『伊藤真の会社法入門 講義再現版』(著:伊藤真)

一冊散策| 2019.10.28
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はしがき

有名な企業が不祥事を起こして、連日のようにニュースで取り上げられることがあります。不祥事を起こしてしまった原因は、利益を追求するためだったり、一部の人間が私腹を肥やすためだったりとさまざまです。このような不祥事を防止するために、コンプライアンスの重要性が説かれています。コンプライアンスとは、法令遵守と訳されており、企業がルールを守って公正・公平に業務を遂行することを意味します。

企業が守るべきルールにもさまざまなものがありますが、もっとも重要なルールを定めているのが会社法です。会社法は、会社の作り方や機関構成、運営のための仕組みなど、会社の基本となるルールを定めています。もっとも、会社法には、多くの規定がおかれており、全部で979条もあります。また、1つひとつの条文も複雑なものが多いです。会社法に関する書籍は多数ありますが、いきなり分厚い専門書に手を出してしまうと、内容がさっぱりわからずに嫌になってしまうでしょう。

本書は、これから会社法を学ぶにあたり、ポイントを短時間でマスターできるようにメリハリをつけて会社法の全体像を示しています。難しい部分では具体例をあげて、具体的な状況をイメージしながら勉強できるように工夫しています。また、図表をふんだんに入れて、視覚的にもわかりやすいテキストを目指しました。

本書を手に取った理由は、試験勉強のためだったり、仕事上で必要に迫られてだったり、あるいは純粋な知的好奇心から、会社法を学ぼうと思ったのかもしれません。そのような皆さんが効率的に会社法の学習を進められることが本書の目的です。まずは本書で会社法の全体像を把握してください。その後、より関心をもった部分を掘り下げて学習すると良いと思います。

試験対策として会社法を学ぶ場合にも、導入として本書は最適だと思います。司法試験の出題範囲をとってみても、会社法、商法総則・商行為、手形法・小切手法という3つの分野があり、このうち会社法に関する出題が多いのですが、本書は会社法の解説部分に紙面を多く割いています。また、商法総則・商行為と手形法・小切手法についても、本書を読めば全体像が把握できるようになっていますので、安心して読み進めてください。

それでは、会社法を勉強する際に気をつけるべきことを少し述べておきましょう。

民法と憲法を生かす

会社法を含む商法は、民法の特別法です。本書でも、会社が取引をする場面を具体例としてあげながら説明する部分が多数あります。そのため、会社法は民法をある程度勉強した後に学んだほうが、効果的に学習できます。民法は私法の基本法なので民法上の重要な概念がそのまま会社法の理解に必要になることがあるためです。法律の勉強がまったく初めてという場合は、本書のシリーズで『伊藤真の民法入門』(日本評論社)を利用して民法の全体像をつかんだあとに本書を利用すると、会社法の理解も格段に早くなると思います。

また、会社法では、憲法の統治部分の考え方が非常に役に立ちます。国会、内閣、裁判所が、ちょうど株主総会、取締役会、監査役に対応するからです。そして、その株式会社の中のさまざまな問題点は、まさに憲法で国会や内閣や裁判所のところで学ぶものとほとんど同じなのです。憲法についても『伊藤真の憲法入門』(日本評論社)をざっと読んでおいていただくと会社法の組織の問題点が体系的にわかってくると思います。

このように、会社法を効率的に勉強するという観点からは、民法や憲法の知識をうまく利用することが重要です。

はじめはメリハリをつける

会社法を含む商法の分野は量が多いものですから、たとえ浅く勉強するにしても、これをまんべんなく全部やろうとしたら時間がどれだけあっても足りません。したがって、重要な部分をまずしっかりとマスターするというメリハリをつけた勉強をすることが大切です。具体的には、会社法ではまず、株式会社の株式と機関の部分をしっかり理解してください。商法総則・商行為は、商人概念と商行為概念を理解するようにしましょう。有価証券法では、約東手形の振出、裏書、支払をしっかり理解してください。

こうして商法分野の骨組みをしっかりと理解してから少しずつ学習範囲を広げていくことになります。そして試験対策として会社法を考えた場合、やはり条文を重視していかなければなりません。本書でも条文を随所に引用していますが、これは会社法では必要な条文が適切に引けてその意味がわかれば勉強の7割は済んだも同然だからです。

対立利益を明確にする

会社法を勉強する際には対立利益を明確にすることがとても重要です。というのは、たとえば会社法の場合は民法と違って、利害関係人が多く登場します。民法では、売主と第三者の2人の利益を静的安全と動的安全ということで調整すればよかったのですが、会社法では、株主の利益、会社債権者の利益、会社自身の利益、取引の相手方の利益、一般大衆の利益と5つの利益の対立を調整しなければなりません。よって、場面ごとに誰のどんな利益が対立しているのかを具体的に検討していくことがとても重要なのです。これから勉強を進めていく上でこうした対立利益をしっかりと意識してどうして問題が生じるのかを自分なりに考えてみることです。結局、法律はいかに対立利益の調整を図るか、それをどう説明するかというものですから、まず、どんな利益が対立しているかを理解することは会社法の勉強においてもとても重要なのです。

理論と実践をともに知る

会社法はもっとも実務で重要な法律のひとつです。そして、実務の現実の運用が教科書に書いてあることとは違うことが多い法律です。実務を知らない学生の方はまず、理論を勉強してそれから実務の世界を知ることになりますが、現場ではどんなことが問題になっているのか今のうちから興味をもっておくことも必要でしょう。その参考になるようにコラムで実務的な問題や一歩進んだ問題を紹介しています。

また、逆に社会人の方は実務は知っているけれども理論的な根拠があやふやということがあるかもしれません。この本は実務の運用のマニュアルではありませんので、実際に運用されていることよりもその背景にある理論的な説明を中心に紹介しています。法的なバックグラウンドを理解し自分なりに確立しておいた方が、日々の実務の運用において自信をもってことにあたることができると思います。理論と実践をバランスよく学ぶことが法律を使いこなすには必要なのです。

そもそも、法律は世の中を円滑にするための道具にすぎません。一度成立したらそれを絶対に死守しなければならないというような硬直したものではありません。不都合が生じたら改正すればいいのです。自分なりに柔軟に考えてかまわないのです。自分の主張を正当化し相手を説得するための道具が法律ですから、まさに使い方しだいで有効な武器にもなり、自分や会社、社会を守る手段にもなります。

会社法というもっとも実践的な法律の理論面を理解し、効果的な使い方ができるように本書を学習の最初のステップとして有効に活用していただければ幸いです。

2019年8月
伊藤真

目次

はじめに

第1部 会社法
1 会社の意義と種類
2 株式会社
3 持分会社
4 組織再編
5 まとめ

第2部 商法総則・商行為
1 商法総則
2 商行為法
3 まとめ

第3部 有価証券法
1 有価証券とは
2 手形の振出
3 手形の譲渡方法――裏書
4 善意者保護の制度
5 支払
6 まとめ

あとがき

書誌情報

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