いのち短し恋せよ乙女──『はいからさんが通る』から「家族」を問う(羽生香織)(特集:マンガ・アニメで民法入門)

特集から(法学セミナー)| 2024.05.13
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」833号(2024年6月号)に掲載されているものです。◆

特集:マンガ・アニメで民法入門

マンガ・アニメ作品の設定やストーリーを通じて民法のルールを楽しく学ぶ。民法学習が好きになること必至の特集。

――編集部

『はいからさんが通る〔新装版〕(第1巻)』 大和和紀(講談社、2016年)

1 花の東京大ロマン

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

『ゴンドラの唄』(吉井勇作詞/中山晋平作曲)より

(1) 時代背景

定価:税込 1,540円(本体価格 1,400円)

1915(大正4)年に発表された『ゴンドラの唄』は当時の流行歌である。1914(大正3)年にヨーロッパで勃発した第1次世界大戦により、日本は輸出増加による好景気を迎えていた。国民が政治・社会・労働における民主主義や自由主義を求めた大正デモクラシーの風潮下で、都市部では大衆が中心となった娯楽文化(百貨店、レコード、映画、歌劇)が花開いた。また、当時の流行語で、西洋文化の影響を受けた新しい趣向の小綺麗な様子(着こなし)やその人を「ハイカラ」と呼んだ。「ハイカラ」とは当時の流行語で、hight(高い)+collar(ワイシャツの襟)に語源を持つ和製英語である(三省堂『新明解国語辞典 第8版』)。

大正時代といえば、袴姿の女子学生が思い浮かぶ。当時は明治末期の高等女学校令により、女子教育が本格化した時期でもある。とはいえ、成績優秀で経済的に裕福な家庭の子女しか進学することができず、高等女学校の目的は良妻賢母の育成であった。女性の地位は低く、選挙権もなく、「女性は女学校を卒業したら結婚して家庭に入り、家事と子育てに専念するべき」という思想が社会に根強く残っていたのである。一方、女性の地位向上を訴える明治末期の婦人解放運動や戦時中の女性労働力の必要性から、従来男性の分野とされてきた仕事や専門的な分野で仕事をする女性たちが登場し(事務員、バスガール、タイピスト、電話交換手、店員、教員、医師など)、彼女たちは職業婦人と呼ばれた。

女子学生たちが矢絣の着物にエビ茶色の袴、黒いブーツ、大きなリボンの装いで通学する姿や、職業婦人たちが断髪をし、パーマをかけ、スカートや帽子といった洋装で出勤する姿は、新しい時代を切り拓く女性たちの象徴となっていた。少女漫画『はいからさんが通る』は大正時代の女性を描いた作品である。大和和紀やまとわき先生が1975(昭和50)年に『週刊少女フレンド』(講談社)で連載を開始し、現在までにアニメ化、映画化、テレビドラマ化、舞台化されている(近時では、宝塚歌劇団花組が公演している)。主人公の花村紅緒はなむらべにお伊集院忍いじゅういんしのぶの波乱万丈の恋物語が中心であるが、主人公が友人の北小路環きたこうじたまきとともに、シベリア出兵・言論統制・米騒動・関東大震災といった激動の時代を、自分の意思で地に足をつけて生きる姿には多くの共感を覚える。

©大和和紀/講談社

(2) 時代のかけ橋

大正時代は明治時代に制定された民法(以下、「明治民法」という)が施行されていた。民法(親族編・相続編)の初回講義の多くは、明治民法の核である「家制度」の説明から始まる。家制度とは、戸主こしゅとその家族から構成される「家」の存続を目的として、戸主が強い権限(婚姻の同意権、居所指定権など)をもって家族を支配するとともに、「家」の財産(家産)を所有し、その代わりとして、戸主は家族を扶養する義務を負うことにより、さらに、戸主の地位を家産とともに次の戸主に承継する家督相続(長男子優先の単独相続制)により、親族集団を管理・統制する仕組みをいう。

しかし、社会構造の変化や新たな価値観の浸透とともに、家制度は都市部の実態と徐々に乖離しつつあった。大正時代は、伝統的な価値観と対峙する新たな価値観を社会が受容していった時期であったといえよう。家制度は第2次世界大戦後の1947(昭和22)年の民法改正(以下、「戦後の民法改正」という)によって廃止された。ただし、家制度は現在においてもなお、私たちの社会に潜在的に強く影響を及ぼしているとの批判がある。

大正時代は「自由と抑圧の時代」であり明治と昭和の「時代のかけ橋」であったと評されたように1)、新たな価値観が社会に受容され、定着するまでには長い年月を必要とする。当時の状況は、個人の尊重や自由意思に基づくライフスタイルの選択によって多様化する家族の実態をいかに民法に反映させるかという平成・令和の現代的問題と重なるところが多い。

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脚注   [ + ]

1. 湯沢雍彦『大正期の家族問題─自由と抑圧に生きた人びと』(ミネルヴァ書房、2010年)2頁、245頁。