『学習障害のある子どもを支援する』(編:宮本信也)

一冊散策| 2019.01.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

2005年に発達障害者支援法が施行され、特別支援教育のもと、医療・教育領域のみならず広く社会全体においても発達障害への関心が高まってきています。発達障害特性のある人では、その特性を背景とした問題は、成績(performance)の問題や行動の問題として表面化してきます。前者に該当するものとしては、知的発達症、コミュニケーション症、限局性学習症(学習障害)、発達性協調運動症が、後者には自閉スペクトラム症とADHDがあります。

ところで、成績の問題が中心となる発達障害では、問題に気づかれることが遅れがちで、理解や適切な支援も行われにくいという状況が少なくありません。行動面の問題は、周囲から気づかれやすく、周囲も対応に困ることが多いため、早い段階で専門機関へ相談されやすいのに対して、成績の問題があっても行動面の問題がなければ、周囲からはあまり問題視されないことが多くなるからです。

本書で扱っている学習障害は、気づかれにくい発達障害の代表的なものです。学習障害の中心は、文字の読み書きができない発達性読み書き障害(読字障害)と算数の学習スキルの習得が困難な算数障害です。文字の読み書きができなかったり、計算で繰り上がり繰り下がりがわからなかったりしても、席に座っており、集団行動は行い、周囲を困らせるような行動面の問題がなければ、そうした子どもたちは、国語が苦手な子、算数が苦手な子と見られるだけで、問題の本質に気づかれることが少ないからです。また、国立成育医療研究センターの小枝達也先生は、学習障害のある子どもたちは、自分ができないということが恥ずかしいので、できないことを隠そうとするとも述べています。そうした状況が、学習障害をますます気づかれにくくしているともいえるでしょう。

本書では、適切な理解と支援を受けにくい学習障害について、その概念、特徴、対応方法などが包括的に解説されています。本書のもととなったのは、2016年に発行されました『こころの科学』187号の特別企画「学習障害を支援する」です。今回、単行本化するにあたり、内容の見直しと追加を行い、より充実した内容といたしました。本書が、学習障害のある人たちへのよりよい理解と支援が広がることにつながることを心より期待するものです。

白百合女子大学  宮本信也

目次

第1章 学習障害とは――学習障害の歴史……… 上野一彦

学習障害(LD)誕生の背景と歴史/学習障害(LD)のわが国への伝播/学習障害(LD)の定義をめぐって/障害カテゴリーとしての残された課題

第2章 医学領域における学習障害――MBDから限局性学習症へ……… 平林伸一

MBD概念の成立まで/MBD概念の解体とLD概念の成立/いわゆる非言語性LDについて/今日の医学におけるLD概念

第3章 日本における学習障害の頻度――文部科学省の実態調査から……… 柘植雅義

本章の目的/2003(平成15)年公表の調査/2012(平成24)年公表の調査/両調査の意義と限界と今後

第4章 発達性読み書き障害とは……… 宇野 彰

発達性読み書き障害とは/ディスレクシアという用語について/出現頻度/生物学的原因仮説/大脳機能低下部位/発達性読み書き障害に関与する認知能力/定義から考えられる診断評価/具体的な検査/音読の流暢性の発達およびその障害/根拠に基づく指導法/成人になった発達性読み書き障害例

第5章 読字の発達とその障害の検出法……… 稲垣真澄

ひらがな音読の発達/絵の呼称の発達/読字障害の判断に至る臨床症状とは/読字障害の判断に活用可能な検査とその特徴/読字検査の実際

第6章 算数障害とは……… 熊谷恵子

大人の計算障害に関する神経心理学的、認知神経心理学的研究/発達性算数障害/学習障害の中の算数障害/医学的定義/アセスメント(査定)/まとめ

第7章 学習に困難をもつ子どもにとっての英語学習……… 小林マヤ

現在と今後の日本の英語教育/学習に困難をもつ子どもはどれくらいいるのか/英語学習の何が難しいのか/合理的配慮に則って/子ども自身にできること/言語学習の基礎を早くから養う重要性/日本の現状に照らし合わせて――まずは教師のトレーニングから

第8章 学習障害の評価――ICTの活用……… 奥村智人

学習障害の評価/CBT/CAT/今後の課題

第9章 学習障害のある子どもの学校での合理的配慮と基礎的環境整備……… 涌井 恵

はじめに――合理的配慮とは、その子を排除しないためのもの/インクルージョンと合理的配慮と障害者差別解消法/学校における合理的配慮の提供について/発達障害のある子どものための合理的配慮の具体例/多様性を認める学校風土づくりの重要性――合理的配慮の円滑な実施を支える基礎的環境整備

第10章 多層指導モデルMIMを用いた読みにつまずきのある子どもの指導……… 海津亜希子

MIMはなぜ生まれたのか――開発の経緯/MIMとは/これまでの研究成果/MIMの効果をいかに解釈するか

第11章 COGENTプログラムを用いた読みにつまずきのある子どもの指導……… 中山 健

COGENTの理論的背景/COGENTプログラムの概要/COGENTプログラムの実践

第12章 算数につまずきを示す子どもの理解とその指導……… 伊藤一美

算数につまずきを示す子どもたち/就学前にみられる数の知識のつまずきの理解と指導/小学校でみられる算数のつまずきの理解と指導/文章題のつまずきの理解と指導/中学校と高等学校でみられる数学のつまずきの理解と指導/まとめ

第13章 ワーキングメモリと個別の学習支援……… 河村 暁

ワーキングメモリとは/ワーキングメモリのテストと発達的特性/ワーキングメモリと学習支援技術/学習支援の効果の検討/支援の視点としてのワーキングメモリモデル

第14章 学習障害とテクノロジーによる支援……… 近藤武夫

合理的配慮としてのICT利用/おわりに──支援技術の利用を支える専門家や移行支援の必要性

書誌情報

関連情報

この書籍の読者におすすめの書籍はこちら
加藤醇子編著『ディスレクシア入門:「読み書きのLD」の子どもたちを支援する』(日本評論社、2016年)