(第22回)技術革新を実務に活かすための思考法(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2020.06.22
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所、AI-EI法律事務所の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

山内鉄夫「技術革新と不動産登記」

法律時報92巻5号(2019年4月号)85頁~90頁より

法律時報2019年5月号(本体価格 2,000円)

近年の急速な技術革新により、分野を問わず多様な取引に新たなテクノロジーが利用されるようになっている。このような環境のもと、個別の商品やサービスだけでなく、制度的インフラに新しいテクノロジーを取り入れようとする動きも見られる。たとえば、2019年に成立した会社法改正では、株主総会資料の電子提供を可能とする見直しが行われている。

新しいテクノロジーを実務に取り入れようとする場合、時としてテクノロジーを使うこと自体が目的となってしまい、実務のニーズに適合しなかったり、利用できる者が限られてしまったりすることで、想定したように制度の利用が進まないといった事態が生じ得る。一方で、新しいテクノロジーによる変化を嫌うことにより、導入する前からあら探しばかりしたり、顕在化する可能性が極めて低いリスクを過度に重要な問題と捉えたりすることも起こり得る。このような場合には、技術革新が進んでもせっかくの新しいテクノロジーが実用されないことになってしまう。

いずれのケースも、特に経済のグローバル化が進む中では、日本の企業の国際的な競争力の低下につながる望ましくない状況である。結局はバランスが重要であり、実務の状況やニーズを理解しつつも、既存の実務運用に拘泥するのではなく、柔軟な発想でテクノロジーを活かそうとする姿勢が必要といえよう。

本稿は司法書士の山内鉄夫氏が日本登記法学会第4回研究大会で行った報告をもとに、不動産登記制度に新たなテクノロジーを取り入れることの課題を解説するものである。不動産登記制度の技術革新の歴史およびブロックチェーンの仕組みについて解説を行った上で、不動産登記制度にブロックチェーンやスマートコントラクトの技術を取り入れることについて、実務的な見地から批判的・懐疑的に考察をしている。そして、ビットコインに用いられているブロックチェーンを前提とすると、不動産登記制度にブロックチェーンを導入することのメリットは大きくないと論じている。

ブロックチェーンあるいは分散型台帳技術(DLT)をビットコインのような仮想通貨(暗号資産)以外の分野で取引などの記録に用いる試みは、広く行われるようになってきている。もっとも、本稿の執筆時点では、仮想通貨や電子的なトークン以外の用途でブロックチェーンが実用化されている分野は必ずしも多くない。ブロックチェーンは打ち出の小槌というわけではなく、本稿で示唆されているように、十分な考慮なしにブロックチェーンを不動産登記制度に取り入れるのでは、実務的なメリットを得ることは難しいと思われる。

その上で、本稿は、登記手続を技術的に簡易化すべきことやブロックチェーンが素晴らしい技術であることを認めつつ「手続に至るまでの実体法や手続法の世界は、法律の専門家がその使命と職責に基づいて、必要に応じ代理あるいは後見的に関与すべきなのであって、不動産登記と技術革新についても、それを前提として論じられるべきである」と述べ、法律実務家による法的な観点からの関与なしに不動産登記制度の技術的な検討を進めることに警鐘を鳴らしている。同時に法律実務家が「日々進展する様々な情報の収集をするとともに、狭い業界内で議論するだけでなく、X-Tech関係者に向けて正確な情報を発信することが重要となろう」と述べ、法律実務家の側が最新のテクノロジーに関する情報収集やテクノロジーの関係者に対する情報発信を行うことの重要性を指摘する。

このような筆者の主張は、やや既存の実務運用に囚われている面があるように思われる。もっとも、不動産登記制度のような多くの取引の基盤となる制度的インフラに新たなテクノロジーを取り入れるに際しては、細部まで法制度と整合していることが必要であり、かつ、生じ得る全ての事象に対応できることが求められる。その意味で法律実務家の知見・経験を十分に活かすことが必要といえる。そのため、本稿が指摘するとおり、法律実務家からテクノロジーの関係者への制度の実態やニーズに関する情報発信は重要であろう。ただし、それとともに、テクノロジーの可能性や限界を十分に理解し、柔軟な発想を持って新たな制度の構築に取り組むことも法律実務家の重要な役割といえる。技術革新を活かして制度の利便性を高めるためには、既存の実務を理解しながら、テクノロジーの可能性を前向きに検討することのできるバランスのとれた思考法が求められよう。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として『債権法実務相談』(商事法務、2020年、共著)『金融資本市場のフロンティア』(中央経済社、2019年、共著)、『金融とITの政策学』(金融財政事情研究会、2018年、共著)、『ファイナンス法大全〔全訂版〕(上)(下)』(商事法務、2017年、共編著)、『FinTechビジネスと法25講』(商事法務、2016年、共編著)等。論稿多数。