(第10回)AIに関する法規制と行政手続・刑事手続(沼田知之)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2019.06.17
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

笹倉宏紀「人工知能の法規制における行政手続と刑事手続-「餅は餅屋」は実現するか

法律時報91巻4号(2019年4月号) 40頁より

近時、人工知能(AI)に関する研究や利活用が急速に進展する中で、AIの研究・開発や利用に伴う法律問題についても、理論的側面、実務的側面の双方で、活発な議論、研究が行われている。例えば、機械学習を行って生成したAIについて誰がどのような権利を有するのか、AIが生成した創作物についてどのような知的財産権が発生するのか、AIが予期せぬ動作を行った結果、人の身体や財産に危害を加えた場合に誰が法的責任を負うか(誰に故意・過失を認めることができるのか)、AIが契約を締結した場合、契約の有効性をどのように判断すべきかなど、多岐に亘る論点につき、多くの論稿が公表されている。

法律時報2019年4月号
定価:税込1,890円(本体価格1,750円)

本稿は、そのような多くの論稿の中にあって、刑事訴訟法の専門家の視点から、AIの法規制を実現するための手続に係る基本的な視座を提供するものである。執筆者である笹倉教授は、これまでも、行政調査と刑事手続、あるいは行政制裁と刑事制裁の関係につき多くの論稿を公表されているところ、本稿においても、AIに係る法規制の目的を達成するため、行政手続と刑事手続がどのように分業ないし協働すべきであるかとの視点から論を進められている。

笹倉教授は、行政手続と刑事手続には、①手続の主体、②法的規制の寛厳、③訴訟手続によらない法律関係形成の可否、④公益実現の方法(許認可取消等の直截的方法か、回顧的処罰による将来の法益侵害の防止か)等の違いがあるとした上で、法規制の目的達成という観点から最適な分業ないし協働の在り方を模索すべきと指摘される。そして、我が国における行政手続と刑事手続との関わり合いの3つの類型として、(a)行政調査の過程で、悪質性等に照らして刑罰の発動が相当だと判断し、刑事告発を行う場合、(b)行政庁が、行政の実効性確保の観点から行政上の措置を講ずれば足りるか、刑罰を発動すべきかを見極める犯則調査の制度、(c)事故原因の究明と再発防止策の構築のため、専門的知見に基づき事故調査を行う組織を整備し、刑事手続と独立して調査を進める「事故調査」の制度を挙げる。

AIの研究や利活用に対する法規制については、「開発への萎縮効果を低く抑えつつ、法益侵害の総量の最小化を目指」す1)ことが重要である。このため、笹倉教授は、AIに関する専門的知見と広い政策的視野に立った判断、過剰な萎縮効果を避ける観点、機動性に富む対応の必要性といった観点から、少なくともAIの発展途上期においては、刑事法が法規制の主力となる事態は好ましくないとされる。具体的には、AIを実装した機器等の安全基準違反等については(a)類型、AIの振る舞いに起因する事故の原因究明等については(c)類型による対応が基本となるという。

もっとも、上記のような「餅は餅屋」というコンセプトが貫けるか否かについて、笹倉教授は、我が国においては、公的機関による全容解明が社会的に要請される傾向が強いこと、実質的な強制力や調査技術の蓄積・ノウハウの観点から、行政機関による調査能力が必ずしも十分でないことから、結局のところ捜査機関による事実解明が必要とされ、行政機関はその成果を借用して規制権限を行使することになるのではないか、との懸念を表明される。

この点、近時、独禁法分野では、企業が自主的に違反状態の是正に向けた計画を作り、公取委の認定を経て、処分を受けないようにする確約制度が施行され、公取委と協力内容等を事前に協議・合意した上で、調査協力に応じた減算を受ける新しい課徴金減免制度が導入を控えている。AIに関する法規制においても、同様に、被調査者や被処分者(例えば、開発者や機器の利用者)に行政機関への調査に協力させるインセンティブを与える制度を設けることが考えられる。もちろん、このような制度が実効的に機能するためには、行政機関の側で、違反状態の是正のために必要な措置や、被調査者がどのような調査協力を行えば実態解明に資するかについて、被調査者・被処分者と協議できるだけの専門性を有していることが前提になる。しかし、萎縮効果を低く抑えつつ法益侵害を小さくするという観点からは、このような行政機関と被調査者・被処分者との対話アプローチは一つの解決策になる可能性がある。笹倉教授は、AIの規制に係る新規立法に際しては、既存の規律に縛られない柔軟な発想で手続規定を整備する必要性が大きいが、我が国の立法において整合性が過度に重視され、既存法令の枠をはみ出る新規立法が困難な状況にあると指摘される。かかるご指摘は誠に正鵠を射たものであるが、既存立法の中に見られる新たなアプローチを、AI規制との関係で活用できないかを検討することも有用であると思われる。

最後に、笹倉教授は、アメリカ食品医薬局(FDA)を例に挙げながら、専門的知見を有する専門家集団・所管官庁らによる自己規律・規制を第一義とするためには、「評判・評価」、すなわち「餅屋」に対する社会の信頼が不可欠であるとして、AIに係る法的規制を担う機関が実績を重ねて評判・評価を得ていく必要性を説かれる。この点は、被調査者・被処分者の側に立ち、それをサポートする弁護士にも同様に当てはまる御指摘であり、背筋を正される思いがしたことを付け加えたい。

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沼田知之(ぬまた・ともゆき)
東京大学法学部、同法科大学院修了後、2008年より西村あさひ法律事務所。主な業務分野は、危機管理、独禁法。海外公務員贈賄、国際カルテル、製造業の品質問題等への対応のほか、贈収賄防止、競争法遵守、AIを活用したモニタリング等、コンプライアンスの仕組み作りに関する助言を行っている。主な著書・論稿として『危機管理法大全』(共著、商事法務、2016年)、「金融商品取引法の課徴金制度における偽陽性と上位規範の活用による解決」(旬刊商事法務1992号(2013年3月5日号))等。

脚注   [ + ]

1. 宍戸常寿編『新・判例ハンドブック情報法』(日本評論社、2018年)223頁[西貝吉晃]。なお、西貝氏は、本稿所収の法律時報91巻4号の特集「人工知能の開発・利用をめぐる刑事法規制」に「コネクティッドカーシステムに対するサイバー攻撃と犯罪」と題する論稿を掲載されている。