(第17回)終末期医療における法的問題の「抜本的解決」について(佐藤結美)

私の心に残る裁判例| 2019.12.02
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

川崎協同病院事件上告審決定

気管支ぜん息の重積発作により入院しこん睡状態にあった患者から、気道確保のため挿入されていた気管内チューブを抜管した医師の行為が、法律上許容される治療中止に当たらないとされた事例

最高裁判所平成21年12月7日第三小法廷決定
判例時報2066号159頁掲載】

治療中止が法的に許容される要件について、東海大学病院事件判決(横浜地判平成7・3・28判時1530号28頁)では、患者が末期状態にあることを前提に、①治療中止を求める患者の意思表示があること、②治療行為が医学的に無意味といえることが挙げられている。

このように、適法な治療中止といえるか否かにつき、①患者の自己決定権と②医師の治療義務の限界という2つの側面から検討する判断枠組は本件第1審判決(横浜地判平成17・3・25判時1909号130頁)でも踏襲されているものの、控訴審判決(東京高判平成19・2・28判タ1237号153頁)では、①と②のいずれのアプローチにも解釈上の限界があることを指摘した上で、尊厳死の問題を抜本的に解決するには尊厳死法やガイドラインの制定が必要であり、司法が解決を図る問題ではないとされた。

これに対して最高裁決定では、被告人の行為当時は患者の回復可能性について的確に判断を下せる状況になかったことを前提として、抜管行為は被害者の推定的意思に基づくものとはいえないとして、抜管行為は法律上許容される治療中止には当たらないと判断された。

学説の多くは、終末期における治療中止を許容するための要件を解釈から導くということを行っているが、裁判所の法解釈によってこの問題を「抜本的に解決」(控訴審判決)することは果たして可能なのだろうか。

本件第1審判決と東海大学病院事件判決は適法な治療中止(尊厳死)の要件を提示し、後者の判決では積極的安楽死を許容するための要件も述べられているが、結論としては要件を満たしていないとして殺人罪の成立が肯定されている。問題となった事例では患者の意思表示や死期の切迫性に疑問があったが、そもそもの要件が厳格であることから、事実上は治療中止や積極的安楽死が適法とされる余地はないのではないかとも思われる。この問題の「抜本的解決」は司法の役割ではないと述べた控訴審判決は「逃げ」の姿勢を採っているようにも見えるが、裁判所が安楽死・治療中止を正面から認める判断を行うことが社会にもたらす影響力は大きく、医療現場にもしかるべき対応を要求することになる。

また、治療中止についての法案が議論の対象となりながらも未だ実現していないことからも、安楽死・治療中止の是非や、これらを適法とするための条件が社会的コンセンサスを得ていると断言することも容易ではない。「法律上許容される治療中止には当たらない」という本件最高裁の判示から、医師の治療義務が無限であるとは考えていないと思われるが、裁判所としては、社会において評価の定まっていない問題に積極的に踏み込むことに(特に、死亡結果につながる行為を適法と判断することに)躊躇があるのではないだろうか。

刑法202条では自殺関与行為と嘱託殺人行為が違法とされており、その意味で本人の自己決定権は制限されているので、患者の死の意思だけでは犯罪成立を否定することはできない。安楽死・治療中止を適法とするには202条の違法性または責任が阻却されなければならず、従来の学説は①患者の自己決定権と②医師の治療義務の限界から違法阻却を認めようとしてきたが、①については患者が本当に死を望んでいたかを明らかにするのが困難であることから、②については救命可能性がないことの判断につき問題があることから、控訴審判決によって否定されている。違法阻却が困難であれば残るは責任阻却ということになるが、明確な基準を立てるのは違法阻却以上に困難であり、事例判断に頼らざるを得なくなるという点で法的安定性を欠くことになる。

このように考えると、患者の意思や死期の切迫性、治療の医学的有効性を慎重に検討することで、本件第1審判決がいう「疑わしきは生命の利益に」の原則に従って適法性を判断するのが現実的な落としどころであるといえよう。

安楽死を研究テーマとする修士課程の大学院生を指導したことがある。大変熱心な院生だったが、前述した安楽死・治療中止の問題の難しさゆえに、修士論文という形で一定の結論を出させるまでには苦労があった。この機会に、安楽死・治療中止の問題について思うところを書くことができたのは幸いである。


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佐藤結美(さとう・ゆみ 上智大学准教授)
日本学術振興会特別研究員(DC2)、北海道大学法学研究科助教を経て現職。
著書(共著)として『刑法各論判例インデックス』(商事法務、2016年)、『刑法演習サブノート210問』(弘文堂、2020年刊行予定)。最近の論文として「フランス刑法における未成年者の奪い合いを巡る議論状況」法律時報90巻10号(2018年)105~111頁。