『気がつけばみんな同じだったりする[新装版]』(著:瀬良垣りんじろう)

一冊散策| 2020.06.26
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

刊行によせて……中村ユキ

私は大阪育ちの普通の、絵を描くことが大好きなおばちゃんです。

そして、4歳から30歳くらいまで、この本の著者である瀬良垣りんじろうさんと同じように、統合失調症の母とワイルドでエキサイティングな生活を送っていました。

編集者から、同じ「子ども」の立場ということでメッセージをもらえないかと声をかけられ、渡された原稿を開いてみてビックリ仰天!なんと、最初に目にしたページのタイトルが、「母に『殺されるかも』の恐怖」だったからです。そこには、寝ている間に母親に包丁で刺されて殺されるかもしれない恐怖について書かれていました。

「まんま一緒やん!そうそう、うちも自室に鍵つけて、つっかえ棒してたわ~!!」

一気に著者に親しみが湧き、戦友に出会ったような気持ちになったのでした。

援助してくれる優しい身内はいるものの、父親のことをほとんど知らされずに育ち、母親は妄想型の統合失調症。

本書には瀬良垣さんの人生を通しての苦悩と特殊な日常の様子がフルコースで出てきます。「家族のことを話せない」「母親の言動に対する戸惑いや恐怖感」「お金の心配をして中卒で働く覚悟」「母親の自殺未遂」に、「悪化時の奮闘」「理性的に対応できなかった後の罪悪感」「隠す生活」「恋人を作ることへの躊躇」と「結婚への諦め」などなど…。

精神疾患の親をもつ「子ども」のみならず、もしかしたら誰もが、どこかしら重なる部分があるのではないでしょうか。

私にも共感する場面が沢山ありました。

自分の状況と大きく違ったのは、第4章からの恋愛事情です。結婚を考える時の葛藤はよく似ていたのに、その後の展開は天国と地獄のような違い。

私は結婚を考えた時に、主人には母の病名を言えなくて、「精神疾患があって母を独りにはできない」とだけ伝えたのです。

「それなら一緒に暮らせばいいじゃない。」

即答した主人は「結婚するけどユキのお母さんに精神疾患があるから、一緒に暮らす。」とだけ義母に伝え、しかも「病気のことでとやかく言ったら、絶対に許さないからな!」と釘をさしたそうな(汗)

それを聞いた時は心臓が飛び出るほど驚き、「お義母さんに何て思われるだろう」と不安になりましたが、まったく私の家庭環境について問いただされることもなく、私の成育歴のカミングアウト後は「大変だったね」とねぎらってもらえたくらいだったのです。

それなので、瀬良垣さんが付き合っている彼女と結婚するまでのくだりは(ネタばれしたくないのであえて書きませんが)ハラハラドキドキが止まらない展開で、呼吸するのを忘れながら読み、最後は「奥さん、やるぅ。カッコいい!」と思わずガッツポーズ♪

最後の「全てから解放された」の、墓前での挨拶のエピソードは「苦労が報われてよかったね」と自分のことのように嬉しかったです。

瀬良垣さんの物語は、明るい文面やユーモアあふれる状況表現のせいか重くならずに読み終えることができました。

いよいよ私の母の病気が悪化して、介護と経済的なものすべてが肩に乗ってきた21歳の頃。離婚していた父親がそんな状況の私に度々金の無心をしてきました。家族が私の人生の一番のお荷物だと感じていました。お先真っ暗。

支えにした言葉は仏陀の説いた「四苦八苦」。四苦とは生・老・病・死で、八苦はこの四苦に愛別離苦(あいべつりく)【愛する者と別れる苦しみ】怨憎会苦(おんぞうえく)【憎しみを感じるものと出会う苦しみ】求不特苦(ぐふとっく)【求めるものが得られない苦しみ】五陰盛苦(ごおんじょうく)【色(肉体・物質的)、受(感覚・印象)、想(知覚・想像)、行(意思・記憶)、識(認識・意識)の苦しみ】を加えたもので、簡単に言うと「生とは辛く苦しい世界なのだ」ということ。不条理な人生を「苦しいのは生きている証なのだ」と割り切って暮らすのに役立つ教えだったのです。一方で、「真面目に頑張っていれば、いつか幸せがくるよ」という言葉が大嫌いでした。だって、それまでも真面目に頑張ってきたから。一体いつまで真面目に頑張れというのか? キレイゴトの慰めの言葉にしか思えませんでした。

でも、今はこの言葉を素直に受け入られる自分がいます。

冒頭で瀬良垣さんは「幼少期から30代までの生活環境では、今の平凡な状況を想像すらできない生活を送っていました」と書かれていますが、私もまったく同じ気持ち。

振り返ってみると、母とのトーシツライフが戦場、修羅場になってしまったのは、正しい情報を得ておらず適切な医療から遠のき、上手な立ち回りができていなかったために生活改善につながるような福祉サービスを受けられなかったことが要因です。

そして、子どもの頃、同じ立場の子どもたちに巡り合うことができていたら、悩みや問題を共有しながら前に進むためのアイデアを一緒に練れただろうと思うのです。持て余した負の感情も、「他のみんなも同じ」だと知ると、「な~んだ、そうだったのか」と心も軽くなったでしょうね。

心に残った瀬良垣さんの言葉。

「母(お茶目怪獣)と過ごした日々でオイラの現在は作られ、存在もしている。ツラいこともいっぱいあったが、それらを乗り越え落ち着いてきた今、これからの人生を意地でも楽しく過ごしたいと考えている。最終的な結果が出た時点で、これまで起きた苦しい、ツラい経験は、全てが過去の出来事になった。そして、笑い話になった。」

穏やかに暮らす現在も、私の人生観は相変わらず「四苦八苦」なのですが、四苦八苦の中にいても「嬉・喜・楽・愛」などを上手に感じられるようになりました。私もこれからの人生を意地でも楽しく過ごしたいです。

現在葛藤中のみなさんに、エールを送りながら筆をおきます。

2020年5月

新装版へ向けてのあとがき「ちょっと待った!最後にそうきたか。」

その日、オイラは職場での会合後の懇親会に参加していた。懇親会では酒を酌み交わし盛り上がっていたが、22時を超えた頃、携帯が鳴った。携帯に目をやると、母の病院からであった。嫌な予感が走り電話に出ると、看護師長からであった。

「瀬良垣さん、先ほどお母さんが亡くなりました。」

オイラは、自宅から妻と子を呼び寄せ病院へと向かった。病院へ着くと、母は安らかな顔をしていた。そばに立ちすくむオイラに先生から説明がされた。

「本日、〇月〇日……の死亡となります……。」

あれっ? えっ、そうだ、今日はオイラの誕生日だ。今日? そうきたか……。

それが、最後のメッセージかよ。難解だぞ、おっかー。

この本は、オイラの中の妙な気持ちが抑えられなくなり、2017年に自費出版をしました。出版後、様々な方から感想を頂きました。

「救われた」「看護師です。この本を広げてほしい」「泣けた、笑えた、気が楽になった」等の言葉を頂きました。また、同様の悩みを抱えている方々の家族会との出会いによって元気をもらいました。高校生はこの本を参考にし「精神疾患を患う親を持つ子供」でレポートをまとめ発表を行うなど、広がりを見せています。

不思議なことに、母親を通し様々な人と出会うことになりました。

今回、この本を読まれた方々の声を背中で感じ、全国展開のご理解をいただいた日本評論社様より、あらためて出版を行うことになりました。

これまでお世話になった、地元出版社ボーダーインク様、読者様、家族会様、高校生の皆様等にあらためて感謝します。今後とも、ご支援、ご指導の程よろしくお願いいたします。

母とは旅行に行ったことはないが、本を通じ共に歩む旅が始まりそうです。

「……どうやら……母は、まだ生きているようだ。」

目次

■刊行によせて(中村ユキ)
■はじめに
■本書を読む前に
■序章:オイラの「幸せ」な幼年時代
楽しいドライブ先では熱烈歓迎が待っていた/天使たちに囲まれた「幸せ」/父親がいなくても幸せ/おばあちゃんに連れられていった先は
コラム:素直にお礼は言えないがとりあえず少々感謝する

■第1章:「お茶目怪獣」の登場
突然出来上がった「母親」/もしかしてオイラの家って変?/「おっかー」が「お茶目怪獣」に/毎日の説教で洗脳されそうなオイラ/グレるにも余裕が必要だ
コラム:超プラス思考で考えれば、オイラの環境も悪くはない

■第2章:非日常的なオイラの日常
ある朝お茶目怪獣が行方不明/察して欲しいオイラの事情/地獄絵巻図的夕食時間/母に「殺されるかも」の恐怖/朝起きると異臭がした/お茶目怪獣にとっての良薬/自分も化ける?その確率と恐怖
コラム:相談できる相手がいれば助かることも
コラム:普通ではない中にいると感覚が麻痺する
コラム:ツラい現実は認めるしかない、その上でどうするか考えよう

■第3章:まだまだ悩みは深く続く
高校に行けるだけでも幸せだ/お茶目怪獣とのしばしの別れ/オイラが就職できた理由/ツラい現実と普通の顔/もしも、お茶目怪獣が自殺したならば
コラム:隠して生きる人生は疲れる
コラム:自殺企図は排除すべき

■第4章:オイラの最悪な恋愛事情
彼女を作れない理由/探し物をあきらめると見つかったりする/「だから何よ」に仰天/ストレスマックスで取っくみあい/結婚への面接は4対1/オイラが親でもそう思う
コラム:「逃げるが勝ち」
コラム:どんな人でも必要不可欠な大切な存在である

■終章:新たなる始まり
カバンちっちゃすぎのかけおち/赤ちゃん誕生で変化が/義母からの最後の言葉と和解/全てから解放された
コラム:気がつけばみんな同じだったりする

書誌情報