『平和憲法の破壊は許さない なぜいま、憲法に自衛隊を明記してはならないのか』(著:寺井一弘・伊藤真・小西洋之)

一冊散策| 2019.02.04
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに 「自衛隊明記」改憲の危険性迫る

1 再び戦争をしてはならない

「一瞬にして十五万人もの死傷者を出した長崎原爆の恐怖を、私は今でも忘れることはできません。私たちを苦しめ続けた戦争と核兵器の被害は、長崎を最後にしてほしいと思います」。

これは、七三年前に長崎で被爆した牟田満子さんが安保法制違憲訴訟の東京地方裁判所の法廷で陳述された言葉です。そして、長崎原爆被災者協議会の会長で二〇一七年八月三〇日に逝去された谷口稜曄さんは、二〇一五年八月九日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典において次のように訴えました。谷口さんは一六歳で被爆し、「赤い背中の少年」と呼ばれ、全身をさらし原爆の非人間性を最後まで訴え続けられた方でした。

「戦後、日本は再び戦争はしない、武器は持たないと世界に公約した『憲法』が制定されました。しかし、いま集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦争中の時代に逆戻りしようとしています。政府が進めようとしている戦争につながる安保法制は、被爆者をはじめ平和を願う多くの人々が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません」。

戦争こそ何千万人を殺戮し、暴力や差別、そして言論弾圧を必然的かつ大量に生み出す最大の人権侵害であること、そして、日本国民が戦後七〇年間以上にわたって憲法九条のもとで戦争への道を食い止め続けてきたこと、私たちは、この事実を決して忘れてはならないはずです。

2 安倍政権の暴挙と安倍総理の野望

安倍政権は、二〇一四年七月一日に集団的自衛権行使容認の閣議決定を行い、二〇一五年九月一九日の未明に強行採決によって安保法制を成立させる歴史的暴挙に出ました。この法案については、多くの国民市民はもとより大多数の憲法学者、最高裁判所長官や内閣法制局長官の経験者らが強く反対の声をあげましたが、安倍政権はそれらを一顧だにせず、強行採決したのです。国民主権のわが国において、憲法改正という正規の手続を経ることなく、戦争への道を切り拓く憲法九条の実質的改定が内閣による「解釈改憲」という、前例のない政治的手法によって実現されるに至ったのであります。これは、長年にわたって歴代内閣が堅持してきた政府の憲法解釈を犯罪的な手法によって破棄したものであり、完全に立憲主義に背反する暴挙でした。

そして、強行採決から半年、安倍総理は、この違憲の安保法制を二〇一六年三月二九日に施行し、米国との共同訓練の実施や防衛大綱の見直しによる空母の保有など自衛隊の「軍隊」化を押し進め、ついには憲法改正に挑戦することを公言するに至っています。そして安倍総理は国会での改憲派三分の二の議席をバックとして二〇一七年の憲法記念日である五月三日に「二〇二〇年オリンピックの年までに新憲法を施行する」と豪語し、二〇一八年の三月には二〇一二年の自民党改憲草案で「国防軍」と位置づけている自衛隊を憲法に明記するという自民党案をまとめました。これをもとに安倍総理はこの年の通常国会において憲法改正の発議をしようともくろんでいましたが、「森友問題」や「加計問題」などの数々の不祥事により、憲法審査会での議論がまったくできなかったことは皆様ご承知の通りです。しかし、安倍総理は改憲をどうしても成し遂げたいとして、「今まで以上にすべての人生を懸け、努力を重ねる」などと訴え、昨年の九月に実施された自民党総裁選に立候補し、三選を果たし、新たに三年の任期を手に入れました。これで彼の総理在任期間は戦前も含めて最長となります。

3 憲法改悪の策動

安倍総理は総裁三選を足場に、念願の改憲の発議に向けてさまざまな動きをしてきましたが、十月下旬からの臨時国会では改憲シフト人事で抜擢した下村博文自民党憲法改正推進本部長による「野党議員の職場放棄」発言や、相次ぐ閣僚の不祥事などへの対応に追われることになりました。こうした中、一部のマスコミにおいては、二〇一九年の通常国会での改憲は時間的に困難、「レームダック(死に体)同然」の安倍政権においての改憲はきわめて困難となっている、などの論評を展開するところとなりました。

しかし、ここに来て、衆参で三分の二を超える現有勢力の改憲派を利用して本年夏の参議院選挙前に改憲の国会発議を強行してくる危険性がきわめて高く、場合によってはそのための国民投票を参議院選挙と同じ日に実施する可能性も大きいという情報に接することになりました。そして安倍総理は昨年一二月の臨時国会が終った後の記者会見で「二〇二〇年の新憲法施行という目標は今もその気持に変わりはない」と公言しました。

私たちは、近代立憲史上にも例がない憲法破壊を強行した安倍総理の手によって、国のあり方を根本的に転換させる改憲を強行することはいかなる意味でもあり得ないと考えていますが、安倍総理が残りの三年間の任期中に改憲を図るにはこの時期しかないとみられること、安保法制はもとより、特定秘密保護法から二〇一八年末の入管法改正までの国会における一方的、独善的な強行採決、直前の県知事選挙で顕著に示された沖縄県民の総意を無視した昨年一二月一四日の辺野古沿岸部への土砂投入の強行などという政治手法に鑑みますと、こうした画策を現実的なものとして警戒しなければならないとの認識を強くしています。

4 今こそ求められる国民の立ち上がり

そこで私たちは、この危機的な状況を広く国民の皆様に訴えて安倍総理による狂暴な改憲策動を阻止していくためにはこの半年が文字通り勝負の時と考えて『平和憲法の破壊は許さない』というこの小冊子を刊行することにいたしました。安倍総理による「自衛隊明記」改憲の法的な意味や社会への恐るべき影響、そもそも解釈改憲はなぜ平和憲法の破壊であるのか、私たちの平和憲法にはどのようなかけがえのない価値があるのかなど、改憲阻止と平和憲法の堅持のための最重要の論点についてわかりやすくご説明するものです。安倍総理は一年半後に迫った「東京オリンピック・パラリンピック」に国民の関心を誘い、集団的自衛権の行使を容認した安保法制の下の自衛隊の「軍隊」化を覆い隠し、さらには、「新しい国づくり」と称する改憲を一気に強行することを必死にもくろんでいますが、これらの暴挙を決して許してはならないと考えております。国民、市民のみなさんにこの恐るべき事態を知っていただき、自らの手で世界に誇るべき平和憲法を守って、「戦争をしない国づくり」を実現するために立ち上がっていただきたいと心から願っております。

目次

はじめに 「自衛隊明記」改憲の危険性迫る
第1章  「自衛隊明記」改憲が強行される具体的根拠
第2章  憲法への「自衛隊明記」は何を意味するか
第3章  解釈改憲と「自衛隊明記」改憲による憲法破壊の手法
第4章  「自衛隊明記」改憲阻止のため私たちがなすべきこと
第5章  平和憲法「破壊」のあとの日本はどうなるのか
第6章  平和憲法の成立とその社会的意義
第7章  憲法改悪に向けての歴史的変遷——軍事立国への衝動
第8章  安保法制違憲訴訟はなぜ提起されたか
第9章  司法の現状と問題点
第10章  国民と世界へのメッセージ

書誌情報など