特集:諫早湾干拓紛争の諸問題 諫早湾干拓紛争は、なぜ今まで続いているのか(樫澤秀木)

特集から(法学セミナー)| 2018.10.15
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(奇数月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」766号(2018年11月号)に掲載されているものです。◆

特集:諫早湾干拓紛争の諸問題―法学と政治学からの分析

写真(誌面に掲載)は、1997年4月14日に長崎県・諫早湾の潮受け堤防の水門が閉じられたときのもので、当時、板が次々に海中に落とされていく様子は「ギロチン」とも呼ばれ、テレビニュース等で報道されて人々に強い印象を与えました。

この堤防締めきりから既に20年以上が経過しているにもかかわらず、住民たちが堤防開門の賛成・反対に分かれて提起した裁判は複雑に展開して未だ決着をみていませんし、立法等による政治的な解決も実現していません。諫早湾干拓をめぐり多くの住民たちが長年にわたって翻弄され続けている歴史ともいえますが、法や司法や政治はその役割を充分に果たしてきたといえるでしょうか?

この戦後有数の大規模集団訴訟をもとに、諫早湾干拓紛争の解決と、法や司法や政治の役割とその具体的な改善の方向性について、法律学と政治学から分野横断的に検討していきます。

――編集部

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