特別刑法の調べ方、学び方、その面白さ(仲道祐樹)(特集:特別刑法の世界)

特集から(法学セミナー)| 2023.10.12
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」826号(2023年11月号)に掲載されているものです。◆

特集:特別刑法の世界

刑法典に規定のない刑罰法規である特別刑法のディープな世界を案内。特別刑法を学んで、刑法がもっと好きになる特集。

――編集部

1 はじめに

次の事例を見ていただきたい。

甲及びその後輩の乙は、それぞれ金に困り、2人でA時計店に押し入って腕時計を強奪しようと計画していた。甲は、乙の運転する自動車でA時計店前路上に到着し、その開店と同時に、覆面をかぶり、サバイバルナイフ(刃体の長さ約20センチメートル。以下「本件ナイフ」という。)及びボストンバッグ(以下「本件バッグ」という。)を持ってA時計店に入った。甲は、A時計店店員のBに対して、本件ナイフを示して「殺されたくなかったら、このバッグに時計を入れろ。」と言い、Bはその要求に応じて、ショーケース内にあった腕時計100点(時価合計3000万円相当)を本件バッグに入れ、これを甲に差し出した。甲はその後、A時計店から出て、乙の運転する車で逃走した。

甲及び乙の罪責について、論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

これは、令和3年司法試験刑事系科目第1問の事例を修正の上、簡略化したものである。刑法の事例問題では、多くの場合、「特別法違反の点を除く。」という1文が付されている。そのため、学部や法科大学院での試験において、あるいは司法試験において、特別刑法上の犯罪に関し、その成否を検討する必要は基本的にはない1)

しかし、この1文を取り除いてみたら、どのような世界が見えてくるであろうか。その一端をお見せするのが今回の特集である。

2 特別刑法とは何か

「特別法違反の点を除く。」という1文により除外される領域を、特別刑法という。教科書などでは、「刑法典の外に存在する刑罰法規」などと書かれる2)。要するに、刑法以外の法律で3)、罰則の定めがあれば、特別刑法の対象となる。特別刑法の例として刑法総論の授業でも言及されるであろうものとして、道路交通法、爆発物取締罰則4)、自動車運転死傷処罰法、麻薬、覚醒剤、大麻の各取締法などが考えられる。

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では、実際に特別刑法の数はどのくらいあるのであろうか。その数を正確に測ることは難しい。しかし、膨大な量になることはたしかである。ある調査では、1990年から2016年に制定された全ての法律3427件のうち、既存の刑罰を強化する立法、あるいは新たな行為を犯罪化する立法の数は910件であったという5)。この調査におけるカウントの単位は「法律」であるので、この中に刑法典の改正が複数回含まれていたとしても、約900件の「特別刑法」がこの約25年の間に作られ、あるいは改正されていることになるのである。

これほど数が多くなるのには、様々な理由がある。その最大のものは、一般的には行政法にカテゴライズされる法律群という、それ自体として数の多いところに、罰則が含まれているからである。国家公務員法の罰則が最も有名であろうが、他にも、行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(いわゆるマイナンバー法)や、新型インフルエンザ等対策特別措置法も罰則を有している。それ以外にも、個別の立法事実に基づいて、新規の犯罪化が行われる場合もある。児童ポルノ禁止法、自動車運転死傷処罰法の新設などが挙げられる。

特別刑法の数を正確に知ることは困難であるが、特別刑法にかかる事件数を知ることはできる。令和4年版犯罪白書によれば、司法警察職員による検挙件数ベースで、刑法犯が31.3%、危険運転致死傷・過失運転致死傷等が34.1%、交通法令違反以外の特別法犯が9.2%、交通法令違反(道交違反の反則事件を除く)が25.4%である。単純に刑法典以外、というくくり方で見れば、検挙件数に占める特別法犯は実に68.7%に上るのである6)

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脚注   [ + ]

1. 例外として、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律が規律する各犯罪類型は、司法試験の出題の対象となりうる(司法試験委員会「司法試験の刑法の出題について」平成27年3月4日)。
2. 井田良『講義刑法学・総論〔第2版〕』(有斐閣、2018年)45頁。
3. 国会の定める法律以外にも、地方自治法14条3項により、普通地方公共団体が定める条例中に、2年以下の懲役・禁錮(将来的には拘禁刑)、100万円以下の罰金、拘留、科料、没収といった刑罰を定めることが可能となっている。これが罪刑法定主義、特に法律主義の例外として認められる根拠については、お手持ちの教科書でご確認いただきたい。
4. 爆発物取締罰則は太政官布告であるが、法律としての効力を有する(この点につき詳細は、最判昭和34・7・3刑集13巻7号1075頁)。
5. 京俊介「政策担当者による厳罰化立法の正当化理由の分析」犯罪社会学研究47号(2022年)110頁、同「厳罰化はどのように進むのか?」中京法学57巻3=4号(2023年)197頁。
6. 法務省法務総合研究所編『令和4年版犯罪白書』7頁。