(第4回)会社法と労働法の交錯(野澤大和)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2018.12.17
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。西村あさひ法律事務所の7名の弁護士が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

土田道夫「事業譲渡における労働契約承継法理の可能性―解釈論・立法政策の提言

法律時報90巻7号(2018年6月号)34頁~39頁より

実務上、事業譲渡又は会社分割のいずれかの手法により、会社のある事業の切り出し(カーブアウト)が検討されることがよくある。事業の切り出しの検討にあたっては、当事会社間で当該事業に従事する労働者の労働契約を承継させるか否かが主な論点の一つとなるため、事業譲渡と会社分割における労働契約の承継の取扱いの違いに留意が必要である。

事業譲渡と会社分割は、権利義務の承継の法的性質に違いがある。即ち、事業譲渡に基づく権利義務の承継は、債権者の個別の承諾を必要とする特定承継であるが、会社分割に基づく権利義務の承継は、法律上当然に承継の効果が生じる包括承継(部分的包括承継)である。労働契約の承継との関係では、事業譲渡の場合は、債権者である労働者の同意が必要であるが(民法625条1項)、同時に、譲渡当事者間の合意も必要である。会社分割の場合は、労働契約承継法によって規律され、承継対象事業に主として従事し、吸収分割契約等に記載のある労働者の労働契約は当然に承継され(同法3条)、承継対象事業に主として従事しながら吸収分割契約等に記載のない労働者には異議申出権が認められ、その行使によって労働契約が承継される(同法4条1項、4項)。

このように、承継対象事業とともに移籍を希望する労働者にとって、会社分割の場合は、労働契約の承継から排除される不利益に対処するための規律が設けられ、雇用の喪失という事態は回避されている。しかし、事業譲渡の場合は、譲渡当事者間の合意により当該労働者の労働契約が譲渡対象から除外されれば、承継排除の不利益があり、雇用の喪失という事態が生じることになる。経済的な実体が類似する事業譲渡と会社分割において労働者の保護につきアンバランスな状況が生じているのである。この点、わが国では、厚生労働省の研究会において事業譲渡の労働者保護に係る立法的規律の必要性が議論されてきたが、未だ実現していない。

法律時報2018年6月号
定価:税込1,890円(本体価格1,750円)

本稿は、このような状況を、事業譲渡に伴う労働契約の承継拒否に直面した労働者の法的保護の観点から深刻な問題であると捉えた上で、事業譲渡における労働契約の承継拒否の問題について、労働者保護を図るための現実的な解釈論と立法政策を提言するものである。

本稿は、まず、従前の学説及び裁判例を概観した上で、労働法上も事業譲渡の特定承継という会社法上の性質を無視できないとして、事業譲渡における労働契約の承継には譲渡当事者間の合意を要すると解する合意承継説を解釈論の基本法理として位置付ける。しかし、合意承継説について、①会社法の保護法益(迅速な企業再編・株主利益最大化)を重視するあまり労働法の保護法益(労働契約・労働条件の保護)を軽視していること、②事業譲渡における労働契約の承継拒否は、譲受会社での雇用継続の期待を有する労働者の既存の労働契約の承継拒否行為として捉えるべきところ、譲渡当事者間の合意の自由(契約締結の自由)の問題と捉えていること、③会社法制定により会社分割において「事業」自体の承継が不要となった結果、会社分割と事業譲渡における権利義務の承継の性質が接近したにもかかわらず、労働者保護についてアンバランスな状況が生じたままであり、修正的解釈が必要であることを指摘する。

本稿は、合意承継説の修正的解釈として、事業譲渡が、事業の実質的同一性をもって行われる限り、譲受会社による労働契約の承継拒否に対して解雇権濫用規制(労働契約法16条)を類推適用し、当該承継拒否が客観的合理性を欠く場合は、例外的に労働契約の譲受会社への承継を肯定すべきであるという解釈論を提唱する。しかし、本稿は、裁判例において合意承継説が圧倒的多数であることから、上記解釈論が難しいことも認める。

そこで、本稿は、過去の厚生労働省の研究会の議論等において事業譲渡の労働者保護に係る立法的規律が不要とされた理由(①判例法理による労働者保護ルールの一応の確立、②当然承継ルールの立法化と事業譲渡の特定承継という原則との矛盾や労働者だけに拒否権を認める政策のアンバランスさ、③当然承継ルールの立法化による事業譲渡・雇用の拡大の阻害のおそれ)に疑問を呈した上で、上記解釈論に加えて、「労働契約の承継を譲渡当事者間合意によって決することを原則としつつ、明示の特約(採用専権条項)に基づく承継拒否に客観的合理的理由および社会通念上の相当性が認められない場合は、例外的に労働契約承継を肯定する」という立法政策を提唱する。そして、本稿は、法の欠缺を理由に事業譲渡における承継排除の不利益を放置することは、法的正義に反し、雇用社会のあり方としても容認できないとして、事業譲渡に関する労働契約承継法制が整備されていない現状を批判し、上記解釈論及び立法政策の必要性を説くのである。

事業譲渡は、会社法と労働法が交錯する典型的な場面である。事業譲渡を行う場合、特定承継であることを理由に、譲渡当事者間の合意の自由を重視し、会社法の保護法益をつい優先しがちである。本稿は、実務家に会社法の保護法益と労働法の保護法益を適切に調整する必要性を改めて気付かせてくれる点で示唆に富む論考である。

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野澤大和(のざわ・やまと)
2004年東京大学法学部卒業。06年東京大学法科大学院修了。07年弁護士登録。08年西村あさひ法律事務所入所。14年ノースウェスタン大学ロースクール卒業(LL.M.)。15年ニューヨーク州弁護士登録・シカゴのシドリーオースティン法律事務所で研修。15年~17年法務省民事局に出向(会社法担当)。主な書籍・論文として、『社債ハンドブック』(共著、商事法務、2018年)、『新株予約権ハンドブック〔第4版〕』(共著、商事法務、2018年)、「みなし清算条項を定款で定めることの有効性」旬刊商事法務2176号(2018年)ほか多数。