『一帯一路からユーラシア新世紀の道』(編:進藤榮一・周瑋生・一帯一路日本研究センター)

一冊散策| 2018.12.26
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

まえがき

なぜいま21世紀シルクロードなのか

一帯一路構想の提唱以来早や5年有余。日本のメディアや論壇は正面から十分に取り上げてきませんでした。中国鉄鋼過剰生産の解消手段だといった国内経済政策論に矮小化するか、中国の「赤い爪」膨張主義論に誇大化するか、あるいは、天空に輝く星座のようなものでしかないという空想論で切り捨てるかの、いずれかでした。

しかし現実の構想は、日本のメディアや中国専門家たちの「解説」よりもはるかに急速かつ現実に、陸上と海上、さらには氷上で着実に、多国間協力で建設が続いています。構想から建設へのいわば第二段階に入っているのです。

創設以来12年を経て国際アジア共同体学会は、2017年11月、その豊潤なネットワークを基盤に、内外の強い要請を受けて日本記者クラブで、「一帯一路日本研究センター」設立発表に踏み切りました。幸い福田康夫元首相が最高顧問に、谷口誠元国連大使以下の著名人士が顧問にご就任下さいました。

ただこの国の内側ではいまでも情報齟齬が続いています。その典型が、本書序章でも触れる「債務国の罠」論でしょう。

すなわち中国は、たとえばスリランカのハンバントタ港建設協力の見返りに巨額の借金を貸し付け、99年間の租借権を勝ち取っている。中国流の新植民地主義の展開ではないか、という俗耳に入り易い批判です。

加えて中国は、バングラデシュ、モルディブ、ソマリアの港湾開発を進め、「真珠の首飾り」戦略を展開し、東南アジアからインド洋、中東、アフリカを制覇しようとしている。一帯一路構想は、赤い海軍拡大戦略の一環だというのです。「債務」漬けにし、事実上の植民地に変える膨張戦略、別名、「債務国の罠」論です。

しかしスリランカの(日本を含めた)対外債務総額は2017年518億ドルで、うち対中債務額は10.6%、55億ドル、ハンバントタ港建設債務は11億ドルで中国が経営権を取得します。それをなぜ、習近平政権下の新植民地政策と切り捨てることができるのでしょうか。そもそも「真珠の首飾り」なる戦略自体、米国製概念です。2005年イラク戦争遂行中の米国ペンタゴンが、海軍予算拡張の正当化のためにつくり出したものなのです。

変貌する現場との交流

「木を見て森を見ない」短絡的発想が、私たちの一帯一路論や中国観自体をも歪めているように思えます。とはいえ私自身、一帯一路構想に関して、確たる全体像を当初から持っていた訳ではありません。

「考えながら走る。是是非非の中立的立場がセンターの基本方針です」—。センター発起人会の挨拶冒頭で私自身が使った言葉です。

発足後、フォーラムやシンポジウムを重ね、研究者や産業人と対話を進めてきました。去る9月には、10名からなる第一次訪中団を結成。瀋陽、大連、庄河、北京で現地視察し、11大学・研究機関・民間団体と国際会合を持ち、4機関と研究交流協定を交わしました。「一億光年の星座」などとうそぶくのではなく、近隣アジア諸国で官民協力で建設推進するいわば「地上の星々」と交流しながら知的交流協定を結びました。

手探りのような実態調査と相互交流活動の中で、一帯一路の建設進行中の実態が、私たちにも明確に見えてきました。その成果の一端が本書です。

ただ日本では、私たち訪中団帰国後、北京の民間団体「シルクロード都市連盟」との交流協定調印式記念写真を、本センターホームページから無断転載し、事実錯誤の上に組み上げた無署名中傷記事 — 「一帯一路「親中派」工作の深謀 — 中国に『懐柔』される日本学術界」と題する非難記事 — を「一帯一路」批判とともに繰り出していることを知りました(『選択』2018年11月号)。

「訪中団は中国の招待による親中派シンパ作り」の一環というくだりが、事実錯誤の最たるものです。現実の訪中団は、現地移動タクシー代や院生通訳代まで、すべて参加者持ち寄りの自前の民間学術調査団なのです。この消し去り得ない事実をここで強調し、併せて、同都市連盟会長、張燕玲中国銀行元副総裁が、黒田日銀総裁の知友であることをあえて付記しておきたいと思います。

大逆転する世界へ

壁崩壊後、世界は確実に変わりました。「アメリカ世界」が終わり「アジア力の世紀」が登場している。その現実をトランプ登場が象徴し、中国の台頭と一帯一路の現実が示しています。

しかしいまだ人々は、その現実を容易に認めることができないようです。2014年IMF報告によれば、GDP購買力平価で中国は米国を抜き、新興E7 (中・露・印・墨など)総額(38兆1410億ドル)が、先進G7 (米日独など)総額(34兆7400億ドル)を凌駕しました。南北逆転と東西逆転が同時進行し、大逆転する世界が展開しています。IMF報告の衝撃です。

それなのにわが国では、若者が世界に出たがらないだけでなく、知識人やメディアが、変貌する世界を直視したがらない。民間市民交流すら、忌避し論難し続けています。150年前の「脱亜入欧」の世界像にいまだ取り込まれ、21世紀情報革命と「パクス・アシアーナ」の波をつかみ損ねているようです。

10月初旬に訪れた、内モンゴル自治区、呼和浩特(フフホト)の透き通る蒼穹下で広がる、アカシアに覆われた近代都市の光景は、11年前の砂嵐にまみれた田舎都市の光景と一変していました。その変貌は、10月下旬に訪れた四川省の辺境の省都 — 陸のシルクロードの拠点都市 — 成都の、いくつもの”銀座通り”を思わせる華麗な賑わいぶりについてもいえました。

グローバル化する都市化の波が、中国先端科学技術の進展と同時進行しています。その実態を、成都の世界最先端グリーンエネルギー電機産業「東方電機(ドンファン)」本社や、南京の世界最大鉄道車輛メーカー「中車(ツォンツエ)」の世界最先端を切る「ものづくり超大国」の現実が垣間見せていました。

案内役の幹部の方々が、技術先進国日本との連携を進めること、そして一帯一路建設を通じて相互協力の実をユーラシア大に広めることを期待し続けていました。モノとカネだけでなくヒトの移動と相互協力が、地域と世界に豊かさと平和をつくり出していく現実を痛感させられたものです。

21世紀情報革命下でいま第三の地域統合が、第三のグローバル化とともに進展しています。第二次世界大戦後の欧州地域統合の第一の波、冷戦終結後、アジア金融危機後のアジア地域統合の第二の波、そしていま世界金融危機後の「一帯一路構想」の第三の波が、ユーラシア新世紀の世界を作り続けています。多極化世界の登場です。

ただ幸いにも、本センター立ち上げと前後して、潮目が変わり始めました。

10月下旬、私たち第二次訪中と時を同じくして、安倍首相一行が、450名の経済人大型訪中団を引連れ北京を訪問し、李総理、習主席と相次いで会談。一帯一路への日本の原則協力参加の方針を打ち出し、第三国日中協力で合意しました。首脳会談では、東シナ海ガス田共同開発合意の「完全堅持」、両国通貨スワップ協定の再開などに合意しました。

同時に北京「第三国市場協力フォーラム」では1,400人の日中企業集団が参加し、「タイのスマートシティー開発」など52案件に調印しました。一帯一路を軸に日中関係の雪解けが始まったのです。

本書が、動き始めた日中関係と一帯一路建設への理解の一助となることを期待する所以です。

以下、ユーラシア新世紀の波をつくる「地上の星々」を、グローバルパワーシフトという天空の目で、斯界一級の国境を超えた25名の研究者諸氏が、前編全4部で明らかにします。後編では全19名の有数の政治家、産業人、教授たちが、貴重な時代の証言を語り継ぎます。一般社会人への理解の一助として、最後に専門用語解説を掲載しました。

20年ぶりでお世話になる串崎浩社長との再会の僥倖に謝し、丁寧な本づくりを導いて下さった斎藤博第二編集部長に深謝申し上げます。

本書中国訳は、周教授の紹介により大連外国語大学共訳で、中国名門出版社、商務印書館より近々刊行予定です。

最後に、稲山元経団連会長の下で日中経済交流の草分けとなり、本センターの設立運営に御協力を頂いている丹羽裕子事務局長に心よりの謝辞を呈し。

一帯一路日本研究センター各位を代表し

2018年晩秋

代表 進藤榮一

注:「債務国の罠」問題に関して、唱新教授に貴重な情報を御教示頂いたことを謝します。出典は、寧勝男「スリランカ債務の現状、実質と問題」『インド洋経済体研究』2018年第4期。

目次

序章 進藤榮一(筑波大学名誉教授) 一帯一路から連欧連亜の道

第1部 一帯一路がひらくるユーラシア新世紀の道
1章 「一帯一路」からユーラシア新秩序へ(河合正弘)
2章 一帯一路が進めるユーラシア・コンセンサス(江原規由)
3章 ユーラシア・バリューチェーンと中国・新成長メカニズムの解明(朽木昭文)
4章 一帯一路と「新時代」の中国経済(大西康雄)
5章 一帯一路とユーラシア新金融秩序の台頭(田代秀敏)
6章 勃興する中国デジタル経済と日中経済協力の新たな可能性を探る(矢吹晋)
7章 パクス・シニカの超え方(大西広)

第2部 一帯一路とアジア地域協力の諸相
8章 シルクロード経済ベルトにおける中欧班列(李瑞雪)
9章 「一帯一路」の進展と北東アジア物流(朱永浩)
10章 地域公共財から見るインフラ投資への日中協力の構築(徐一睿)
11章 中国企業の一帯一路事業の進展と日本企業の参画(朱炎)
12章 「一帯一路」と東アジア海上国際物流の進展と課題(唱新)
13章 氷上シルクロードの新展開と日本(大塚夏彦)
14章 日中協力でTPP11と「一帯一路」構想の両立を(金堅敏)

第3部 一帯一路とサステナブルな発展の道
15章 一帯一路における都市の形成(後藤康浩)
16章 一帯一路の進展と先端農業・健康医療特区構想への参画(中川十郎)
17章 中国のエネルギー・自動車革命と「一帯一路」協力への示唆(李志東)
18章 一帯一路構想と日中環境協力の展開(范 云涛)
19章 東アジアにおける電力貿易の展望―日本も国際連系の実現を(高橋洋)
20章 ユーラシアエネルギー協力と一帯一路(渋谷祐)
21章 一帯一路エネルギー環境共同体の構築(周瑋生)

第4部 一帯一路ガバナンス協力を求めて
22章 グローバルパワーシフトとユーラシア・アジア共同体(渡邉啓貴)
23章 機能不全の「インド太平洋戦略」(岡田充)
24章 一帯一路のガバナンス強化への道(井川紀道)
25章 一帯一路と東南アジア(竹内幸史)
26章 一帯一路構想と日本―地政学と地経学を繋ぐ地技学的観点からの考察(山本武彦)

終章 一帯一路における文化の多元共生とサステナビリティ(周瑋生)

●コラム編
東アジア平和共同体への道(鳩山友紀夫)/一帯一路への参加を勧める(西原春夫)/「一帯一路」構想への日中協力提案(谷口誠)/米中経済戦争を日本の転機に(麻生渡)/米中経済戦争(萩原伸次郎)/日中科学技術協力の深化を勧める(岸輝雄)/変容する日中科学技術競争と一帯一路(沖村憲樹)/ヤマルLNG基地と氷上シルクロード(川名浩一)/アジアスーパーグリッド構想の実現へ(三輪茂基)/一帯一路と日韓トンネル(野沢太三)/韓国のユーラシアイニシアティブ構想と一帯一路構想(郭洋春)/「TPPファースト」からアジア共生の道へ(鈴木宣弘)/一帯一路と中小企業とのウインウイン関係構築を(黒瀬直宏)/「空洞化」と「従属化」を超える転機に」(坂本雅子)/経済成長の前提・成果と課題:ウェルビーイングの観点から(原田博夫)/一帯一路構想と環境社会配慮 — 北京・廈門の会議から(松下和夫)/「一帯一路」を日中両国の共通ロマンに(朱建榮)/「一帯一路」をめぐる様々な議論と日本の対応(小原雅博)

付録 一帯一路に関する専門用語のまとめ

書誌情報など

関連するURL