(1)パンデミックと子どものこころ(野坂祐子)

特別寄稿/いま、子どもの育ちを支えるためにできること| 2020.04.29
特別寄稿:いま、子どもの育ちを支えるためにできること

新型コロナウイルス感染症が猛威を振るうなか、多くの子どもたちが不安を感じながら家庭で過ごしています。臨床心理士として児童福祉領域や学校現場で活動する野坂祐子先生(大阪大学大学院)に、子どもへの関わりでおとながこころがけるべきポイント、「トラウマインフォームドケア」の視点などについて解説いただきました。

パンデミックというストレス

新型コロナウイルス(COVID-19)感染症の拡がりによって、子どもを取り巻く生活環境が大きく変わりました。テレビでは連日、罹患した人の数が発表され、深刻化する医療体制が報じられています。突然決まった休校の措置は長期化し、先行きの見えない状況のなかで、不安や焦りはつのるばかりです。子どもの生活の乱れや健康上の問題、学習の遅れなど、親や教員にとって気がかりなことも増えていきます。

こうした状況にもっとも影響を受けているのは、成長期にある子どもにほかなりません。でも、子どもを支えるおとなも生活の変化を余儀なくされ、心理的な余裕が持てないのが現状です。

学校に行けず、友だちとも会えない。外出はままならず、家にこもる生活にも飽きていく。家族みんながイライラして、一緒にいるのに気持ちはバラバラ。子どものいる状況では、思うようにテレワークもはかどらず、まして就労や収入面の心配があれば、おとなも逼迫した状況におかれます。

そんな親の苦労を察した子どもは、それゆえに、ますます不安になって落ち着かなくなっていきます。ソワソワ、ダラダラした子どもの様子を見ると、おとなも、つい小言が口をついてしまう……。おそらく、そんな光景はどの家庭にもあるのではないでしょうか。

遊びたい、勉強したくない、どうしてお出かけできないの?――そんな子どもの願いや不満を「それどころじゃないんだから」となだめたり、叱ったりしながらも、おとな自身、感染への不安と日常生活を取り戻したい欲求との葛藤を感じるものです。おとなも「こんな生活がいつまで続くんだろう」と途方に暮れて、いろんなことが限界だと感じられるようになり、「もう、がまんできない」という状況かもしれません。

パンデミック(世界的大流行)は、感染症による死亡や医療崩壊といった危機を引き起こすだけでなく、社会のシステムを根本から変え、日常生活が不安定になることでのストレスを生じさせます。このストレスにさらされながら、いままで通りに(あるいは、これまで以上に)子育てをしたり、仕事をしたり、健康に気を配らなければならないというのは、とても大変なことです。

ウイルスにどう対処するか、といった問題だけではありません。ストレスといかにつきあっていくか。それが、パンデミック下の生活において重要なポイントになります。

子どものストレス

「うちの子は、ストレスなんてなさそう。一日中、ゲームばかりして、朝は起きないし」
「家で過ごすようになってから、わがままばかり。甘やかさないようにしなくっちゃ」
「登校日に久しぶりに会えた子どもたちは、みんな大はしゃぎで元気そう。よかった!」

長い時間、家庭で過ごすようになった子どもが、ゲームや夜更かしをしたり、自分でやれることまで親の手を借りようとしたりすると、親のほうがストレスを感じるかもしれません。子どものだらしない態度が目についたり、それでなくても忙しいときに手がかかったりすると、おとなもうんざりするものです。また、子どもたちを心配していた教員にとっては、子どもの元気すぎる様子に驚きつつも、その姿を目にして安心するかもしれません。親も教員も、子どもを心配しているからこそ、イライラしたり、安堵したりするのです。

実は、こうした子どもの行動は、どれもストレスのサインと考えられます。

感染症という見えない脅威は、子どもの年齢によっては、まだピンとこないこともあれば、わからないからこそ、とても怖いと感じていることもあります。思春期の子どもであれば、この先どうなるのか、自分の将来が不安になったり、親の仕事や家計の状況を心配したりしていることもあるでしょう。

子どもの場合、パンデミックの実態よりも、身のまわりの変化やおとなの顔色を手がかりにして危機を察します。

子どものこころに起きていること

「何が起きているんだろう」「この先、どうなっちゃうんだろう」という見通しのきかなさは、子どもにとっては、とてもおそろしく感じられます。世界で起きている深刻な状況を見ると不安な気持ちに圧倒されて、何もやる気がしなくなることもあります。不安だからこそ、ゲームに没頭したり、無気力になって、勉強やお手伝いをする気になれなかったりするのです。

幼い子どもは、不安や緊張が高まると赤ちゃん返り(退行)をします。もう大きくなったのに、親にまとわりついたり、甘えたりします。親にとっては「もう、ひとりでできるでしょ」と思えるようなことも、ストレスがかかるとできなくなってしまうのです。このように、ストレスの影響によって表れる行動を「ストレス反応」といいます。

おとなからすれば怠惰やわがままに見える行動も、子どものストレス反応としてよくあるものです。

一方、こんなときでも元気にふるまう子どもたちもいます。ふだんよりテンションが高く、はしゃいだり、いつになくおしゃべりだったりします。

もしかしたら、それもストレス反応かもしれません。子どもは不安で落ち着かなくなると、テンションが高くなったり、興奮しやすくなったりします。元気そうに見えますが、こころのなかは緊張してドキドキしていて、よく眠れなかったり、集中できなくなったりします。

なかには、苦労しているおとなを気遣い、心配をかけまいと無理をしている子どももいます。そうした子どもの優しさに助けられることもありますが、それが子どもの不安の裏返しであることを気に留めておかなければなりません。

子どものサインを受けとめる

ほかにも、コロナ関連のニュースや情報を見たがったり、逆に、その話題を嫌がって避けようとする。イライラして、きょうだいゲンカや親への反発が増える。食欲の低下や偏食、睡眠の変化(眠れない、寝てばかりいる)、体調不良などのストレス反応もよくみられます。

お子さんの様子がいつもと違うと感じたときは、何らかのサインだと思って受けとめましょう。コロナに限らず、悩みや困りごとがあるのかもしれません。おとなに気にかけてもらうことで、子どものストレスはやわらいでいきます。

「(2)子どもへの関わりかた」に続く

「特別寄稿/いま、子どもの育ちを支えるためにできること」をすべて読む


◆この記事に関するご意見・ご感想などございましたら、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


野坂祐子(のさか・さちこ)
大阪大学大学院人間科学研究科准教授。臨床心理士、公認心理師。専門は発達臨床心理学とジェンダー学。主に、児童福祉領域や学校現場において、性被害・性問題行動などへの介入実践・研究を行う。著書に『トラウマインフォームドケア:“問題行動”を捉えなおす援助の視点』(日本評論社、2019年)ほか。