(第14回)パワーハラスメントの原因と組織(松井博昭)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2019.10.16
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所、AI-EI法律事務所の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

太田肇「パワーハラスメント―組織論の見地から」

ジュリスト1530号(2019年4月)54頁以下

企業に勤める友人から、弁護士が担当するハラスメント研修は法律や判例の解説が詳しくて助かるが、原因分析、再発防止策にどう繋げるべきか分かり難いという耳の痛い指摘を頂戴したことがある。本稿は、パワハラが発生する原因を分析し、解決策を提案したという点で興味深く、主に、企業や使用者側の弁護士が原因分析、再発防止策等を検討する際に参考になると思われた論文である。

職場のパワーハラスメント(以下「パワハラ」という。)とは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」とされている。

「職場内の優位性」には、職務上の地位に限らず、人間関係や専門知識、経験等の様々な優位性が含まれるとされ、上司から部下へのいじめ・嫌がらせが典型例ではあるものの、先輩・後輩間、同僚間、さらには部下から上司に行われる行為も含まれ得る。「業務の適正な範囲」について、業務上の必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワハラには当たらないとされ、一定の限界付けがある。パワハラへの対応策としては、トップがメッセージを発する、ルールを決める、実態を把握する、教育・相談・解決の場を設置する、再発防止策を策定する等が挙げられる。

以上は、厚生労働省「パワーハラスメント対策導入マニュアル(第3版)」に記載された内容であり、一般的な定義、対策として参考になる(なお、近時公表された同マニュアル第4版は改正労働施策総合推進法を基にした定義を紹介している。PDFはこちら)。しかし、パワハラは、加害者が冷静を欠いた状況下で行われることも多い。メッセージや規則だけでは抜本的な解決に繋がらない事案もあるのではないか。

本稿は、パワハラが発生する原因には、「共同体型組織」と呼ぶべき日本的特徴を持つ組織形態が影響しており、会社や役所等の職場、運動部等のスポーツ組織、大学等の教育機関等のそうした特徴がパワハラと深く関わっていると指摘している。

集団には、家族のような共同体としての「基礎集団」と目的を達成するために作られた「目的集団」が存在し、これらは本来異なるものであるが、日本では、目的集団でありつつ、かつ、基礎集団としての性格を持つ「共同体型組織」が見られるとする。「共同体型組織」においては、組織と個人との関係が利害・打算を超えた情緒的な紐帯によって結ばれ、人間関係が濃密で、個々人の責任や権限の範囲が曖昧になる。こうした体制において、組織は個人から、短期的な損得や打算を超えた貢献を引き出すことができる。しかし、個人の組織に対する依存度が増大し、承認欲求の満足が組織に強く依存する、同調圧力や相互依存が高まる、上司から職務を超えた要求や過剰な叱責がなされる等の現象も発生する。通常、組織の構成員が不満を解消する方法として、組織を出ていく「退出」、不満を訴え改善させる「告発」等があり得るが、本稿は、日本の場合、労働市場の流動性が低いため「退出」といった手段が採り難く、また、同調圧力等から共同体の和を乱す「告発」も使い辛いと指摘する。

本稿はこうした「共同体型組織」の性格を踏まえた上で解決策を検討している。

まず、個人の「分化」(物理的、制度的、もしくは認識的に分けられること)を図り、一定の範囲で個人の裁量権を確保することである。在宅勤務やテレワークを通じて分化が進み、個人の分担範囲が明確になれば、逐次上司に相談したり、許可を得たりする必要性が減退し、パワハラを受ける機会も減り得る。

また、上司への依存度を下げる制度も解決策となり得る。「社内FA制度」を導入し、部下に上司との関係を断つ機会を与えることや、「360度評価」により、部下から上司への評価、同僚同士の評価が導入されれば、上司への過剰な依存が解消され得る。さらに、多様な性別、年齢、国籍の従業員を増やせば、共同体的な働き方が困難になり、分化が促進される他、同調圧力を減退させることにも繋がる。

紛争案件を処理し、従業員不祥事の調査をする過程で、依頼者から、原因分析と再発防止策について照会を受けることが幾度もあった。その際には、当該事案を掘り下げ、裁判例や公的資料を含む文献を調査・分析した上で回答していた。しかし、パワハラの事案では、加害行為の態様、加害者・被害者の属性、加害行為が行われた経緯等が裁判等で重要となるところ、個別性がかなり強く、そこから汎用性・実効性のある再発防止策を検討することを難しく感じることがあった。また、実際に特定の人物・役職に権限が過度に集中し、衝突が起きたという状況がある場合、メッセージや規則以外の対応策が必要と思われることもあった。「共同体型組織」も一様ではなく、万能薬は存在しないのかもしれない。しかし、それでも本稿は、組織論のアプローチからパワハラの発生する原因を分析し、再発防止策を検討しており、新しい視座を提供するものとして参考になると思われる。

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松井博昭(まつい・ひろあき)
弁護士(日本・NY州)。AI-EI法律事務所、日中法律家交流協会理事。早稲田大学法務研究科、ペンシルベニア大学ロースクール(LL.M.)卒業。
近時の書籍として『企業労働法実務相談』(共著、商事法務、2019年)、『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(編者、中央経済社、2019年)、『働き方改革とこれからの時代の労働法』(共著、商事法務、2018年)、『アジア進出・撤退の労務』(編者、中央経済社、2017年)等。