(第8回)ソフトローの「使い方」を再考する(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2019.04.10
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

河村賢治「ソフトローによるコーポレート・ガバナンス」

法律時報91巻3号(2019年3月号)25頁~31頁より

近年、日本でもソフトローによって規律づけが図られる場面が増えてきている。ソフトローの捉え方は論者によって区々であるが、本稿では「国が直接制定・強制するものではないが、対象者の行動に影響を与える規範」と定義される。本稿は、特に上場会社のコーポレートガバナンスに関するソフトローによる規律について、考察を行うものである。

法令のようなハードローではなく、プリンシプルベース・アプローチやコンプライ・オア・エクスプレインの仕組みを取り入れたソフトローによる規律を用いることの有用性については各所で論じられているところであり、本稿も「法令よりも迅速・柔軟に策定・改訂を行うこと」や「各企業・機関投資家の多様性を確保しつつCG改革ないしベストプラクティス形成の動きを後押しすること」ができることをあげる。もっとも、本稿の興味深いところは、ハードローとソフトローとの役割分担のあり方、ソフトローの形式的・実質的な正統性問題、コンプライ・オア・エクスプレインの機能・当否などについて議論が続いていることを指摘した上で、日本におけるコーポレートガバナンスに関するソフトローについて、ルールを策定する側とルールの適用を受ける側のそれぞれの運用状況に問題意識を投げかける点である。

法律時報2019年3月号
定価:税込1,890円(本体価格1,750円)

本稿は、まず、コーポレートガバナンスに関するソフトローの策定に大きく関わっているのが、金融庁と経済産業省であることを指摘し、コード、ガイドライン、報告書などの形で多数のソフトローが策定されてきたことを紹介する。これらのソフトローのうち、日本版スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードなど一部のものについては制定・改訂に際してパブリック・コメントの手続がなされているが、研究会の審議によってまとめられた報告書等が実務上、ソフトローと位置づけられる例もある。そのような状況を踏まえて、本稿は「仮に実務において相当の影響力を持ちうるものをガイドラインなどとして策定・改訂するのであれば、例えばパブリック・コメント手続を行うことでその当否を問う/正統性を高めるなどの措置を講じることも考えられるのではないだろうか」と指摘する。また、近接ないし重複する領域において、複数の官庁・団体から多数のソフトローが公表されている状況を踏まえ、本稿は、「様々なガイドラインなどが公表されることに伴う実務側の負担やガイドラインなどを軽視する風潮が広がるおそれなどにも配慮する必要があるのではないだろうか」とソフトローの策定者側に対して警鐘を鳴らす。前述のとおり、ソフトローによる規律に長所があることは本稿においても述べられているとおりであるが、そのような長所を踏まえてソフトローによることが選択されるのではなく、本来、会社法や金融商品取引法などのハードローによって規律すべき事項について、法令の所管や立法手続の負担の関係でソフトローの形式でルールを策定しているではないかとの疑いを感じるケースも存在しないわけではない。本稿の指摘する正統性や実務負担の観点も踏まえ、ハードロー、ソフトローのいずれの方式が適切かについても吟味された上で、ルール作りがなされていくことを期待したい。

次に、本稿は、コーポレートガバナンス・コードの適用を受ける会社のコンプライ・オア・エクスプレインの運用に対しても具体例を紹介して疑問を投げかける。監査役会設置会社であるA社は、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していないにもかかわらず、コーポレートガバナンス報告書において「指名委員会又は報酬委員会に相当する任意の委員会の有無」を「なし」としており、外形的に補充原則4-10①を充足していないように見えるにもかかわらず、コーポレートガバナンス・コードの各原則を実施していると表明している(本稿は「A社としては、コンプライとする理由があるのかもしれないが、それがいかなる理由なのか読み手にはよく分からない」と述べる)。一方、任意の指名諮問委員会・報酬諮問委員会を設置しているB社は、社内取締役2名・社外取締役2名の計4名で構成される指名諮問委員会について委員長が社内取締役となっている点を踏まえて、独立した任意の委員会として機能することの詳細なエクスプレインを行っている。本稿は、このような2つの事例を紹介し、「会社によってコンプライのレベル感は異なり、コンプライ率の高さだけでCGの良し悪しを判断すべきでないことを示す一例ではないだろうか」と評価する。コンプライ・オア・エクスプレインの仕組みの下では、コンプライを選択する方が(良くも悪くも)目立ちにくくなり、また、説得力のあるエクスプレインを考える手間がかからない点で、実務対応が楽となる面があることは否定できない。もっとも、本来、エクスプレインが求められる場面で、説明なしにコンプライと表明する運用がなされてしまうと、「ベストプラクティス形成の動きを後押しする」というソフトローの効果は期待できなくなる。ソフトローが各当事者がなすべき行為を判断するプリンシプルベースを基準とするとしても、本稿が指摘するとおり「コンプライやエクスプレインの質」にバラツキがあるようでは、ソフトローによって市場全体の規律を高めることは難しくなる。

コーポレートガバナンスの分野を中心に、ソフトローによる規律が増えつつある状況の中で、どのような場面でソフトローによる規律を採用し、また、策定されたソフトローのコンプライ・オア・エクスプレインをどのように運用していくか、ソフトローの「使い方」について、熟慮することが求められている。実務に即した問題意識を指摘する本稿は、ルールを策定する側を含む全ての市場関係者にとって、ソフトローの規律の意義や使い方に向かい合うための道標になるものであろう。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。02年西村総合法律事務所入所。10年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所パートナー弁護士。金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、京都大学法科大学院非常勤講師。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として『金融とITの政策学』(金融財政事情研究会、18年、共著)、『ファイナンス法大全〔全訂版〕(上)(下)』(商事法務、17年、共編著)、『ここが変わった!民法改正の要点がわかる本』(翔泳社、17年)、『FinTechビジネスと法25講』(商事法務、16年、共編著)等。論稿多数。