単位の話 — 歴史から最先端まで(内村直之)

単位って何だろう| 2020.09.15
私たちの日常生活と密接不可分な「単位」.この小特集では,(1)誰もが通ってきたはずの小学校の授業で「単位」がどのように教えられているか,(2)そもそも歴史的に「単位」はどのように定義され,定義自体がどのように変遷してきたかをふりかえってみます.

$\def\t#1{\text{#1}}\def\dfrac#1#2{\displaystyle\frac{#1}{#2}}$

原器を超える「正確さ」求めて

メートル法の国際原器はどこまで正しいのでしょう? たとえばメートル原器の「1 メートル」は,原器に刻まれた印からもう一つの印までの摂氏零度での距離,とされますが,印にも幅があります.もっと物理的に確かな方法で正確さを保証できないか?

この研究を最初におこなったのはアルバート・マイケルソンというアメリカの物理学者でした,光の干渉で距離測定を試みる「干渉計」の発明者で,彼の行った地球の相対運動を確認する『マイケルソン=モーリーの実験』は後にアインシュタインの特殊相対性理論の根拠となりました (1887 年).国際度量衡総会の理事機関である国際度量衡委員会は 1892 年,メートル原器の光によるチェックを依頼しました.マイケルソンは,カドミウムの出す赤色光を使ってメートル原器の誤差はせいぜい $0.0001$ ミリメートル ($1000\, \t{万分の}\, 1 = 10^{-7}$ の精度) であると結論しました.彼は,この業績もあって,1907 年のノーベル物理学賞を受賞しています.

それならば,光という宇宙共通のミクロな現象で,長さの基準を決められないか? そういう発想が出てくるのも当然です.その技術が成熟するまで,マイケルソンの時代から,さらに約 60 年が必要でした.いろいろな物質が出す光の中からものさしに適当な性質の光を選んで研究した結果,1960 年,1 メートルの定義は「クリプトン 86 原子の準位 $2\t{p}^{10}$ と $5\t{d}^5$ の間の遷移に対応する光の真空中における波長の $1\ 650\ 763.73$ 倍に等しい長さ」となりました.メートル国際原器はその役割を終えたことになりますが,これで,メートルの精度は 1 桁上がりました.

自然現象を使って単位の基準を確立しようという動きは,「長さ」だけではありません.時間の単位である『秒』もそのターゲットに入ってきたのです.

秒はもともと「地球の自転する周期の 86400 分の 1」と定義されていました.1956 年,もっと長い公転周期から定義すべきとなって「地球が太陽の周りを好転する周期,太陽年の $31\ 556\ 925.9747$ 分の $1$」という定義に変わりました.しかし,公転周期がどこまで正確なのかを確かめるのはなかなか難しかったのです.この翌年,「セシウムの量子力学的振動を使った時計で定義したら」という意見が出ました.国際度量衡委員会の答えは「まだ研究途上」ということでした.

苦節 10 年の言葉通り,1967 年の第 13 回国際度量衡総会で,「秒はセシウム 133 の原子の基底状態の 2 つの超微細準位間の遷移に対応する放射の周期の $9\ 192\ 631\ 770$ 倍の持続時間である」という新しい定義が採択されました.メートルに続いて秒も全宇宙で通用する原子物理学的現象で定義されたのです.

1970 年を過ぎると,そろった光を作り出すレーザーの技術が成熟し,非常に安定した光を作れるようになりました.世界のどこでどういう人が実験をしようと,同じ実験結果を出せるようになったわけです.ところで,相対性理論は「光速度はいつでもどこでも変わることのない一定の値である」を原理 — 光速度一定の原理 — とします.これは実験的にも否定されていません.ならば,光速度を最新技術で測定し,その値を定義としてしまおう,という発想が生まれました.そうすれば,相対性理論を信じる限り,技術がどれだけ発達しても光速度は変えずに対応ができるわけです.1973 年,総会から諮問を受けた「メートルの定義に関する諮問委員会」は,光速度 $c$ を正確に $299792458\t{メートル/秒}$ とすることとしました.1983 年,第 17 回国際度量衡総会で,メートルの定義を「1 秒の 299792458 分の 1 の時間に光が真空中を伝わる行程の長さとする」に変更しました.

測定対象だった光速度をその時の技術で厳密に測定し,その値を定義値にし,そこから長さを決めるというわけです.実質的には何も変わらないのですが,将来的に測定の技術が進歩しても,自然定数を変える必要はない,むしろそこから単位の組み立てを始めようという今の姿勢はこの頃から始まったといえるでしょう.ただし,メートルの定義と秒の定義が密接な関係にあることには注意しましょう.これは単位系のその後の大改訂にかかわってくるのです.

「キログラム」をどうする?

21 世紀が始まった時点で,基本単位 (光度の基本単位カンデラを除く) の定義がどのようになされていたか,をリストアップしてみましょう.

  • 長さ:$\t{m}$ 単位時間に光が真空中を伝わる行程の長さ $\Leftarrow$ 光速度,秒の定義が必要
  • 質量:$\t{kg}$ 国際キログラム原器の質量
  • 時間:$\t{sec}$ セシウム原子が作る電磁波の周波数
  • 電流:$\t{A}$  一定距離にある 2 本の導線に電流が流したときに働く力で定義 $\Leftarrow$ 長さと力の測定が必要.実際にはより精度の高いジョセフソン効果,量子ホール効果を採用
  • 熱力学温度:$\t{K}$ 水の三重点温度の $1/273.16$ $\Leftarrow$ 物質の状態で定義
  • 物質量:$\t{mol}$ 炭素 12 ($\t{C}^{12}$) 0.012 キログラム中の原子数 $\Leftarrow$ 物質の質量が必要

このように単位は「どこでも見られる物理現象」を基礎として定義されるようになりましたが,その定義の仕方はそれぞれの歴史を背負って統一性がもう一つありません.

さらに,ただ一つ,物理現象ではなく,世界にただ一つしかない人工的な『国際原器』で定義されているものがありました.それが,質量の単位であるキログラムです.当初は摂氏 4 度の水 1 リットル ($=$ $10^{-3}\t{m}^3$) の質量で定義するはずでしたが,これは測定の誤差が大きくて,「キログラム国際原器」で測るほうが誤差は小さかったのです.メートル原器の確かさは 1000 万分の 1 程度でしたが,キログラム原器の確かさはそれを超える 1 億分の 1 程度もありました.やむなくそれを定義としたわけです.キログラム原器は 1889 年に『質量の基準』と決定されて以来 130 年も使われてきたのです.しかし,実際の物質的存在というのは永遠に不変ではありません.

日本国のキログラム原器.産業技術総合研究所提供.

原器は外の環境に影響されないように厳重に封印されてきましたが,100 年後に国際原器と各国に配られた原器を測定して比べてみると,表面を洗浄したときの影響なのか,1 キログラムに対してその 1 億分の 5 である 50 マイクログラム程度変動しているという測定結果があります.国際原器は変化したのか,各国の原器が変化したのか,わかりません.そんな事情もあって,なんとか,「原器に頼らないキログラムの定義」をしないといけない,という動きが 2007 年ごろから活発化しました.それはキログラムだけのことではなかったのです.

ページ: 1 2 3

内村直之 科学ジャーナリスト.
1952年生まれ.東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程を単位取得満期退学.朝日新聞で科学記者,編集者として勤務.2012年よりフリーランスの科学ジャーナリスト.
基礎科学全般,とくに進化生物学,人類進化,分子生物学,素粒子物理,物性物理,数学などの最先端と額研究発展の歴史に興味を持って取材・執筆をしている.