『弁護士って おもしろい!』(編著:石田武臣・寺町東子)

一冊散策| 2019.08.20
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

弁護士 石田武臣

人の役に立つ仕事をしたい

人は、誰でも、仕事をするなら、やり甲斐があって人の役に立つような、そして充実感が持てる仕事がしたいという思いを抱くのではないでしょうか。そんな中で、一つの選択肢として、さまざまな困難に遭遇した人々の苦しみと思いを受けとめ、人々に寄り添い、ともにたたかう弁護士というのはどうでしょう。

この本は、そうした取組みを続けている若手・中堅の弁護士たちが、自らの活動を語り、弁護士に何ができるのかを示したいと考えて、一冊の本として送り出すものです。

何とかしたい、きっと何とかなる

人は、明日への希望が持てなければいきいきと生きていくことができません。人は誰でも、明日に希望を持って自分自身の個人の幸福を追求する権利があります。憲法一三条には、「すべて国民は、個人として尊重される」「生命、自由及び幸福追求の権利は、最大の尊重を必要とする」とあります。

しかし、人生には、ときに、希望を失わせるような出来事が起こります。ある日突然、自分や家族が事故に遭遇してしまったり、まじめに働いていても会社がつぶれたり、病気になって職を失ったりします。配偶者の暴力に追いつめられたり、家族が認知症になったり、借金で押しつぶされそうになったり、予想もしなかった困難が重なることがあります。余りの重さに生きる希望を見失ってしまうこともあります。

そうしたとき、人はどうすればよいのでしょうか。困難の中でも「きっと何とかなる、何とかしたい」という気持ちを取り戻し、希望を回復するには、どのような手助けが必要でしょうか。

信頼できる町医者・町の病院のような、人々に寄り添うマチ弁の存在

人は、ケガをしたり、病気になって高熱を出したら、町のお医者さん・病院に行くでしょう。手術が必要な状態であれば、手術が受けられる病院に搬送してもらうことになるでしょう。

人が社会で生活する中で遭遇する事件・事故や困難は、心身の病気・トラブルと同じように、必要な法的アドバイスを受け、必要な法的支援を受けて解決を目指し、ときには裁判所に訴えて解決をはかる必要があります。そして、必要な手当と支援を受けるなら、必ずよりよい解決を見つけ出すことができます。

しかし、現在の日本社会には、誰にも相談できず、どうにもならない状態に追い込まれてしまった人がいます。声をあげられないまま、どこに助けを求めればよいか困っている人がいます。そうした状態におかれた人々に寄り添い、一緒に解決をはかろうとする弁護士=マチ弁が存在します。

戦後の司法改革と司法の停滞

ここで、少しだけ、日本の弁護士の歴史を振り返ってみたいと思います。

一八九三(明治二六)年、江戸時代から続いた代言人制度が改められ、初めて弁護士制度が発足して約一二〇年たちます。そして、一九四九(昭和二四)年、国民主権と個人の尊重・基本的人権の擁護を基礎とする日本国憲法のもとで、戦後の司法改革が行われ、新たな弁護士法が創られて約七〇年がたちます。

戦後司法改革は、新しい日本国憲法が施行されたもとで、基本的人権を擁護する「国民の司法」をうたう新しい司法制度への大きな改革が行われ、弁護士制度も抜本的な改革がなされたのです。

それは、戦前の司法制度・弁護士制度を抜本的に改革するもので、①弁護士の使命は、国民主権のもとに、人々の基本的人権を擁護し社会正義を実現することにあること、②行政権力・検察、裁判所の一切の支配・監督を排除した弁護士自治の確立、③弁護士・裁判官・検察官の法曹三者は対等平等とし、法曹三者の統一的養成制度(統一試験と司法研修所・司法修習制度)の創設、の三つを基本とするものでした。

この戦後司法改革は、裁判所・裁判官のあり方についてはもちろん、弁護士のあり方にも、大きな変化をもたらしました。大企業・富裕層を主要な顧客基盤とする経営法曹・企業系弁護士のほかに、幅広い零細商工業者や一般の中間層市民を基盤とする市民派弁護士が大きな部分を占めるようになりました。また、労働組合運動の急速な盛り上がりを受けて、労働弁護士も一定の国民的基盤を持つようになりました。

しかし、高い理念を掲げた革命的ともいえる制度改革がなされたのですが、それを担う人々・法曹の意識と行動は容易には変革されませんでした。改革から五〇年近く、日本の裁判所も弁護士も、実際には、全体的に「国民・市民から遙かに遠い存在」といわれる停滞の状態が続きました。

弁護士についていえば、一般の市民派弁護士層の大多数が、裁判所の本庁所在地(県庁所在地)周辺に集中して法律事務所を構え、「一見(イチゲン)の相談者お断り。弁護士費用はやってみなければわからない」などといって、実態はさまざまながらも高額所得の上流階層風にみられる存在でした。

多くの国民・市民の目からは、弁護士は「遠い・高い・むやみに威張っている」存在として敬遠され、余程のことでない限り弁護士に相談したり利用したいとは思われない存在でした。まして、特に法的支援を必要とする、国民の一五~二〇%程度を占める貧困層の人々にとっては、弁護士に相談することなどは、「考えも及ばない、関係のない、遠い別の世界の話」でした。

また、刑事事件でも、犯罪を疑われて逮捕・勾留され警察・検察の捜査が続く間は、相当なお金がなければ弁護人を依頼できず、捜査が終わり起訴された後に初めて国選の弁護人が選任されるため、裁判所のチェックが有効に働かない、冤罪の温床となり得る状態におかれて、弁護人が活動する余地がほとんどない「絶望の刑事裁判」といわれる状態が長い間続いていました。

何とかしなければならない――平成の司法改革

このままでよいはずがない、何とかしなければならない。

一九九〇年代に入り、こうした状態を打破しようとする大きな動きが湧き起こりました。国民・市民に身近で利用しやすい、国民・市民のための司法を改めて創っていこうという「平成の司法改革の運動」の大きな波が、弁護士会・日本弁護士連合会を中心として、消費者団体、労働組合、経済団体など各方面に広がり、一九九〇年代半ばから一〇年余りをかけて、「平成の司法改革」が進められていきました。

この平成の司法改革は、強固に形づくられてきた官僚的司法体制にメスを入れる一定の裁判官制度の改革と同時に、①逮捕・勾留された被疑者段階からの国選弁護人選任制度、②国民が司法に直接参加する裁判員裁判の導入と捜査側の証拠の開示、③困難な状態にある貧困層を中心とする低所得層に対する法律扶助予算の大幅増と、全国的な法律支援体制の整備(日本司法支援センター「法テラス」の創設)、④それらの体制を整えるのに必要な弁護士の増員、⑤前記①②③の活動に専従的に従事する法テラスの常勤スタッフ弁護士制度の導入、⑥これら諸活動に必要な、また技術革新と国際化社会で活躍できる法曹を養成する養成制度の改革=法科大学院の創設、という、「戦後司法改革」に匹敵するような大きな改革がなされることになったのです。

同時に、「平成の司法改革」にはさまざまな不十分な点があることも指摘されています。

市民からほど遠い官僚的裁判所の改革・裁判官任用制度の改革がきわめて不十分であること、また、需要予測を誤り、十分な準備がされないまま一気に弁護士人口を急増させたこと、法曹養成制度の基礎である「司法修習生の給費制」を廃止したこと、予定された司法試験合格者数(当面は二〇〇〇人程度)の三倍以上の定員約六〇〇〇人・七四校もの法科大学院の乱立を放置したことなど、実施上の制度設計の誤りによって混乱と被害を大きく増大させた面もありました。そのため、弁護士の一部で「弁護士増員反対・司法改革反対」が叫ばれる事態も生じました。若い人たちの「弁護士志望離れ」がおき、この数年間、司法試験受験者も法科大学院入学者も大きく減少しました。

しかし、その後、弁護士急増問題については二〇一五(平成二七)年に合格者は年間一五〇〇人程度に改められ、また、二〇一七(平成二九)年から司法修習生に生活費を支給する事実上の給費制が部分的に復活し、乱立状態にあった法科大学院も約半数の三五校が廃止・募集停止し、定員も約二五〇〇人程度まで整理統合が進みました。ようやく、急激な改革の負の側面の是正も進められ、混乱も収まりつつあります。

「国民のための司法」の実現に向けた大きな改革を、絵に描いた餅に終わらせず、社会に根づいたものにしていくことができるのか、また、裁判所・裁判官の制度改革を含めたさらなる第二次改革を進められるのか、それが問われています。

もう一歩先へ――マチ弁の新しい行動スタイル

今、弁護士の大多数を占める市民派弁護士の中で、特に若手層で、大きな変化が生じています。

過去に主流的であった「一見の相談者お断り」は全く姿を消しました。事件着手の段階で弁護士費用を見積もり説明することが義務化され、経済的に苦しい相談者には拡大された法律扶助制度を積極的に適用して事件に取り組み、なり手の少なかった国選刑事弁護事件も積極的に受ける姿勢が全国的に広がっています。

民事・家事・労働分野でも刑事分野でも、人々の身近にあって、困っている人々に寄り添い解決していく「市民の弁護士・マチ弁」のあり方が、若手弁護士層を中心に全国各地に根づき、広がってきているのです。

この十数年、日本弁護士連合会と各地の弁護士会の積極的支援のもとで、志の高い若手弁護士が次々と「ひまわり公設事務所」や法テラスのスタッフ弁護士に赴任し、一九九三年当時には裁判所の支部単位で全国に八〇か所近く存在した「弁護士ゼロワン地域」を約二〇年をかけて解消させたのです。そして、さらに第二段階として、全国に三〇〇か所近くあった「人口三万人以上で弁護士ゼロの市町村」に取り組み、ほぼ半数近くで弁護士ゼロを解消してきました。この国のどこでも、どの町でも身近に相談できる弁護士がいる、ようやくその状態に近づきつつあります。

さらに、この七~八年、もう一歩先に進もうとするマチ弁の新しい行動スタイルが広がりつつあります。

それは、弁護士が、法律事務所で相談者が来るのを待っているだけでなく、人々の身近に存在して日頃から相談に応じている市役所の担当課や消費生活センター、社会福祉協議会・地域包括支援センター、さまざまな支援NPOなどの人たちと連携して、アウトリーチして法的支援を届ける新しい行動スタイルです。

被災地支援活動においても、単に「臨時法律相談所」の看板を掲げて待っているだけでは、ごく少数の相談者しか来訪しない、というのが現実です。都市部の困難者支援の活動でも同じです。自分では声をあげられない人、自ら法律相談所などには来ない人たちが、いまだに大多数なのです。いつでも、どこでも、誰でもが相談することができる「市民の法的な駆け込み寺・相談センター」を各地に作りつつ、同時に、そこをベースにしながら、必要とされているところに弁護士が出かけて行くアウトリーチの活動が必要なことがわかってきたのです。多くの失敗の経験も重ねながら作り出されたスタイルが、連携のネットワークをつくりながらアウトリーチしていく、という行動であり、現在、全国各地で徐々に広がりつつあります。

距離の面でも、事件分野の面でも、人々の身近にあって、困っている人々に寄り添い解決していく「市民の弁護士・マチ弁」の新しいスタイルが、若手弁護士層を中心に全国各地に広がり根づいてきているのです。

マチ弁は何ができるのか

人間は、どうにも一人では生きていけない存在です。

さまざまな困難に遭遇し、希望を失いそうになりながらも、人と人とがつながり、必要な支援を受けながら、もう一度生きる希望を回復していく、そうしたことに役に立つ、人々とともに生きる法律家でありたい。

この本に書かれている物語は、そうした思いを持って取り組み続けてきた若手・中堅のマチ弁が、人々と出会い、思いを受けとめ、その人々とともに苦しみ、笑い、ともに希望を回復し、さらに制度の改革を目指してたたかってきた活動の一部をお伝えしようとするものです。

この本は、それぞれ、読者が関心を持つ分野のどこからでも読んでいただきたいと思っています。そして、すべてをお読みいただけたら、「市民派弁護士・マチ弁は何ができるのか」、そして「弁護士という仕事は、苦しくきつい面もあるけど、創造的でおもしろそう」ということがおわかりいただけるのではないかと思います。

弁護士の仕事――特にマチ弁の仕事は、やりがいがあり、とてもおもしろいものです。確かに、司法試験は難関で、多くの時間と努力を必要としますが、挑戦する価値は充分にあると思います。この本の読者の皆さんが、弁護士という仕事に関心を持ち、挑戦していただけたら、と思っています。

目次

    • はじめに……石田武臣
    • 序 章 新しい時代と社会に求められる「新しい弁護士像」……丸島俊介

第1部 一人ひとりの権利を守り、切り拓く

      • 子どもシェルターの活動――カリヨン子どもセンターの現場から……坪井節子
      • 司法と福祉の狭間――罪に問われた障害者……浦﨑寛泰
      • 安全な保育園がほしい――保育事故の現場からの発信……寺町東子
      • 地域の人々と積極的にかかわりながら――新潟県糸魚川地域でのアウトリーチ活動……小出薫
      • 「非正規公務員」という問題……弘中章
      • LGBT支援法律家ネットワーク……山下敏雅
      • 外国人の人権……鈴木雅子
      • あきらめない、発信し、つながる――選択的夫婦別姓を求める人々とともにたたかい続ける……打越さく良
      • Accommodate Difference――違いに居場所を……紅山綾香
      • 「あやまれ・つぐなえ・なくせ」のスローガンのもとで――人権裁判をたたかう弁護士に求められるもの……小野寺利孝

第2部 仕組みを作り、広げていく

      • 裁判員裁判がもたらしたもの……坂根真也
      • 声なき声を発見する――地域の法的支援ネットワーク……太田晃弘
      • 法テラス誕生とスタッフ弁護士制度の創設――公益的弁護士の果たすべき役割……池永知樹
      • ひまわり基金法律事務所(日弁連の公設事務所)の展開と意義……林信行
      • 都市型公設事務所・奮闘の一五年――東京パブリック法律事務所の設立から今……釜井英法
      • 地方中核都市における都市型公設事務所……水谷賢
      • 裁判所の改革――人々の期待に応える裁判は如何にして可能か……石塚章夫
      • 特別寄稿 私たちはなぜ、「安保法制違憲訴訟」を提起したのか……寺井一弘
    • 終 章 他者に触れる仕事……谷口太規
    • あとがき

コラム

    • 学習支援・クローバー――子どもたちの未来に夢を……中谷拓朗
    • 「全件収容主義」とたたかう……児玉晃一
    • 世界の駆け込み寺から――難民認定審査を通じて思うこと……宮内博史
    • 被災地だより――岩手・遠野ひまわりにおける被災者支援の活動……大沼宗範

書誌情報など