(第11回)十分条件は充たされていたか?(北村喜宣)

私の心に残る裁判例| 2019.06.24
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

大阪泉南アスベスト国家賠償請求訴訟上告審判決

1 労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとされた事例

2 労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法 (昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとはいえないとした原審の判断に違法があるとされた事例

最高裁判所平成26年10月9日第一小法廷判決

【判例時報2241号3頁掲載】

いわゆる泉南アスベスト国家賠償事件である。最高裁第一小法廷の前には、国の責任について異なる判断をした控訴審2判決(①大阪高判平成23年8月25日判時2135号60頁〔否定〕、②大阪高判平成25年12月25日訟月61巻6号1128頁〔肯定〕)があった。

①と②の判断を分けたのは、「昭和33年(1958年)頃には、石綿工場労働者の石綿肺等罹患状況が相当深刻である事実が明らかにされていたという状況のもとで、一般の石綿工場において、石綿粉じん曝露対策として有効な局所排気装置の設置を義務づけることになる労働省令改正をするための技術的知見が存在していたか」に関する事実認定であった。①は「ない」といい、②は「ある」という。

控訴審の事実認定が異なっていたため、第一小法廷は、約60年前の事実について、自ら事実認定をする羽目になった。そして、②の判断が妥当と判示した(平成26年10月9日判時2241号3頁)。昭和33年5月26日には、実用性ある技術的知見は存在していたのであるから、同日に省令改正をして、罰則をもって装置設置を義務づけるべきであった。そして、それをしなかった不作為は国家賠償法1条1項の適用上違法であるから、国は賠償責任を負うという。

「昭和33年5月26日」とは、局所排気装置の設置を求める行政指導をするようにという労働省労働基準局長通達が出された日である。判決は、行政指導により設置はそれなりには進んだが、台数不足や保守管理不良のために、昭和46年になっても、現実の労働環境は依然として改善されていないと認定している。その日に省令改正をしていたらこんなことにはならなかったという前提があるのだろう。必要条件である。

「しかし、」という違和感が消えないでいる。かりに上記日に省令改正がされて即日公布され、急を要するがゆえに猶予期間なしに翌日に施行されたとする。果たして、原告らが勤務していた大阪府泉南地域の石綿工場は、法律規制に納得をして速やかに局所排気装置を設置しただろうか。さぼっている当該工場に対して、労働基準監督署は厳しく対応しただろうか。そうしたために、原告らの疾病は発症しないか軽症となっていたのだろうか。要するに、「省令改正権限の行使」「原告らが勤務していた小規模零細工場における確実な装置設置と適切な運用」「被害の非発生」との間に因果関係はあるのだろうか。判決は、この十分条件の充足を当然視しているようにみえる。判例解説や評釈についても同様である。

もっとも、その立証を原告らに求めるのは、きわめて酷である。行政執行過程論の観点からは興味深い論点であるが、判決が語る予定調和的ストーリーも、原告救済を重視すれば、「ま、いいか」である。

また、判決は罰則をもっての設置義務づけを強調し、例示という趣旨からか、旧労働基準法(昭和22年制定)とじん肺法(昭和35年制定)の規定を引用する。これらは、「義務づけ⇒罰則」という直罰制である。ところが、その義務づけは、「必要な措置を講じなければならない」(旧労働基準法42条)というように、明確性に欠ける。これに対して罰則が規定されるが(同119条1号)、財産権規制といえども明らかに違憲である。判決はどのような規定ぶりを想定していたのだろうか。昭和22年と昭和35年の立法は違憲だが昭和33年はそうではなく規定できたと期待するのは無理だから、罰則をもった義務づけをしても適用しようとすれば無罪となってしまう。

もっとも、こうした指摘は被告がすればよいのであるが、それはされていない。罰則つきなら義務履行確保が確実にできるという整理も、原告救済を重視すれば、「ま、いいか」である。

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北村喜宣(きたむら・よしのぶ 上智大学法学部教授)
1960年京都市生まれ。横浜国立大学助教授、上智大学法科大学院長などを経て現職。専攻は、行政法学・環境法学。近著として、『廃棄物法制の軌跡と課題』(信山社、2019年)、『環境法〔第2版〕』(有斐閣、2019年)、『空き家問題解決のための政策法務』(第一法規、2018年)、『自治体環境行政法〔第8版〕』(第一法規、2018年)、『環境法〔第4版〕』(弘文堂、2017年)がある。趣味は、落ち枝細工。