(第19回)AI関連データ保護と、営業秘密・限定提供データの関係(濱野敏彦)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2020.03.24
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

奥邨弘司「人工知能に特有の知的成果物の営業秘密・限定提供データ該当性」

法律時報91巻8号(2019年7月号)24頁~32頁より

近時、AI技術の利用が進んでいる。そして、本年から始まる5G(第五世代移動通信システム)サービスによる通信の高速化・大容量化、及び、働き方改革を推進するための業務効率化の必要性から、今後もAI技術の利用が進んで行くことが予想される。

AI技術の利用が進むにつれて、データの価値が高まっている。例えば、深層学習(Deep Learning)によりプログラムを作成する場合には、学習用のデータの質が高く、また、量が多いほど、高い精度のプログラムを作成することができるため、当該データの価値が高まっている。

また、深層学習以外の機械学習(重要な要素、パラメータ等を抽出する機械学習)等によるデータの分析結果の価値が高まってきているため、その基となるデータの価値が高まっている。

そのため、データをどのように保護・管理・利活用していくかが、企業の競争力の源泉、及び、業務効率化(働き方改革の推進)という観点から重要になっている。

データは、主に営業秘密として保護されていたが、このようなデータの価値の高まりを受けて、営業秘密には該当しないが、価値のあるデータを新たな知的財産として保護するために「限定提供データ」が創設され、昨年7月1日から施行されている。

このように、データは、主に営業秘密又は限定提供データとして保護されるが、両者は、その定義、及び、不正競争行為において類似している。また、秘密管理性の要件を充足しないために営業秘密に該当しない情報が、限定提供データになり得る点で、両者は、いわば、補完的な関係にある。

そのため、データの保護・管理・利活用を検討する上で、営業秘密と限定提供データの関係を理解することが重要である。

法律時報2019年7月号(定価:税込 1,925円)

本稿では、営業秘密の要件(非公知性、有用性、秘密管理性)と、限定提供データの要件(限定提供性、電磁的相当量蓄積性、電磁的管理性、非秘密管理性(「秘密として管理されているものを除く」))について、両者の要件を対比する等してわかりやすく説明しているため、両者の関係を理解する上で有益である。

特に、限定提供データの非秘密管理性(「秘密として管理されているものを除く」)の要件の解説が興味深い。

この要件は、経済産業省が策定した限定提供データに関する指針において、「本規定の趣旨は、このような「営業秘密」と「限定提供データ」の違いに着目し、両者の重複を避けるため、「営業秘密」を特徴づける「秘密として管理されているもの」を「限定提供データ」から除外することにある。」と説明されており、この説明自体は、明確、かつ、合理的なものである。

しかし、「秘密として管理されているものを除く」という文言を形式的に見れば、全体として公知であるデータを秘密として管理している場合には、当該データにどれだけ高い価値があるとしても、営業秘密と限定提供データのいずれによっても保護されないことになってしまうようにみえる。即ち、当該データは、データ全体として公知であり、非公知性を有しないため営業秘密としては保護されず、また、秘密として管理されているために「秘密として管理されているものを除く」という要件を充足せず、限定提供データとしても保護されなくなってしまうようにみえる。

そのため、全体として公知のデータを限定提供データとして保護するためには、「秘密として管理されている」という要件を満たさず、かつ、「電磁的管理性」を満たす特別な管理を行わなければならないのではないかという懸念が生じかねない。

(本稿でも指摘されている通り、実際問題としては、非公知性を判断する上では秘密管理性もある程度考慮せざるを得ない。そのため、そもそも、全体として公知であるデータが秘密管理されているという場合がそれほど多いわけではない。)

この点について、本稿は、要件の解釈から当該データについても限定提供データに該当するという解釈論を展開している。

即ち、本稿では、「秘密として管理されている」という要件を充足するためには、当然に、管理される対象は「秘密」であることが求められるため、秘密でない情報をいかに厳重に管理しても、秘密管理性は認められないとの立場を取っている。

このように解すれば、全体として公知であるデータについては、いくら厳重に管理をしても「秘密として管理されている」ことにならないから、限定提供データの要件である「秘密として管理されているものを除く」という要件によって除外されることはなく、限定提供データとして保護され得ることになる。

当該解釈は、非秘密管理性(「秘密として管理されているものを除く。」)の趣旨と整合的な解釈であるといえる。

このように、本稿は、データ保護における中心的な知的財産である営業秘密と限定提供データの関係について詳しく解説されており、AI関連データ等のデータを実務的にどのように保護・管理・利活用していくかという観点から、示唆に富む論考である。

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濱野敏彦(はまの・としひこ)
2002年東京大学工学部卒業。同年弁理士試験合格。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2007年早稲田大学法科大学院法務研究科修了。2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年弁理士登録。2011-2013年新日鐵住金株式会社知的財産部知的財産法務室出向。主な著書として、『秘密保持契約の実務』(共編著、中央経済社、2016年)、『知的財産法概説』(共著、弘文堂、2013年)、『クラウド時代の法律実務』(共著、商事法務、2011年)、『解説 改正著作権法』(共著、弘文堂、2010年)等。