『悩む子どもを育てる親 子どもの才能を伸ばす親:養育能力格差社会の光と影』(著:鍋田恭孝)

一冊散策| 2020.01.22
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

親の育て方で子どもの人生が決定的に決められる時代になった。

スポーツの世界では、卓球の愛ちゃんを見てもおわかりの通り、多くの選手の親もかつての選手であり、本人は幼児期からその競技に親しんだ二世選手が多くなっています。そうではなくとも、親が子どものころから十分なサポートをしている選手ばかりです。今や、親と二人三脚で伸びてきた選手が圧倒的に多くなっています。

つまり、スポーツの世界では、明らかに親の育て方が決定的に重要になった時代だということです。プロ野球選手でも、子どものころは貧しい家業の手伝いをしているうちに体が鍛えられ、ある時期になって、その競技をしたらすごい才能を発揮したという往年のタイプの選手(西鉄の稲尾など)はいなくなりました。今や小学生から野球をしていなければ、まず一流選手にはなれません。それは親がそのような環境を用意しなければならないということです。

学力においても親の育て方が決定的に影響する時代になっているようです。東大生の家庭の年収が高いことが話題になりましたが、それは、お金というよりも、親からさまざまなサポートが豊かに与えられることが原因だと考えています。つまり単に「お金」の要因ではないのです。つまり、経済状態に連動するあるいは付随する親のサポート力が、決定的な影響を与えるものと考えています。ですから、経済的に豊かでなくとも、子どもの養育において、豊かなサポート・刺激を与えられる家庭であれば、一流大学に入学できるのです。子ども4人をすべて東大の理Ⅲ(医学部)に入学させたという佐藤亮子氏が話題となっています。彼女の家はそれなりに豊かな家ではありますが、彼女自身の子どもの勉強へのサポートはすさまじいものがあります。そのサポートが素晴らしいのであって、子どもの教育のために大金を使ったわけではないのです。

芸術の分野でも、学力以上に、親のサポートの優劣は決定的です。ピアニスト・辻󠄀井伸行さんの母親のいつ子さん、彼女の息子の才能を見抜く感性の鋭さ、そして、それを伸ばすための細心でかつ精力的なサポートや行動力には抜きんでたものがあります。

ますます時代は、親の育て方、特に母親の子どもへの関わり方が決定的な時代になりつつあるようです。素晴らしいサポートを受けた子どもたちは、すくすくと素直にその才能を伸ばすので、鬱屈したような暗さがありません。ある意味、どこか明るくて無邪気さが見え隠れしています。しかも、子どものころからコーチをはじめ大人との付き合いが中心のためか、あるいは、子どものころから豊富なメディアに触れて大人の世界を知るせいか、無邪気でいながら、インタビューなどでは驚くほど成熟した大人びたコメントをします。

今や、少子化が浸透し、1人2人の子どもを母親が十分に手をかけて育てられる時代になったのです。しかも、子どもの才能を伸ばすシステムが世に溢れるようになっています。親自身の養育態度とともに、それらをうまく利用する親の子どもは、すくすくと才能を伸ばせる時代になったと言えましょう。

このようなスポーツや芸術などの世界での若者の活躍を見ると、とても素晴らしい濃厚な親子関係が見られます。これは親が1人の子どもに十分すぎるほどに世話を焼き、エネルギーを注げるようになった現代的な家族状況の明るい側面と言えましょう。これまでにない濃厚な親子関係が生み出した光の側面です。しかし、現代的な濃密な親子関係には負の部分や影の部分もあります。

まずは虐待です。虐待の生ずる要因には、親の養育能力の低さ、育児に関するスキルの欠如などとともに、母親が孤立していることが関連していると言われています。つまり、子どもを育てる能力の無いまま、また、それを補う祖母などの存在の無いまま、孤立し密着して育児をしていることが問題だということです。これは少子化・核家族化とともに、地域社会の喪失による孤立する親子の負の側面とも言えましょう。親における養育能力の欠如や何らかの親としての資質の欠如が、孤立した状況では、崩壊家庭や機能不全家族に至らなくとも、容易に多大な悪影響を子どもに及ぼす時代になっているのです。このような状況は大家族で群れの中で子どもを育てたような、一昔前の環境が消失したことと関係していると思います。そういう意味では、今の母親は、昔の大家族の時代の母親より、難しい環境で育児をしなくてはならない立場に立っていると言えましょう。孤立した養育は危険でもあるし、現代は容易に孤立しやすい社会になってしまったようです。

しかし、親子だけの狭い養育環境が問題となることに関して、精神科臨床をしていて危惧しているのは、虐待や機能不全家族のようなあからさまな問題より、「気付かないうちに悩む子どもを育てる親」の問題です。親の持つ何らかの問題が、つまり、親の偏った考え、思い込みの強さなどが、直接子どもに影響する時代になったのです。しかも、修正する人が家族にいないため、時には底なしの悪影響を与えかねません。特にわが国に多いのは、心配しすぎて手をかけすぎたり、きちんと育てようと思うあまり、子どもの気持ちに目が向きにくくなる母親が問題を起こしやすいようです。

一見、安定しているように見える親子においても、不安の強い母親だけとの関係の中で育てられ、他に補う家族メンバーがいない場合を考えてみてください。子どもはひたすら、不安の強い母親との関係性のみで育っていきます。そのために、思春期になって不安性障害などの病いを発症する子もいるのです。そういう時代になったのです。

極端に言えば、子どもの人生は親の育て方で、メダリストにもなりバラ色にもなれば、灰色にも、時には、苦悩にまみれた真っ黒な人生にもなってしまう時代になっているのです。私は、このような時代を「養育能力格差社会」と呼んでいます。そういう時代になっているのです。良くも悪くも母親の持つ問題が、ダイレクトに子どもに影響してしまう状況になっているのです。

「子どもを育てるにはすべての村人が必要だ」というのは、あるアフリカの部族の言い伝えです。この言葉は、多数の子どもを産み、村社会で育てた一時代前のわが国にも当てはまります。1960年代前半までは、6人以上の世帯が最大多数であり、地域社会も機能していましたから、子どもは生まれた直後から多数の他者の中で育てられました。しかし、4人・5人世帯も激減し、1990年ごろからは2人・3人世帯が増加し始め、今や2人世帯が中心となりつつあります。親子の世帯であれば、2人世帯なら、親1人・子1人であり、3人世帯でも、一人っ子か、親1人に子どもが2人という状況になります。しかも自然な地域社会はとっくに失われています。そのため、子どもは、1人の親の子育てに大きく依存する時代となったのです。現代は、群れ社会の中で育てる猿のシステムから、カンガルーのような、長い1対1の濃厚な関係性の子育てのシステムに移行しつつあるのではないでしょうか。そのため、繰り返しますが、密着する親の養育能力が決定的に、そして直接に子どもに影響する時代となったのです。

子どもたち・若者たちを取り巻く社会状況は大きく3世代に分けられます。世帯人数に限ってここで触れると、戦後の大家族時代(1965年頃まで)、高度成長期の核家族・4人家族時代(1965年~1995年頃まで)、そして現代の2人家族・3人家族が多数派になった時代です(1995年頃以降)。この3世代で家族構成を中心にさまざまな変化が起き、子どもたちを取り巻く環境は激変したのです。それが子どもの養育に影響しないはずがありません。この3世代を比較してみると、子どもたちの置かれている状況や若者たちの変化の理由がある程度わかります。大家族時代においては同胞も多く、近所にも子どもがうようよしていましたから、子どもは親との関係よりも子ども同士で群れて育ちました。子どもたちは群れで鍛えられました。親も忙しくて子どもに手をかけられなかった時代です。貧しかったからハングリー精神もあり、世の中も一度壊れましたから何も揃っていず、自分で開拓しなくてはならず、パイオニア精神もありました。子どもらしい子どもが育った最後の時代だったとも言えましょう。そして、核家族の時代になると、同胞の数は2人が中心になり家族から子どもの群れが消えました。貧困も消えていきました。欲しいものは親が揃えてくれる時代になったのです。地域からは子ども社会が消えるとともに、世の中は高度成長期、子どもは受験戦争時代に入り、塾が乱立し、子どもたちは、家と塾とを往復する時代となりました。そのため、体力が低下していったばかりか、ある時期を過ぎると疲れ切った子どもたちが不登校となり、その数は年々、急増していったのです。そして、最後の核家族も減り、少子化・少数家族化の時代が来ました。子どもたちは1人2人となり、ほぼ親(主には母親)に丁寧に育てられる時代が来たのです。今や2人家族世帯が最も多い社会になったのです。そして、社会には群れる子どもの喪失を補うかのように、子どものためのさまざまな幼児教室やスイミング教室などが世に出揃い、子どもたちの多くはお稽古ごとに、せっせと通うような幼児期・学童期を過ごすようになってきているのです。そのためか、良い影響としては、2000年半ば過ぎごろから持久走などの一部の体力は回復し始めています。

そのため、親に密着され、細やかに手を焼かれはするが、特別な才能教育をされることもなく、お稽古ごとでは、インストラクターの指示に従って動き、1人でいるときはSNSやゲームに明け暮れて過ごす子が大半になってきたのです。今や、このような子どもが大勢を占めているかと思います。このように育っていくこの現代の光にも影にも入らない多数派である若者や子どもはどうしているのでしょうか。つまり、平均的な養育能力の親に育てられた多数の若者たちはどうしているのでしょうか。言われたことをそれなりにこなしていく素直な若者、それでいてどこか自己愛的というか自分のペースを崩さない多くの若者が最大多数になってきています。この流れは、豊かになり、大家族が消えていって以来、核家族・4人家族時代および2人世帯・3人世帯が大勢を占めるようになった現代へとつながる流れになっています。しかし、2000年半ばごろから、やや若者は元気さをとり戻してきているような気がします。「熱さ」はないけれど、「それなりに頑張る」元気な若者が増えつつあるようにも感じています。私は、この世代を「それなり世代」と呼んでいます。現代の若者論については拙著『子どものまま中年化する若者たち1)を参考にしていただきたいと思います。本書ではあくまで、主にこの少子化・少数家族化の時代に密着した親との関係性がもたらす、光の部分と影の部分を述べるつもりです。それは「望ましい子育て」と「望ましくない子育て」について述べることになります。

本書の第一章においては、健康な子どもを育てるための養育態度、あるいは子どもへの関わり方について、かなり詳細に述べました。なぜなら、養育に問題のある親、逆に素晴らしく子どもの才能を伸ばした親について語るには、あるべき子育ての全体像を述べておかなければ、ポイントがわからないからです。

ここで述べられた内容の多くを実践していただければ、母親と子ども2人だけの家庭であっても、大金持ちではなくとも、健康で元気な子が育つと考えています。何より、子育てには健やかな母子関係が重要なのです。それがどういうものかを知ってほしいのです。そういう意味では、本章だけで子育ての手引き書になると思いますし、少し大風呂敷を広げるとすれば、「子育てのバイブル」になる内容になっていると自負しています。

そして、第二章では「養育能力格差社会」の影の部分ともいえる、問題のある親子関係の具体例をなるべくわかりやすく述べました。悪い例を知ることで、反面教師として、自分の養育の参考にしていただきたいと思います。

また第三章では、「養育能力格差社会」の光の部分ともいえる、子どもの才能を豊かに伸ばした3人のお母さん方の養育態度について述べました。やはり、才能を伸ばすには、健康な子どもを育てる条件以外のプラスアルファーがあるようです。子どもの才能を伸ばしたいと考えている親御さんの参考になると思います。

第四章では、幸運にもピアニストの辻󠄀井伸行さんを育てた辻󠄀井いつ子さんにインタビューができました。そこで、いつ子さん自身がどのように育てられ、どのような方であって、そのうえで、どのように伸行さんの才能を見つけ、どのように関わられたかを述べたいと思います。ここには、子どもの才能を伸ばす母親とはどういうものかを考えるヒントがたくさん見つかると思います。

最後の第五章では、3人のお母さん方が、子どもを健やかに育て、そのうえ、才能を伸ばした養育態度の共通点について私なりにまとめてみました。驚くことに、3人のお母さん方の育て方には、私が第一章で述べた健やかで元気な子どもを育てる条件がほぼすべて揃っていました。そのうえで、才能を伸ばすためのプラスアルファーがありました。子どもの才能を伸ばしたいと思っている親御さんは参考にされるとよいかと思います。

今や、「まったり」と、あるいは「それなり」に元気に生きる若者の合間を、鍛えられ純粋培養されたとでもいえるようなサラブレッドのアスリート・アーティストたちが疾走し輝いている時代になりました。そして、それとともに、一方で、さまざまな苦しみを抱き、心を閉ざしているような若者が密やかに生きているというのが、現在のわが国の若者・子ども事情のような気がしています。そして、この分かれ道は親の育て方で決まると私は考えています。大人であるあなたはどのタイプで育てられたのでしょうか。また、親であるあなたは、自分の子どもをどのように育てようとしているのでしょうか。

「輝ける若者派」か「苦悩をかかえる若者派」か「それなり派」か。これらは親の養育態度で決まる時代だということを繰り返し述べたいと思います。

本書が子育てをする親御さんに参考となるとともに、臨床家や教師をはじめ、子ども・若者に関わる方々の参考となることを願っております。何らかのお役に立てば幸いです。

目次

はじめに

第一章 健やかな子どもに育てる養育とは
A 養育を考えるうえで知っておくべき子どもの発達のポイント
B 健やかで悩まない子を育てるための基本条件――乳幼児の養育の基本的な心構え
C より明るく元気な子に育てるための望ましい養育条件――幼児期から学童期にかけて
D 養育上の残された問題
E 素晴らしい千住家の子育ての様子

第二章「養育能力格差社会」の影の側面――明らかに子どもを苦しめる親子関係、知らぬ間に悩む子を育てる親子関係
A 明らかに問題のある親子関係――虐待と機能不全家族
B 知らぬ間に、子どもに悪影響を与える養育態度

第三章「養育能力格差社会」の光の側面――伸びやかに才能を育む養育態度、一流のアスリートなどを育てた親の態度
A プロテニスプレーヤー杉山愛さんの母・杉山芙沙子さんの場合
B ピアニスト辻󠄀井伸行さんの母・辻󠄀井いつ子さんの場合
C 子ども4人を東大理Ⅲに合格させた母・佐藤亮子さんの場合

第四章 辻󠄀井いつ子さんへのインタビュー
A いつ子さん自身はどのように育てられ、どのような人だったのか
B いつ子さんの伸行さんに対する養育態度

第五章 才能を伸ばした養育態度とは?
A 子どもを健やかに育てるための基本的な必要条件が整っている――才能を伸ばすための基本的な必要条件
B 子どもの才能を伸ばして一流の子どもに育てる十分条件

むすび
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書誌情報

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