(第16回)経済のデジタル化が国際課税に与える影響(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2019.12.13
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

渡辺智之「経済のデジタル化と国際課税」

租税研究840号150頁(日本租税研究協会、2019年)より

インターネットやその他の情報通信技術によるビジネスの発展は、国際租税法の分野にも大きな影響を与えている。例えば、R国の居住者であるrが、S国の居住者であるsに対して、書籍を販売して利益を得たとしよう。R国はrが自国の居住者であることに基づきrの得た利益に対して課税することが可能であり(居住地国課税)、一方、S国はrの得た利益はrがS国の居住者であるsと取引したことにより生じたものであり、その利益が生じた源泉地としてrの得た利益に対して課税権を行使しようとする(源泉地国課税)。国際租税法は、このように課税権が衝突する場面のルールを取り扱うものである。

伝統的な国際租税法のルールにおいては、書籍販売による利益のような、事業活動による所得に係る源泉地国課税は、恒久的施設(permanent establishment,PE)の有無により画されてきた。すなわち、rが、支店その他の事業を行う一定の場所、一定の建設作業場、一定の代理人など、恒久的施設を通じてS国において事業活動をしている場合には、S国はrの事業活動による所得に課税できるが、恒久的施設が無ければ、S国はrの事業活動による所得に課税できない(恒久的施設無ければ、課税なし)というものである。情報通信技術が発展する以前の世界では、一定規模以上の事業活動をしようとすれば、他国に事業所等の恒久的施設を設ける必要があったと思われる。しかしながら、例えば、電子書籍のダウンロード販売などを考えれば明らかなように、インターネットや情報通信技術の発展は、顧客の存在する国・地域に恒久的施設を設けなくとも、事業活動をすることが可能であり、既存の国際課税のルールは見直しを迫られている。

2012年からOECD・G20にて実施されたBEPSプロジェクトにおいても、電子経済によって引き起こされる課題の検討が行われた(行動計画1)が、他の一般的なBEPS対抗策の成果を期待する方向性が合意され、電子経済のみをターゲットとする特別な対抗策の勧告はされなかった。しかしながら、BEPSの最終報告書では、既存の租税条約等に整合する限りにおいて、市場国(源泉地国)が国内法によって電子経済への対抗策を導入することができることも明示された。そのため、複数の国々で実際に一方的な対抗策を導入したり、導入を検討している状態にある。このような中、2019年初頭より、経済のデジタル化に対抗するための国際的な合意形成に向けた取組みの動きが加速している。130カ国以上が参加するBEPSインクルーシブフレームワークにより策定された、経済のデジタル化から生じる課税問題に対する合意形成に向けた作業計画が2019年6月のG20会合によって承認されており、その計画に沿って、2020年までに最終リポートが作成される予定となっている。

このような国際課税の最近の潮流については、すでに多数の解説や論稿が存在するが、渡辺教授の論稿は、BEPSプロジェクトの1つのイデオロギーであったバリュークリエーションに応じた所得課税という考えと、経済のデジタル化問題への対応の中で要請されている市場国あるいは顧客の所在国に課税権を配分するという考えの関係について、基礎的な視点から再考するものである。

渡辺教授は、両者は基本的には整合しないものであること、しかしながら、マルチサイドプラットフォーム型といわれるビジネスモデルにおいては、市場国においてバリュークリエーションが行われていると考えられる場合があることを指摘している。すなわち、渡辺教授によると、サプライチェーンといわれる通常のビジネスモデルでは、恒久的施設を適切に規定し、その恒久的施設に帰属する所得が独立企業間原則に基づいて正確に算定できれば、その結果生じる課税はバリュークリエーションに応じた課税に近いものとなると思われ、バリュークリエーションの原則は、サプライチェーン型のビジネスモデルに適用された場合には、実質的には独立企業間原則に近いのかもしれないと、分析している。一方、マルチサイドプラットフォーム型のビジネスモデルにおいては、バリュークリエーションの特徴が異なるとする。取引費用の存在により、潜在的には双方にメリットがある取引であっても実際には取引が行われない場合があるが、プラットフォーム企業は、情報の集積と分析を通じて取引自体を「生産」するマッチメイカーとしての役割を果たすことにより新たな価値を創造しており、その前提としてユーザーから情報提供をしてもらう。しかしながら、かかるユーザーからの情報提供は、非関連者間取引であっても、価格がゼロやマイナスになる場合があり(例えば、無料の検索サービスの提供による個人の嗜好の収集など)、独立企業間原則を適用できたとしても、算定所得が各国で生み出される附加価値を反映しない可能性が強い。他方、ユーザーの提供する情報がプラットフォーム企業の利益を増大させるインプットになる(例えば、多くの個人の嗜好が収集されたデータベースに基づくターゲティング広告配信など)ことから、このようなプラットフォーム型ビジネスモデルでは、市場国において何らかの価値の源泉が存在するという議論が成立する可能性がある。

渡辺教授の論稿は、現在進行形で議論が進む国際課税のルールについて、法の経済分析の視点からの検討を提示するものであり、興味深い。

本論考を読むには
日本租税研究協会


◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


この連載をすべて見る


伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2012年より西村あさひ法律事務所・名古屋事務所代表。2016年より東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。