手術後の女性へのわいせつで医師に無罪─東京地裁せん妄の可能性認める

ロー・フォーラム 裁判と争点(法学セミナー)| 2019.04.16
毎月、全国の裁判所で数多くの判決や決定が下される中から、私たちの社会に問題を提起する判決、法律学上の議論に影響を及ぼす判決など、注目の裁判を毎月ひとつずつ紹介します。
月刊「法学セミナー」より、毎月掲載。

(奇数月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」772号(2019年5月号)に掲載されているものです。◆

東京都足立区の病院で手術した女性患者にわいせつな行為をしたとして、準強制わいせつ罪に問われた被告の男性医師(43)に対して、東京地裁は2月20日、無罪(求刑・懲役3年)を言い渡した。大川隆男裁判長は「女性患者が麻酔の影響でせん妄状態に陥り、わいせつ行為を受ける幻覚を体験した可能性がある」と指摘した。

被告は都内の病院で乳腺手術を担当した乳腺外科専門医。一貫して無罪を主張し、検察側と激しく争っていた。「せん妄状態」は脱水や手術といった何らかの負担が体にかかった時に脳に生じる機能障害。意識がもうろうとしたり、見えないものが見えたりすると言われている。こうしたせん妄状態の有無が真正面から争われた性犯罪事件は珍しく、さらに、警視庁科学捜査研究所(科捜研)による鑑定のあり方も問われる公判となった。

女性証言に信用性認める

医師は2016年5月、女性患者の右乳房の乳腺腫瘍を摘出する手術を行い、直後に女性の左乳首をなめるなどしたとして起訴された。

判決はまず、被害を受けたという女性の証言について検討。大川裁判長はカーテンで仕切られた4人部屋の病室のベッドで女性が被害を受けたことなどは「かなり異常な状況というべきものであることは否定しがたい」としながらも、女性の証言の核心部分は具体的で迫真性に富んでおり、供述の一貫性もあるとして信用性を認めた。

判決はその上で、①手術が術後せん妄の危険因子とされる乳房手術だった②全身麻酔や鎮静に使われるプロポフォールを多量に投与されていた③手術による侵襲から起きた疼痛を感じ、かつ鎮痛剤の投与が通常より少量だった……ことなどから、「女性は麻酔から覚醒する際にせん妄状態に陥りやすい状態にあった」と指摘した。女性が麻酔から覚醒した時の動静なども踏まえて「女性がせん妄状態に陥り、それに伴って性的幻覚を体験していた可能性も相応にある」と述べた。

検察側は公判で、女性患者の胸から採取された付着物から医師のDNAが検出され、その量が多かったことを指摘することで「医師が女性の乳首をなめ、吸った事実が強く推認できる。これらは女性の証言の信用性を裏付ける」と主張していた。

これに対して判決は、女性の乳首付近から採取された付着物から医師のDNAが検出されたことは認めつつも「医師の触診で付着した汗などの体液や唾液の飛沫により、DNAが女性の胸に付着する可能性がある」として検察の主張を退けた。

DNA型鑑定についても、個人識別に関してであれば極めて高い精度を持つことが科学的に承認されていることを認めた上で、「検察はDNA型鑑定にアミラーゼ鑑定を組み合わせて、個人識別のみならず、DNAが由来する体液等を鑑定し、さらに犯行態様をも立証しようとしている」と言及。鑑定を担当した科捜研の研究員が鑑定経過を記していた資料には鉛筆で書き込みがなされ、その内容を修正する際に消しゴムで消して書き直していたこと、鑑定に使われた抽出液の残りを廃棄していたことに触れて「検査者としての誠実さに疑念がある」と厳しい見方を示した。検察側が医師のDNAが多量に付着していた証拠として示した鑑定を「証明力は十分とは言えない」と結論付けている。

鑑定担当者の「誠実さに疑念」

判決後には医師と女性患者がそれぞれ記者会見した。医師は「社会的信用や職を失い、大変な思いをした」と語り、女性は「DNAが検出されたのに、この事件が無罪なら性犯罪被害者はどう訴えればいいのか」と涙ながらに訴えたという。

東京地検は地裁判決を不服として控訴しており、裁判の舞台は2審に移る。有罪、無罪の行方はもちろん、鑑定に対する評価を含め、東京高裁の判断が再び注目されそうだ。(Y)

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