(第2回)この連載のタイトルについて Asinus ad lyram/竪琴にロバ

竪琴にロバ:ラテン語格言のお話(野津寛)| 2023.12.21
格言といえばラテン語, ラテン語といえば格言. みなさんはどんなラテン語の格言をご存知ですか? 日本語でとなえられる格言も, 実はもともとラテン語の格言だったかもしれません. みなさんは, 知らず知らずに日本語で, ラテン語を話しているかもしれません! 実は, ラテン語は至るところに存在します. ラテン語について書かれた本も, ラテン語を学びたいという人も, いま, どんどん増えています. このコラムでは, ラテン語格言やモットーにまつわるお話を通じて, ラテン語の世界を読み解いていきましょう. (毎月下旬更新予定)

Asinus ad lyram
アシヌス アド リュラム
(竪琴にロバ)

はじめに

連載企画全体のタイトルを「竪琴にロバ」としたからには, まずはこの格言の解説から始めなければならないでしょう. 同じようなことわざは日本にもたくさんあります. 猫に小判. 馬の耳に念仏. 豚に真珠. しかしながら, 翻訳をして, それだけから理解してしまうと, 失われるものがたくさんあります. たとえば, 「豚に真珠」は新約聖書のマタイ伝から取られたことわざですから, もともとはギリシア語です. ことわざにも歴史的背景, つまり成立事情や具体的な使用例というものがあり, 当然, ニュアンスも異なったものになるでしょう. それがことわざの面白いところだと思います. そもそも, 日本人にとって, ロバという動物は伝統的にあまり馴染みのある動物ではありませんでした. 反対に, 古代ギリシア・ローマや中世ヨーロッパ世界, 現代の地中海世界やヨーロッパ全域において, ロバは非常に身近な家畜です. ロバは西洋の歴史や文学, 神話や宗教のさまざまな場面に登場します. ロバはイエス・キリストがそれに乗ってエルサレムに入城した動物でした. フリュギアのミダス王の耳がロバの耳になった話は有名です. シェイクスピアの「真夏の夜の夢」にティタニアが, ロバに変身したボトムを愛するという場面があります. ロバはどんな性質を持つ動物と考えられていたのか? また伝統的にどのような象徴・寓意を付与されていたのか? ここでは, それらをすべて列挙して説明することは不可能です.

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野津寛(のつ・ひろし)
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。