のなさなのか。いずれにしても、今後の大きな変化のなかでも本書の意義が失われないことを祈るばかりである。

本書執筆にあたっては、多くの方々のご助力を得た。米津孝司(中央大学)、奥田香子(近畿大学)、城塚健之(弁護士)の各氏は、ご多忙のなか、本書の原稿を読んで大小さまざまな有益なアドバイスをして下さった。3氏に心から御礼を申し上げたい。

本書第3版の出版をお勧め下さり、編集作業を担当して下さったのは、初版以来お世話になっている日本評論社編集部長・中野芳明さんである。中野さんは、編集のプロとして、表現の不統一や判例引用のミスまで綿密にチェックして下さり、第三校になっても赤字を入れる私の仕事ぶりに快く対応して下さった。本書が体系書として一応の完成度を示しえているとすれば、その多くは上記3氏と中野さんに負っている。中野さんには、心からの感謝をささげたい。

2020年3月

西谷 敏

目次

第1部 総論
 第1章 労働法とは何か
 第2章 現行労働法の基本構造と動態
 第3章 労働者の自由・平等・人格権の保障
 第4章 国際的労働関係
 第5章 労働紛争の解決

第2部 個別的労働関係の成立・展開・終了
 第1章 労働関係の成立
 第2章 労働条件の決定と変更
 第3章 労働者の義務と服務規律
 第4章 人事異動
 第5章 賃金
 第6章 労働時間・休憩・休日
 第7章 年次有給休暇
 第8章 年少者・母性保護と家族的責任の保障
 第9章 安全衛生と労災補償
 第10章 労働関係の終了
 第11章 非典型労働関係

第3部 雇用保障法
 第1章 雇用保障法の意義と性格
 第2章 雇用保障法各論

第4部 集団的労働法
 第1章 労働基本権の保障
 第2章 団結権と労働組合
 第3章 不当労働行為
 第4章 組合活動
 第5章 団体交渉
 第6章 労働協約
 第7章 争議行為

書誌情報など